『たまには言葉もえぇもんやで』
ーー美しいモノでなくていい。
「言語というのは人間が産み出した最も美しい文化ではあるけれど五十嵐 煉牙はそれを使わない道を選んだ。無音の魔法使い。呪文を拒んだ魔法使い。そんな君が綴る言葉は、きっと格別の価値がある。ーーこの三千世界図書館を彩るのに相応しいくらいに、ね」
学園を卒業して十年近く経った頃、学生時代の恩師・・・恩師?である中央魔法学園の学園長から届いた小包が事の始まりだった。
中身は白紙のレポートパッドが数冊と手紙とすら言えない一筆。
『たまには言葉もえぇもんやで』
いっそ全部燃やしてやろうかと思ったけれどどうもこのレポート用紙一枚一枚に防御の魔法がかけられているーーしかも三重防御の!ーー代物なので仕方無く断念した。
魔力と体力の無駄でしかない。
が、それはそれとして腹は立つので一筆箋は燃やして煙管の火種にしてやった。
その一部始終を見ていた三千世界図書館の”司書”からありがたいお言葉を頂いた所でこうしてつらつらと現状を綴っている訳なんだが・・・どうだろう。
”司書”はあぁ言ったが、自分は自分の言葉に価値があるとはこれっぽっちも思わないーー思えない。
27年の人生の中で数々の異名を付けられてきたーーそれこそ未だにその全てを把握出来ていないくらいにあるーーが、よりにもよって一番悪意ある2つ名で呼ばれたあたり”司書”も思う所があるんだろう。
価値のある言葉、ね。
この”無音”に?
それこそ質の悪い冗談だろう。
決して言葉を軽んじている訳ではないが・・・それこそ”反転”の”魔女”程重んじている訳でもない。
そもそも自分が”無音”だなんて呼ばれているのは無口だとかそういう類いの話ではなく、魔法を使用する際にほとんど呪文の詠唱を行わないからだ。
詠わない魔法使い。
呪文を拒んだ魔法使い。
・・・あの”司書”がどこまで本気かはわからないし最終的に自分が耐えられなくなって燃やす可能性も大いにあり得るけども、もしもいつかどこかで魔法が存在しない世界の住人がこの独白だか言い訳だかをみた時に意味不明になるのも申し訳ないのでここいらで魔法と呪文の関係性について明記しておこうと思う。
簡単に言ってしまえば魔法における呪文は料理においてのレシピみたいなもの。
魔力が材料で呪文がレシピ、媒体が調理器具。
只レシピ通りに作ったってちゃんと美味しい料理が出来るかーー自分の好みの味になるか、っていうのは案外難しい。
それは魔法も同じ。
魔力と媒体を揃えて呪文を唱えた所で自分が思い描いた通りに魔法を使える魔法使いと言うのはそう多くない。
自分の体感的には半数もいかない・・・3割くらいかな。
これは何も才能の有無とか本人の努力不足だけに限らず純粋な呪文との相性であったりだとか・・・まぁ、様々な要因で上手くいかなかったりだとかしたりする訳なんだが。
例えば、自分の工房では上手くいくのに他の場所だと上手くいかないとか。
逆に工房では上手くいかなくても特定の場所に行きその土地の魔力を借りれば使えるとか。
そういう魔法使いも少なくない。
その辺りは【■■■■■】とか【■■■■■■■■】が特に解りやすく書いてあるから興味のある人間はその辺りから調べてみるといい。
(書名が黒く塗りつぶされ、余白の部分に「これ両方中央の持ち出し禁止図書だった。残念」と書いてある)
さて、ここまでの説明を聞いて「成る程。じゃあ五十嵐 煉牙はそういう諸々の理由から呪文を使わないのか」と思った人間がいるかもしれないが残念ながらそういう事じゃない。
自分はどちらかと言えばどんな場所や状況でもーー例え火の中や水の中であろうともーー魔法を失敗する事は無い。
・・・いや、無かったと言った方が正しいか。
じゃあ何故呪文を使わないのかって?
別に隠すような事でも無いので早々に答えを言ってーー書いて?ーーしまえば、自分に無かったのは呪文との相性では無く単純な魔力だ。
大人になってから会った人間に言うと驚かれる事の方が多いが、五十嵐 煉牙という魔法使いは魔力の絶対量がーー魔力炉の大きさが平均よりも大分少ない。
マックスを10、平均を5とすると自分はギリギリ3あるかないかくらいーー魔法使いとしてはギリギリの量しかない。
だから自分は呪文を使わないーー使えない、と言っても良い。
先に言った例えーー魔力が材料で呪文がレシピ、媒体が調理器具というアレーーで言い換えれば、いくら調理器具とレシピがあっても肝心の材料が無いと料理は成立しない。
つまりはそういう事。
ーーでも、そんな事はよくある事だ。
何も特別な事じゃあない。
料理だってそうだろう?
美味しそうだと思ってレシピを用意したは良いけど家には必要な材料が無かった。
なんなら見た事も聞いた事も無いような素材の名前が並んでる。
そもそもこの最後に乗せる草はいるのか?
みたいな。
そうなった時に取る手段は大体2つ。
頑張って材料を集めてレシピ通りに作るか、もうレシピを諦めて手元にある材料をなんとか工面して似たような料理を作るか。
自分はーー五十嵐 煉牙は後者だった。
それも特に大した理由があった訳じゃなくて、単純に子供の頃の自分には材料を集める為の金もコネも無かったという話だ。
・・・いや、正確にはコネはあったか。
学園長に言えば何かしらの手助けをして貰えた可能性は高かったけれど、それは自分のプライドが許さなかった。
プライド、というか生理的な嫌悪感と言うか・・・まぁ、どんな理由であろうともあの時の自分にはそもそも他人の手を借りるという選択肢はーーたとえ書類上の後見人である学園長であったとしてもーー頭に無かったのだ。
だからこその、後者。
五十嵐 煉牙は自分の魔力が平均よりも少ないとわかった時点で呪文による魔法の行使を諦めた。
呪文を拒んだ、と言われてしまえばその通りだと頷くしかない。