「叩けよ、さらば開かれん。求めよ、さらば与えられん」
『言語というのは人間が産み出した最も美しい文化である』
”司書”の言葉は正しい。
古来より偉大なる先人達の手によって研磨されてきた至高の技術。
万人が危険なく魔法の恩恵に預かれるように編み出された指揮詠。
けれど自分は・・・自分達は、駄目だった。
わかってる。
あれは仕方の無い事だった。
当たり前の、事だった。
今の自分には、どうして自分達がそうだったのか正しく理解する事が出来る。
あれは必然でどうしようもない事でーーそして、紛れもなく自分達の”運命”だった。
良いとか悪いとかそういう次元の話ではなく、単純に自分達はただただそういう在り者だったというだけの話。
だけどまぁこれもまた当然の事ながら、大人になった今なら「そういうモノだ」と割り切れるような事も子供はそうはいかない。
恥ずかしながらそれは自分も例外じゃあ無かった。
あまり自分で言うようなーー書くようなーー事じゃ無いんだろうがそれでも認めなければ話が進まないので白状すると、なまじ才能があっただけ余計に質が悪いーー最悪な子供だった。
金もコネも無かったが幸運な事にーー誰かしらにとっては不幸な事にーー五十嵐 煉牙には最高の環境が与えられていた。
中央魔法学園付属国立図書館。
八才で自我が目覚めてから学院に入学するまでの四年間、自分はここで文字通り本に埋もれて過ごした。
「ここでなら、自分の”捜し物”も見つかるかもしれへんよ」
図書館へ自分を連れてきた張本人である学園長はそう自分に言った。
「変な言い方。あるの?ないの?どっち?」
「それはこれから自分が見つけるんや。なんでもかんでも教えて貰えると思ったら大間違いやで」
「学校なのに?」
「学校だから、や。ここは答えを教えて貰う場所やなくて、答えの見つけ方を教えて貰う場所なんやから」
「ふぅん」
そういうものかと言えばそういうものやと返された。
それにもう一度「ふぅん」と気のない返事を返して目前の本の山――むしろ本の洪水という方が正しいだろうソレに視線をやる。
”捜し物”がある。
それは事実だ。
でもそれはこれといった明確な答えがある訳じゃない。
漠然とした――自分捜し。
五十嵐 煉牙は八才に至るまでの記憶を保有していない。
気付いた時には東の世界樹――【フレア】の根元で倒れていたらしい。
「【フレア】は――【フレア】の守護者、炎の精霊【サラマンダー】は君を否定しなかった。それどころか【サラマンダー】は君の事を守る素振りまで見せた。だから我々【知識の根】もまた同じように、君を否定せず学ぶ権利を守ると誓おう」
東の世界樹を擁する東中央魔法学園の学園長はーー中央の学園長とは大違いに!ーーそう優しく語りかけた。
世界の中心であり交易の要として様々な情報と最先端の技術が揃うという理由で自分は生活の場を目覚めて一ヶ月も経たぬ内に東中央から中央へと移したけれど、あの時に受けた恩は今も忘れていない。
たとえ今この時に致って何一つとして八才以前のーーつまり七才までの記憶を思い出せていないとしても、だ。
八才までの記憶。
七才までの自分。
中央魔法学園にて行われた占術によって名前と年齢と生年月日まではなんとかわかった。
けれどそれ以外は、どれだけ優秀な占い師を尋ねてもわからなかった。
それ以前は存在しないーーブラックホールの中みたいに真っ暗だ。
それが五十嵐 煉牙という在りモノに与えられた結論。
それを横で一緒に開いていた学園長は「さよか」と頷いた。
「まぁそうだろうな」と言わんばかりの態度だった。
「ほんならしゃーない。自分で捜し出すしかあらへん」
そう言って連れて来られたのがこの本の洪水。
正直、どこから手を付けて良いのか皆目検討が付かない。
途方にくれるとはこの事だ。
けれどそんな自分を気にする事も無く話は進んでいく。
学園長が、進めていく。
「叩けよ、さらば開かれん。求めよ、さらば与えられん。世界最高の蔵書数を誇る中央魔法学園付属国立図書館は自分を歓迎するで」
「・・・とても歓迎されているようには見えないけど」
視界の端で気ままに荒ぶる本達からは、とてもでないが歓迎の気持ちは読み取れない。
寧ろどことなく不満そうですらある。
「不満、というか・・・痺れを切らしてる?」
「おっ、正解!なんや自分感度ええな。世界樹の魔力の余波を受けて動くだけの無機物の機敏までわかるんか」
「わかってる、のかはわからない。ただなんとなくそう思っただけ」
そういう風に、視えただけ。
そう答えた自分に学園長は「さよか」なんていう軽い相槌と共に一冊の本を差し出して来た。
飛び周ったり魔法を使ってきたりはしない静かなーーちなみに当時の自分ははこれが普通だとは知らなかったーー本を警戒しながらも受け取り、とりあえず観察してみる。
タイトルの無い、表紙に水晶ーーいや、氷か。
氷の中で炎が燃えている不思議なイラストが書かれているだけの本。
周りを飛び周る本のような魔力も感じない。
つまり、この本は学園の外から持ち込まれたばかりという事。
世界樹の周囲は常に樹から漏れでる魔力によって満たされそこに存在するものは大なり小なりその魔力の影響を受ける。
この図書館の騒がしい本達が良い例だろう。
それが無い本。
世界樹の魔力を受けないモノ。
この学園において異端なモノーー自分の、ようなモノ。
「ハジメテにはピッタリやろ」
「・・・・・・」
否定も肯定もしないーーそのどちらの答えも、自分の中には存在すらしない。
ただ目の前の男の言いなりになるという行為に、本能的な忌避感があるだけだ。
ーーそれでも、自分はその本を受け取った。
答えがなくとも、忌避感があろうともーーそれを上回る知的好奇心にはどうしても勝てなかったから。
良くも悪くも、五十嵐 煉牙はそういう人間だった。
「題名のない本やけど・・・せやな。敢えてつけるとすれば【卵が先か鶏が先か】って所やろうな」
「卵が先か鶏が先か・・・」
確か、因果関係にある事柄においてどちらが先であったかを問うーーどちらが先であるかわからないというような意味だった。
不透明ではなくーーどちらが先であってもおかしくないという話。
・・・自分自身の事は何一つとして思い出せないのにこういう事はきちんと記録しているおかしな自分に内心自嘲しながら1つ頭を降って本を開いて読み始める。
いつの間にかふらりと学園長は消えていたけれど、そんな事は特に気にならなかったーー気にならないくらい、本にのめり込んでいた。