「固い握手を交わすな照れるな反省してくれ頼むから」
「・・・・・・」
手元にあった無地のメモ用紙を一枚切り取って、そこに赤いボールペンでフリーハンドの魔法陣を書いていく。
本当は色々と道具があったらもっと綺麗に書けるけど、今日はそこまで手はかけられないので割愛する。
「ーーよし、出来た」
「うっま・・・」
「呼応ぶよ」
「今!?」
今。
関の驚愕に満ちた声に、魔法陣に魔力を流す事で答える。
「【呼応せよ】【我、世界の律に背きし者なり】」
体内の魔力がごそっ、と無くなる感覚。
「【されどお前の全てを望まぬ者】」
一瞬、パチンッと魔法陣の上に火花が散る。
学園の防犯システムのーー防衛システムの一つ。
「【どうかここに、お前の存在を刻む鱗を】」
左手で呼応術の術式を展開しつつ、右手で中和のーー幻影の魔法を同時展開する。
「【例え、残骸であろうとも】」
右手で展開していた魔法が防衛システムに弾かれーー左手の本命、呼応術が真紅の光と共に結実する。
よし、手応えあり。
光が収まった時、魔法陣の上には深紅の鱗が鎮座していた。
これが、【火龍の鱗】。
「鱗だけ呼応ぶなんて初めてやったけど、案外なんとかなるもんだな」
慎重に温度を確かめてから召喚したばかりの【火龍の鱗】を持ち上げて状態を確認していく。
火傷する程ではないけどまだ暖かい。
根元の部分もしっかりあるし傷もそう付いていないーー恐らく生え変わりのタイミングに運よくかち合ったんだろう。
「ほら、関。鮮度バツグン抜けたてホヤホヤの【火龍の鱗】。吉田先生は否定したけど、鮮度ーーというよりも、火龍本来の”熱”は試してみる価値あるんじゃない?」
「・・・・・・・・・す」
「関?」
「すっっっっごいな、レンゲくん!!」
鱗を持っている手の上から手を重ねられて逃げられない。
怖い怖い怖い。
テンションジェットコースターか?
「異なる魔法の同時展開っていうだけでもう相当難易度高いっていうのにそれを魔法妨害の結果が貼ってある放課後の教室で全く同じタイミングで発動させて強制終了の呪いに使った魔法は1つだけだと誤認させるとか発想が天才!あくあだって放課後の学校で魔法は使えないって言ってたのにそれをものともしない所か一発成功とか変態過ぎてちょっと引くっていうかさっきの呪文何?オリジナル?オリジナルなの?もしかして今の魔法陣と呪文を考えてくれていた、ってコト!?どんだけ良い人なんだよ凄すぎる頭も良くて性格も良くて魔法の腕も超一流とか控えめに言っても只の神じゃんか!そもそも火龍の素材の鮮度ではなく火龍本来の”熱”とかは考えた事は無かっていうかそれはきっと俺達錬金術師からはどうやったって出て来なかった発想っていうかそうか耐火うんぬんでは無く対象の生ーー」
以下省略!
この後は専門用語のオンパレードで俺すらーー理解するだけで精一杯でーー口を挟めない自分の世界へと旅だってしまった関の変態理論を延々と30分聞かされた。
知ってる皆、変態っていうのはこういうのを言うんだよ。
「えっ、何、どういう状況なのコレ?」
よっぽど酷い点数を取らない限りは進学できる卒業テストにおいてその”よっぽど酷い点数”を取り1人追試を受けていたもみじーー十六夜 もみじは戻ってきて開口一番そう言った。
わかるよ。
その反応は正しい。
正しいが、元はと言えばもみじが追試なんかになったせいで今回のゴタゴタが起こっているので出来ればもう少し自重して欲しい。
「どちら様?」
「錬金術専攻の北江 関。変態だから気をつけろよ」
「ふーん。お友達?」
「今の流れでよくそんな事聞けたな」
断じてお友達ではない。
さっきもこんな問答した気がするけど流行ってんの?
何?
類が友を呼んだのかと思ったって?
やかましいわ。
「ーーなるほどね。錬金術科の悲願を果たす為にどうしても【サラマンダー】の鱗が欲しい、と」
かくかくしかじまるまるうしうし。
関から一通りの説明を受けたもみじはそんな風に今回の事の顛末をまとめてみせた。
最後にちらっとこちらに視線を向けてきたのには気づかなかった振りをして素知らぬ顔で話を続ける。
「それで、どう思う?」
「いいんじゃない?これぞ青春って感じで」
楽しそうな事やってるんだね、ともみじは笑った。
あんまりにも軽く甘い反応だったので流石の関も「この子本当にわかってる?」みたいな視線を俺に向けけてきた。
安心して良いーー絶望して良い、これでちゃんとわかってる。
もみじはテストが壊滅的に出来ないだけで別に地頭が悪い訳ではないしこれで察しもとても良い。
テストという行為は丸っきり駄目だけど。
なんでかって?
・・・ちょっと翻訳機能を調整中でして。
「タイミングが良かったね、関くん。私達、ついこの間ソレをやったのよ。煉牙から聞いた?」
「言ってない」
「そうなの?」
「受けるかどうかも決めれないのにそんな事簡単に言えないだろう。バレたら怒られるの俺だし」
「その時はもちろん私も一緒に怒られてあげるったら」
「怒られないようにしようぜ」
そんな俺達の軽口を聞いていた関の顔に徐々に理解が浮かぶ。
タイミングが良い。
バレたら怒られる。
受けるかどうか決められない。
ーー出来ないとは、一言も言ってない。
「えっ、まさか・・・」
「それはそれとしてどんな大惨事が起こったとしても折角の機会なんだから全力で馬鹿な事したいじゃんか」
「テスト明けの開放感かつテストの採点で先生が手を離せないって解ってる時とかね!」
「あとあんなにテスト対策頑張ったのに「暗記全部ふっ飛んじゃった☆」とか言われて追試確定になったストレスとか」
「それは本当に申し訳無かったと思っています」
自信無くしちゃうよね。
自分のテストでだってした事無いくらい勉強して何とか覚えられるようにって苦心して暗記表だって作ったっていうのに。
それが全部パァ。
・・・結局自分がもみじに追試を回避させる事に成功したのは一番最後の中央魔法学園卒業試験ただ一回だけと言えばどれだけ難しい事だったか理解してもらえるんじゃないだろうか。
「ありがとう、もみじちゃん!」
「えへへ」
「固い握手を交わすな照れるな反省してくれ頼むから」
甘やかすんじゃない。
「でも煉牙だって言ってたじゃない。”コレ”をこのままずっと隠し通すのは難しい。いつかはきっとバレる、って」
「・・・どうせバレるなら今関に渡してしまえ、って?」
「つまり俺も共犯者、ってコト・・・!?」
何ソレ楽しそう、という態度を隠そうともしない関になんだかここまで真剣に悩んでいた事が馬鹿らしくなってくる。
もみじも楽しそうだしーーもう良いかな。
「いいよ解った俺の負け【サラマンダー】の鱗、お譲りします」
「本当!?」
「ただし」
君にあの【炎】が制御出来るのであれば、だけどね。