毒団子
「おい、どうだよ?ありゃあ、ボケてると思うかい?」
あわてて追いついたヒコイチの問には、うーん、などと濁すような答えを返し、お坊ちゃまは今度、台所の場所を聞く。
教える間にも先をゆき、「失礼」と勝手にそこへ入っていった。
「あらよ、ヒコさん・・・この人は?」
「わあ。いい匂いだ。馬鈴薯かあ。ぼく、好きなんだなあ。これって、マッシュポテイトですか?」
金だらいの中、蒸した芋をつぶす女に、お坊ちゃまは気さくにはなしかける。
「なにだって?あんたこりゃ、毒団子作ってんだよ」
「どく!?」
その反応に、サネが笑い、知らないのかい?と側に置いた茶筒をさした。
「この中に毒の粉をまぜて、まるめて団子にするのさ。このごろ、ネズミが出てきたから、あちこち置くようにってね」
「へええ。ネズミを退治するのは、猫だけじゃないんですねえ」
その、『猫』という単語でヒコイチは思い出す。
「そういやあ、離れのじいさんのとこに、黒い猫がいたぜ。そいつが間違えて食っちまうなんて、ねえのかい?」
「あれま。ほんとかい?その猫のせいかねえ。ほら、うちはセイイチ坊ちゃま・・若旦那様が猫好きだから、いろんな猫が出入りしてたろ?ところがこの頃みんな来なくてねえ」
離れには団子を置かないから平気でしょうという女に、ところで、と一条のお坊ちゃまは和菓子屋の包みを差し出した。
「ぼくも小さい頃セイベイさんに怒られたけど、やっぱり、みなさんも、隠居する前は、よくおこられたんですか?」
サネは、あらどうも、と作業を中断し、早々に包みをしまいこんだ。
「―― まあねえ。でも、大旦那様の言うことは、だいたい正しいと思うわ。虫の居所が悪くて店の者にあたる、なんて、決してしないさ。叱るには、ちゃんとした理由があるから、叱られる。みなわかってるんだよ。ただ、・・・あそこまではっきり言われると、周りに人が寄らなくなるからねえ。あたしなんかが言うのもなんだけど、 ・・・大旦那様は、人との接し方が、へたなのさ」
「―― なるほど。『ちゃんとした』理由を見逃さないほど、店の中をよくみている。と、いうことですね?」
なんともきれいな笑顔をむける男を、サネは眉を寄せて見上げ、ヒコさん、と助けを求めるような声をだした。
「・・この人、何なんだい?」不安げなそれに、すぐには返せないヒコイチの代わりに微笑む男がこたえた。
「一条ノブタカと申します。ヒコイチさんの友達です」
「だ、だれがっおれの」
「だから、そのヒコさんのお友達のセイベイさんを、貶める真似など、決していたしません。ちょっと教えてほしいのですが、確か、大番頭さんは、セイベイさんとあまり歳がかわらないはずだ。若い番頭さんは、 ―― 辞めたのですね?」
ヒコイチの抗議など、まったく意に介さず唐突に誓ってなにやら問う男の顔と、ヒコイチを見比べた女は、とたんに、なんだか怒ったような、情けないような顔になり、一歩さがると、お坊ちゃまに頭をさげた。
「・・・サネさんは、このところセイベイさんに会いましたか?」
「いいえ。若旦那が・・・セイイチ坊ちゃまが、大旦那様はボケてきて、人が変わったような振る舞いをするから、離れには勝手に行ってはいけないと。食事も自分が運ぶから用意してくれと、・・・ですので、しばらく大旦那様にはお会いしてません」
「そうですか。じゃあ、サネさんは、セイベイさんがボケたという話をどう思いますか?」
さげていた顔をさっとあげた女が言い切った。
「どちらだって、いいんです」
「 ――― 」
「あたし、大旦那様が心配で、勝手に、離れに行きました。・・・そのとき、ひとりごとをつぶやく大旦那様の姿も、はじめて見ました。声をかけたら、いつもの大旦那様で、見つかったら坊ちゃまに怒られるから、来るなって、言われました。たとえ、本当はボケてたとしても、そういうこと言ってくれるんです。大旦那様は、そういう人なんです。ただ、そういうのが、セイイチ坊ちゃまには、うまく伝わらない。伝わって、ないんです。あたし、・・・はがゆくて、でも、これは、あたしが言っていいことじゃあ、なくって ――」
両手をせわしなく揉み合わせることも止め、サネがくるりと首をまわした。
「―― だから、ヒコさん。たのんだよ」
なにかの覚悟をのせたように、サネが言う。
なにをだよ、と口にする前にまたしても代わりのように、「まかせてください」と請け合うお坊ちゃまは、その自信にあふれた笑顔をこちらへむける。
二人に見つめられたまま、動けなくなったヒコイチは思った。
――やっぱり、ろくでもないことになりそうだ・・・。