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アバディーンの勇者

 パチパチとたき火の爆ぜる音が静かに聞こえる。辺りを見回せば夜の常闇に、うっすらとたき火のほのかな光が反射していた。

「いよいよだな………」

 誰にともなく呟く男………いや、これはきっと自分も含めた皆に言っているのだろう。

「アナタが緊張するなんて、珍しいわね」

 傍らに居た女が男に答える。言われてみれば、この男が緊張する所を初めて見たような気がする。

「お前らは緊張しないのか?………相手は、魔王……」

 途中まで男が言いかけた言葉を女は遮った。

「そんな事はアナタに言われなくても分かっているわ。怖気づいたのなら、さっさと帰りなさい。足手まといは、このメンバーには要らないわ」

 そう言われた男は、明らかに不機嫌な態度に変わる。

「………っち、可愛げの無い奴だ」

 そう言うと男は寝袋の方に戻っていった。男が黙ると会話も無くなり、再び夜の常闇に静寂が訪れた。そんな中、俺は誰にも聞こえないようなかすかな声で一言呟く。

「もうすぐ悪夢も終わる………これで、な」

 そうして、今日も長い一日が終わった。


―――――――――――――


「おおおおおぉぉぉいっ!!ジェラルド!!起きろおぉぉぉぉぉっ!!さぁ、早くっ!!」

 気持ちよく寝ていたら、いきなり耳元でダイレクトにダメージを与える音波攻撃を受けた。キースが放った突然の不意打ちに耳鳴りが起きる。これで今日一日の寝起きと気分は最悪になった。

 となればやる事は一つだ。それに、人の安眠を妨害する奴は殺しても良いという神のお告げが降りてきたような気がしたので、そこのクソッタレを殺害しようと思う。

「………死ね」

「ぎゃあああああ~!!」


―閑話休題―


「…………で、何のようだ?」

 顔面がボコボコになったキースに問う。反応は薄いが生きているんだから有難く思えよボケキース。

「アホか~っ!!死ぬところだったわっ!………まぁ、それよりもだ。」

 何を思ったのか懐から一冊の本を取り出す。

「今日はこの『アバディーンの勇者』の発売日じゃないかっ!」

 説明しよう。この何たらの勇者というのは―――

「何たらじゃなくてアバディーンだっ!!」

 ………アバディーンの勇者とは、このボケナスが好きな本のタイトルだ。以上。

「説明になっとらんわっ!!

良いかっ!そもそも、このアバディーンの勇者ってのは大ベストセラーになってる小説じゃないかっ!大人から子供まで幅広いファンを持ち、なおかつ劇場で公演されるくらい有名なんだぞっ!それの最新刊が出たっていうんだから喜ばずにいられるかっ!!いや、喜ばずにはいられないっ!!」

 無駄な反語を使って力説するキース。気持ち悪いことこの上ない。

 それに俺はそんな物に興味は無いのだ。前に話の種か何かだと思って少しだけ読んでみたが、この話のモデルになっているであろう人物を知っているので見ていて気が滅入ってくる。言わずもがなクソ爺である。それよりも

「………で、人の眠りを妨げてまでの用事ってのは何なんだ?」

 安眠妨害してまで人を起こしたのだから、そんな物語よりもそれこそ重要な事だ。聞かずにはいられない。

「物凄く楽しみにしてた新刊を手に入れたから、喜びを分かち合いたくて」

「……………」

「……………」

――プツン

「最期に言い残す言葉はそれだけで良いか?」

「ちょっ!!マジになるなって!それに『最後』じゃなくて『最期』になってるよっ!!俺、本当に死んじゃうからっ!ちょっ!!あぶなっ!!やめて痛い痛いぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 いつものように今日はキースを苛めて一日が終わった。

 夜になって自分の寝室に戻ると、キースが忘れていった本が置いてあるのを見つけた。しかし興味が無いので放っておいて寝る事にする。いや~、今日も疲れたなぁ………

 今日は何だか良い夢が見れそうな気がする。

 俺は目を瞑るとすぐに深い眠りについた。



―――――――――――――――

「―――――ド

――――――ルド――

―――ジェラルドっ!起きろっ!」

「………ん?………なんだ?」

 聞き覚えなの無い声が俺を呼んでいる。目を開けると鎧に身を包んだムサイ男が目の前に居た。

「うわっっ!!キショっ!!寝起きで野郎の顔のドアップはキツ過ぎるっ!!」

「ふざけた事を言ってないで早く目を覚ませっ!!………ほら、これで顔でも拭いてシャキっとしろシャキっと」

 なんだろうこのお母さんのような世話の焼きっぷりは。顔も知らない人物に世話を焼かれるのなんて、病院でナースさんに世話してもらって以来無かった気がする。それよりも何で俺の名前を知っているんだろう?あ、それよりも顔拭こうっと。

「………ぷは~っ!何とか目が覚めたよ………ところで、貴方は誰ですか?」

 そう言った瞬間、鎧の男は呆れたような顔をする。

「………お前、全然目が覚めてねぇじゃねぇかよ………おいっ!イレーヌも何か言ったらどうだっ!?」

 そういうと男は後ろに座っていた女性を呼ぶ。金髪のロングヘアーに整った容姿。そしてスレンダーな体と典型的な美女である。

「あら?アナタが寝惚けるなんて珍しいのではないかしら?魔王討伐の旅をしている最中なのに………そこのロイのように万年ボケてる暇はないと思うのだけれども」

 ………美女だが口は悪いようだ。

「おいおい、俺はいつでも真面目だぜ?こんな真面目な人間捕まえてボケなんて言ったら罰が当たるぞ」

「口だけは達者なのね。あなた」

 ん?魔王?

 何それ?美味しいの?

 っていうか、そもそもここはどこなの?たき火があるから、どっかの野営地か?

「………本当にどうしちゃったの?これから魔王を倒す強力な武具を作ってくれる名工を訪ねに行くんだから、しっかりして頂戴。さぁ、出発するわよ」

 俺は問答無用で引きずられるように野営地から出発した。


 それからしばらく歩いていると、急に見知った景色に移り変わる。

「やっと着いたな。魔王を倒せる武器って位だから、今から楽しみだぜ」

 今まで黙っていた鎧の男ロイが一人ごちるように言った。

「あら?倒せるかどうかは武器の性能ではなくて使い手に寄るのではないかしら?アナタでは役者不足のようでしょうけれども」

 それに対してスレンダー美女のイレーヌはロイの独り言に律儀に返答する。もちろん悪口で。

「っち!そっちの方が口達者じゃねぇかっ!」

 まぁまぁ、喧嘩するほど仲が………いえ、なんでもないっす。それよりもここって――

「俺の村じゃんっ!!」

 そう。この村は俺が住んでいる村なのだ。どうしてこんな所に来たのだろう?

「ほら、くだらねぇ事言ってないでさっさと行くぞ!」

 鎧の男はそういうと早々に歩き出して行ってしまった。

 おーい、置いていくなって。


―――――――――

 気が付けば俺の家だった。

 ………言われてみれば確かにウチの親父は名工と呼ばれる部類の人間だし、さらに言われてみれば魔王も倒せるんじゃないかって位の反則クラスの武器も作れる人間だった。うわお、灯台下暗し。

「よお、待ってたぜ」

 と言って待っていたのは親父ではなくキースだった。

「おぉ、キース殿。このたびは強力な武具を調達してくださる事を引き受けて頂きましてありがとうございます」

 鎧の男がキースに頭を下げる。下げなくても良い頭を下げるとは、この男分かって居ないな?っていうか、親父じゃなくてキースに用があるのか?俺らは。

「………そりゃ国王直々の手紙で作れって言われりゃ作らざる得ないだろうが」

 相手が誰であろうと関係ないキース節が炸裂した。こいつは言ってはいけないことも平気で口に出すタイプの空気の読めない人間なのである………いや、それよりも国王って何?俺の知らない内に何がどうなってるの?

「………申し訳ございません。しかし、これも世界の平和の為。魔王「ガルク」を必ず討ち果たす為にもご尽力をお願いいたします」

 そういって金髪美女のイレーナさんはキースに深々と頭を下げた………羨ましくなんてないんだからねっ!!

 って、そうじゃない!!魔王ガルクって、これってアレじゃないかっ!!何たらの勇者っ!!

 ………えーと何だっけ…………

 そうだ!今日キースが懐から取り出した本『アバディーンの勇者』に出てきた魔王の事だよ!それに、イレーヌとかロイって名前もどっかで聞いたことあると思ったら主人公の仲間の名前じゃないかっ!!じゃあ俺ってもしかして主人公役?

「おう、ジェラルド久しぶりだな。

魔王討伐の旅に出たと思ったら、ひょっこり帰ってきやがって………まぁ、良い。武器はもう出来上がってるぜ」

 そう言うとキースは店の奥から一振りの剣を取り出した………相変わらず、凄い業物だ。

「こいつの名前は『デュランダル』

 そこらへんの岩だったらぶった斬れる代物だぜ」

 ………相変わらずバカみたいな剣なんぞ作りやがって………

「ところでジェラルドよ。昔を思い出すなぁ?」

「昔?いつの話だ?」

 こいつ、いきなり何を話し出すんだ?訳が分からん。

「ほら、昔さ。お互いの将来の夢を語ったことがあったじゃないか」

 言われてそんな事もあったなぁと思い出す。

「俺は世界一の剣士になるって言ってたし、お前はお前で世界一の鍛冶師になるって言ってたよな」

「あぁ、そんな事もあったよな。うん、懐かしい。キースは昔っから剣の才能が無かったよな。幼馴染の女の子にすら負けてたもん、こいつはダメだって思ったね」

「ジェラルドだって、ハンマー一個作るのにどれだけの鉄を無駄にしたか分かってるのか?覚えてないようだったら教えてやるけど、鉄のインゴット100個使ったのに一個も作れなかったんだぜ?俺も同じこと言うけど、こいつはダメだって思ったね」

「はっはっは、キースはその点鍛冶の才能に恵まれて今じゃ剣先から斬撃が飛ぶ剣作ったり、岩を両断する剣なんぞ作ったり、剣士になるの諦めて鍛冶師目指した方が良いと思うぞ」

「いやいや~、ジェラルドだって剣から水色のドラゴン出したり最強の殺人剣・奥義なんぞ会得しちゃうなんて、鍛冶師になるの諦めて剣士でも目指した方が良いんじゃないか?」

 いつの間にか貶し合いになった舌戦に区切りを打つべく最後のトドメを切り出す。

「………この際だからはっきり言いたい事があるんだよ、キース君」

「………おう、奇遇だな。俺もはっきり言いたい事があるぜジェラルドよ」

「じゃあ、一緒に言うぞ。せ~のっ!」


『お前に鍛冶(剣)の才能は無いっ!』


「……………………」

「……………………」

「ふふふふふふふふ」

「はははははははは」


敢えて言おうっ!!

お互いにクリティカルヒットであるとっ!!


『ふざけんなああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』


お互い無意識の内に禁止条約を交わしていた古代魔法級の一言をぶっ放した。

これでもう和平条約は結ばれることは無いだろう。


「どうしてお前に鍛冶の才能があるんだよっ!どう考えたって俺の方が血筋的にも相応しいじゃねぇかっ!!ボケキースっ!!」

「知るかアホっ!!そもそも名工の息子の癖に、剣の才能があるなんて羨ましくて妬ましいんじゃああああああっ!」

「キ、キース殿っ!ジェラルドっ!しっかりしろっ!」

 ロイが何か叫んでいるが、俺たちには全く聞こえない。


「うわああああああああああああああああっ!!!!!」

 俺はあまりのショックに目の前が暗くなっていった…………


――――――――――――――――

「はぅあっ!!!!!!!」

 気が付くとベッドの上だった。

 俺の体は汗にまみれてベトベト………寝起きも最悪だが、一番最悪だったのは

「夢だな………でも夢で良かった」

 何という夢を見たのだろう。ここまで俺のコンプレックスを刺激して止まない夢を見たのは生まれて初めてかもしれない。爺との修行でも、最近じゃここまで打ちのめされる事も無いだろう。

「………それもこれも、あのアホキースが変な本なんぞ持ってくるからだ………」

 とりあえず全責任をあの馬鹿一人に負って貰うことにする。

 まぁ、血祭りくらいで勘弁してやるとするか。

「よおッ!!ジェラルドーっ!………って、今日は起きてたか」

 いきなり扉を開けて入ってきたのは、血祭り(予定)のキースだった。

「お、おい。そんな物騒な目で睨むなよ………お前の視線で人が殺せるぞ」

 大丈夫だ。今からお前を殺すから問題が無い。

「いやいやいやっ!!超問題だからっ!!………それよりもお前の為に剣を打ってきてやったんだよ」

 そういうとキースが腰に差していた剣を取り出した。

「こいつの名前は「デュランダル」って言って、その辺の岩くらいならぶった斬れるんだぜ?いや~、さすがの俺でもこの剣をもう一度作れって言われたら作れねぇくらいの会心の出来栄えなんだぜ………って、おーい。ジェラルド~?………何で顔面が蒼白になってんの?………って、あああああああああっ!!!」

 俺はその剣を目視した瞬間、キースの手から剣を奪い取ると窓の外に向かってぶん投げた。剣は弧を描きながらどっかに飛んで行った。

「おいぃぃぃぃぃぃぃっ!!!何してくれてんだよおぉぉぉぉぉぉっ!!いらないならいらないって口で言えば分かるんだよばかあああああああああっ!!!」

 そう言うとキースは泣きながら剣を探しに行った。

 その後、一日中キースは探し回ったが剣を見つけることが出来なかったらしく泣きながら帰ってきたのだった。


 それから何年かした後に、どこぞの名もなき剣士がたまたま立ち寄ったどこぞの村で拾った剣で国を救ったりなんかしちゃったのだが、それは彼らには関係の無い話である。

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