零零零肆
記憶する。
記録する。
”わたし”は確かに貴方を覚えている。
勿論、貴方だけではない。
”わたし”は全てを記憶する。
”わたし”は全てを記録する。
この街で産まれた全てを。
この街で起こった全てを。
過去、現在、未来全てを。
”わたし”は記憶する対象を選ばない。
”わたし”は記録する対象を選ばない。
けれどそんな”わたし”にだってーーあるいはそんな”わたし”だからこそーー例外が存在する。
特別が存在する。
「誰・・・いや、何?」
貴方は”わたし”の最後の特別。
”わたし”の最初の特別にーー”わたし”を産んだ彼女に似た貴方。
それでも彼女と違う貴方。
”わたし”を視た貴方。
”わたし”に視られた貴方。
「精霊・・・じゃあないか」
博識な貴方。
瞳の良い貴方。
ーー精霊に愛された貴方。
ーーカタチ無き”わたし”に気付いた貴方。
”わたし”は貴方に答えない。
”わたし”は貴方に応えない。
”わたし”は全てを視るだけだ。
今までそうだったように。
これからもそうであるように。
そんな”わたし”を貴方は暫く視ていた。
「ーー駄目だな。全然わからない」
・・・わかっていた。
当たり前の事だ。
カタチ無き”わたし”は、いくら貴方の(瞳が特別でも観測出来る筈が無い。
誰かがいる気がする。
誰かではなく何かがいる。
少なくとも精霊では無さそうだ。
例え”わたし”の本質には辿り着けなくとももう充分過ぎる感知結果だと言える。
”わたし”の知り合いーーもう1人の特別であるあの子だってそこまで感知するには何年もかかったと言うのに。
だから貴方のその反応は正しい。
「そもそもこの島は水の精霊の力が強いから、あんまり俺と相性が良くないんだよな。もし強い魔法を使う必要が出たらもみじにお願いするしかないかなぁ」
言いながら一度掌を握ってもう一度開いた貴方の手首には白い組紐が付けられている。
少し前からこの島で流行りだしたヒモドキと呼ばれる魔法具で今やつけていない人間の方が少ないモノ。
色や形は様々な種類があるが、年々新しいものが増え続けていると記録している。
商人というのはいつの時代もたくましい。
ーーそういえば、あの子が付けている所は一度も見た事が無い。
「気になる?」
貴方が問う。
「俺も気になる。ブレスレットなんて滅多に付けないから変な気がするし、少し手を動かすといろんな場所にぶつけてガチャガチャ言うしね。「絶対に外さないで下さいね」ってスタッフの人にキツく言われてるし外したりはしないんだけどさ。なんだかなぁ」
もしかして・・・”わたし”に言ってる?
ぱちり、と貴方の真紅が瞬く。
「連れの検査が終わるまで暇なんだよ。ちょっとくらい愚痴に付き合ってくれたって良いじゃん。そうでしょ?」
そう、なんだろうか。
よくわからない。
そもそも今まで”わたし”に話しかけてきたりするような人はいなかった。
あの子ですらそうだ。
”わたし”はただ記憶するだけ。
”わたし”はただ記録するだけ。
ただそれだけの機構だと言うのに。
「俺まっっっったく泳げないんだよね」
だから白なのだと言いながら貴方は指先で何度もヒモドキを弄る。
・・・確かに”わたし”の記憶の中ではーー勿論、記録の中でもーーあまり他に付けている人間がいない色だったわけだ。
ここは人工リゾート島。
海を好きな人間が集まる地。
だけど、貴方は違うのでしょう。
「海は嫌い。水も・・・あんまり好きじゃない。だから検査のスタッフの人が色々と気を遣ってくれたけど全部断ってコレを受け取ってすぐに検査場を出て来たんだ。そもそも遊びに来たわけじゃないんだから、泳げなくたって良いだろうに。・・・皆、かわいそうな
子供を見るような目で俺を見るんだ。まぁ別に、慣れてるから良いんだけどさ」
ぎゅっ、と貴方はヒモドキごと手首を握ってーーそれでも何て事無さそうに愚痴を締めくくって立ち上がる。
検査場の外に設置してあったベンチに所在なさげに座り込んでいた貴方はもういない。
握った手首をそのまま頭上まで持ち上げてぐっと伸びをして「んー」というかけ声と共に体を伸ばしストレッチをしていく。
「よしっ、愚痴タイム終わり。何の身にもならない文句と現実はここでサヨナラだ」
遊びに来たんじゃないんだから、と。
先程も言った言葉を貴方は繰り返す。
「聞いてくれてありがとうね。おかげて少しすっきりしたよ」
”わたし”は記憶する。
”わたし”は記録する。
けれど、それだけだ。
それが愚痴を聞いたと言えるのかどうかは・・・”わたし”にはわからない。
貴方はただ自分で事実を再確認して自力でそれと折り合いをつけて立ち上がっただけ。
”わたし”は何もしていない。
”わたし”は何もできていない。
ーーあぁ、けど。
「俺は中央魔法学園1年の五十嵐 煉牙。今日から一週間この街に滞在して、大量発生したエレキジェリーの駆除並びに調査を行う。他にも2人学生が同行しているけれど・・・まぁ、メインで動くのは俺だから安心して欲しい。・・・うん。なんとかしてみせる」
”わたし”が記憶するのはあくまでこの島で起こった事だけだ。
”わたし”が記録するのはあくまでこの島で産まれた事だけだ。
だから”わたし”は貴方が言葉を濁した理由を知らない。
貴方と共に来た2人の少女については勿論記録しているけれど、今の”わたし”には彼女達が2人共泳ぎが得意という事くらいしかわからない。
・・・わからない事ばかりだ。
あの子には偉そうにうんちくを垂れていたと言うのに、一歩外の事になると”わたし”という機構は何の役にも立たない。
ーー当然だ。
”わたし”は誰かの役に立つ為に存在している訳ではないのだから。
勿論、わかっている。
そして貴方の誠意ある名乗りに応える術が無い事も、ちゃんとわかっている。
ーーあぁ。
ここにいたのが”わたし”ではなくあの子だったら良かったのに。
「あっ、来た」
そんな”わたし”の思いなど露知らず、貴方が検査場の入口をみて声を上げる。
連られて”わたし”もそちらを見たーーような気がしたが、”わたし”はそもそも彼女達の事をずっと見ていた。
彼女達の事をーー彼女達と共に来たスタッフが手に持ってるモノまで含めて視てた。
「検査場スタッフ一同からのプレゼントでございます。どうかよい日々を」
「・・・アリガトウ、ゴザイマス・・・」
貴方はレイを渡された。
色とりどりのハイビスカスをふんだんに使った花のネックレス。
吸水の魔法がかけられているそれは水に触れると瞬時に膨張し浮き輪の代わりとなって溺れた人間を助ける救命道具になるという優れモノである。
”わたし”は知っている。
そして貴方もそれを知っている。
どうにも複雑そうな表情で検査場スタッフ一同から善意によって渡されたソレを貴方は一通り眺めた後に大人しく首にかけた。
落ちつかないのだろう。
何回か場所を整えたり首まわりをさすったりと動き回っていたが――途中で締めたようで一連のやりとりの後で崩れ落ちた少女へと視線を投げた。
「水都」
冷たい声でーー冷たい表情だった。
「さ・・・サイコー!」
地面に蹲ったままサムズアップする青い少女の周りを心配そうに水の精霊達が揺蕩う。
きっと貴方にも見えている。
「ほらあくあ、他の人の邪魔になっちゃうから立って。あそこのベンチまで行こう?」
「だって・・・!だって・・・!」
青い少女は緑の少女に支えられてヨロヨロと立ち上がってベンチの方へと歩いていく。
貴方はそれを暫く視線だけで追っていたが彼女たちがベンチに尋り付いた事で小さくため息を吐いて歩き出す。
「またね、名前も知らないアナタ」
”わたし”は記憶している。
”わたし”は記録している。
その言葉は、再開を願うモノである。




