大旦那さまのせい
だから、ヒコイチは、目の前で草もちの最後を口に放り込んだ女のこたえに驚いた。
「――なんだって?」
「だから、若奥様が亡くなったのは、大旦那様のせいですよ。―― これはヒコさんだから言うんですからね」
古い台所の土間を見下ろし、背後を気にしてお茶を飲むこの年増の女とは、この何年かで顔なじみだった。母屋から、お茶などを運んでくるサネという名の下女は、この家で隠居のセイベイと唯一かかわることができる人物だ。
あっという間に二つを食べきり、残り一つを大事そうに包みなおしたサネは、「――だからって、大旦那様が悪いんじゃないよ」と、ずずっとお茶を飲みながら、上目でヒコイチをうかがった。
「なんでえそりゃ。・・・言いたいことがわからねえなあ・・」
「あんた、若奥さまに会ったこと、なかったかい?」
「ねえなあ。見かけたことはあるけどよ」
ふうん、とさぐるように息をもらすと、じゃあわかんないねえ、と女は鼻にシワをよせ笑う。なにがだよ、と聞けば、口をわざと閉ざし、また、目だけをよこした。
「・・・若奥さまは、そら、かわいらしい人でさ、農家っていっても、人を使うほうの家で育った人だったからねえ。手なんかも、きれいなもんだったよお」自分の手をかざすように見て、だからねえ、といったん口をつぐんだ。
「―― 大事に、されて育ったのさあ、きっと。うちのお店なんかより、よっぽど大所帯だったんじゃないかねえ」
「嫁に来ても、何もできなかったって意味かい?」
「ふふ。ヒコさん、意外とにぶいんだねえ」じゃあね、とサネは仕事にもどっていき、馬鹿にされたように残されたヒコイチは、首をかしげながら、離れにむかった。