坊ちゃま のりこむ
ろくでもないこと、か、どうかはわからないが、一条のお坊ちゃまは、さすがというか、変わらず、というか、まったく堂々とした様子で、そこへのりこんだ。
まず、ヒコイチといっしょに裏木戸から入り、隠居のセイベイに挨拶。
「ごぶさたいたしております」
「ほお、ずいぶんと立派な男になったもんだ」
昔、あたしを鬼でも見るかのようにこわがったぼんがねえ。と、隠居は笑った。
「今でも、セイベイさんのことは、こわいです」
「こんな年寄りがかい?もうボケたって噂もたつほどだよ」
「噂ですか?本当に、ボケてなど、いらっしゃらない?」
「ああ ――どうかねえ・・・」
その、力を抜いてお茶を飲む様子は、なんだか気の弱くなった年寄りみたいで、二人の間に控えたヒコイチは、隠居がぼんやり目をやる池を、つられてながめてしまう。
「・・・一条のお坊ちゃまは、こんな男と付き合ってるせいで、世俗のことにも首を突っ込みたくなったようだが、 ―― やめて、ほしいねえ」
こちらの顔も見ずに、池を見たままそう言われ、お坊ちゃまは思わず笑う。
「―残念ですが、ぼくなど、元々、世俗にまみれて暮らしている道楽者ですので、ここに来たのは、ヒコイチさんのせいではありません。・・セイベイさん、―― ―今日は、乾物屋さんは、まだ来ませんか?」
「――――」
ゆったりと、隠居は両手で包んだ湯飲みを口へと運んだ。
「 ―― ああ、まださ 」
ひとくち、味わうようにして首をかしげると、微笑んでそうこたえた。
眼にしたヒコイチが、これは、セイベイは本当にボケているのかもしれないと思えるような、どうにも、おかしな笑い顔だ。
「セイイチさんに、自分の命を狙っているのかと、詰め寄りましたか?」
隠居は、ようやく顔をもどし、遠慮もみせずに問い続ける男を眼にいれた。
「・・詰め寄った覚えはないねえ。 ―― ただ、そう、聞いたのは確かだ」
いったい、ボケているのか、いないのか・・・。
こちらの反応をうかがうように、おかしそうな表情をのせた年寄りに、それこそ詰め寄りたいのを、ヒコイチはぐっと我慢する。
「そうですか、では、失礼いたします」
いきなりお坊ちゃまは腰をあげた。
隠居はまた、庭の池を眺め、こちらを向くことはなかった。