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お誕生日会の夜

「じゃーねー、ユイちゃんまたねー!」


「またねー、リカちゃん、ユウジくん」ユイがリカとユウジに手を振る。


「バイバーイ、ユイちゃん、またテトリスやろうね!」


「うん、ユウジ君、絶対やろうね」



「今日は、子供たちがすっかりお世話になってすみません。それにこんな素敵なお土産までいただいて」


 リカのクラスメイトのユイの誕生日会。帰り際、レイコはナカシマ家の玄関先で深々と頭を下げた。


 土産に貰ったのは、瓶詰めのキャビアと外国の有名店のものだというマカロン。

 ナカシマ夫人のルミが有名服飾ブランドの紙袋に入れて持たせてくれた。


 ───キャビアなんて食べたことがない。


 マカロンはさっき紅茶と一緒に出たので初めて食べたけど信じられないほど美味しかった。


 ───この世にこんな甘くて美味しいものがあるなんて。


 レイコは驚きと少しの悲しみが混ざった複雑な気持ちになった。


 ───こんなに美味くて安全な物を毎日食べてるなんて、少し許せない。


 レイコは軽い怒りに似た感情を覚えた。



「本当にすみません、こんな高価なものを……」



 レイコはまた頭を下げる、そして自分の足元を見た。



 履き古した靴。底がすり減った、

 この場にふさわしくない安物のスニーカー。



 急に涙が出そうになった。よそ行きの靴さえ持たない自分が惨めだった。



「ああ、いーのよ。そんなの気にしなくて。それより今度お店にお邪魔するわね」



 見送りに出たルミがレイコたちに優し気に微笑む。



「おたくのお店の唐揚げ定食、すごく美味しいって評判だから、ねえ?」



 ルミが隣で立つ夫に頷きかける。



「うん、そうなんです。そんなに美味しいのなら絶対一回は食べておかないとって、いつも妻と二人で話してるんですよ」



 ユイの父親、ナカシマが言った。



「あはは、そんなあ、評判だなんて。あんな定食、お二人のお口には合いませんよ」



 ───見え透いた社交辞令。ウチの定食なんて食べる気なんかさらさらないくせに。



 心の中でレイコは毒づいた。



 噂には聞いていたがナカシマ家の暮らしぶりは、レイコの遥か想像以上だった。


 シンセカイ党員の議員宿舎。外見は普通の高層マンションにも見えるのだが、一歩玄関の中に入った時からレイコは目を見張った。


 豪華な調度品の数々。最新の家電製品、ナカシマ夫人ルミの華やかな服装。


 そして何よりレイコを驚かせたのがナカシマ家の贅沢な食生活だった。



 ───こんな時代だっていうのに、あんな贅沢な食材一体どこから入るんだろう。



 私たちは毎日売れ残った食堂の料理を食べて、おまけにその食べ物は毒に汚染されてる。子供たちといえば、政府配給の安全だけど味気のない食事。


 それに比べて、この人達は安全な上に信じられないような美味しいものを毎日食べて暮らしている……。


 そして健康で寿命だって全うして生きていくだろう。それに比べて私たちの不憫な暮らし。レイコはあまりの理不尽さに涙がにじんだ。



 ユイの父親ナカシマは、シンセカイ党の幹部でこのネオシティ第一七居住区の区議会議員だ。


 この国は過去十五年間、シンセカイ党という政党の一党独裁の政権下にある。


 シンセカイ党総裁はカモガミといい十五年間の長きに渡り政権を維持しているこの国の最高指導者である。カモガミは革命戦争の時の功労者だった。


 当初カモガミの総裁就任時、報復攻撃があると分かっていながら首都に先制攻撃を行った事で一部では痛烈な批判を浴びていた。


 しかしカモガミは最高指導者の地位に就任してまず、食料の安定供給、失業者への社会保障の確立などの低所得者寄りの政策を積極的に行なった。


 この政策は当時、世界不況による凄まじい就職難と未曽有の食糧難に痛めつけられた国民に絶大なる拍手喝采を持って受け入れられた。


 カモガミはその後も卓越した政治手腕を発揮しこの国の復興に尽力すると、いつしかこの国の歴代指導者の中でも最高の指導者だとの呼び声も聞こえてくるほどになった。

 カモガミは法律を変え大統領と首相を統合した「総統」職を新設して自らそのポストにつき、国民投票で是非を問うた。賛成票は九十パーセントにのぼった。


 こうしてカモガミ総統とシンセカイ党の輝かしい時代が誕生したのだった。


 絶大なる国民の支持によって誕生したシンセカイ党政権だが、シンセカイ党の政策は時代が進むにつれて徐々にシンセカイ党党員優先の差別的階級制度にシフトしていった。


 シンセカイ党の党員であるということはいつしか富の象徴となり、党員の暮らしは栄華を誇った。


 この事で一般の貧しい国民はシンセカイ党政治に対して強い不満と不信感を抱くようになっていくのだった。


 シンセカイ党員はこの国のエリートであってこの国の社会のあらゆる分野、行政、立法、司法、軍、大衆組織におけるまで指導牽引していた。


 シンセカイ党員に成るためには厳格な審査があり一般の人は簡単にはなれない。基本理念は民主的かつ文明的な国を建設する事とされたが、実際は極端に分断化された階級社会を形成していた。


 シンセカイ党員は、特権階級あつかいであらゆる面で優遇された。例えば、海外から輸入された安全で贅沢な食料品が優先的に党員に配給される事などである。


 特にそのことは、いまだに続く慢性的な食糧不足で未だ危険な食べ物にしかありつけない下層階級者たちの強い反感を買っていた。


 この国で健康的に長生きするためには僅かに輸入される安全な食物だけを摂取していくしかないのである。


 それは一部の世界的大企業に務める家庭か政治家、それとシンセカイ党員にしか許されてはいないのであった。



 ───着信音がなった。



「失礼」ナカシマはスラックスのポケットから携帯電話をとりだし電話に出る。



───ああ、私だ。少し待ってくれ



「すみません。仕事の電話です。ちょっと失礼します」



 ナカシマは送話口をおさえながらレイコに目礼すると、奥に消えた。



「こちらこそ、すっかり長居してすみません。二人共ちゃんとお礼を言いなさい!」


「はーい、ありがとうございました」


「ございましたー」




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