おい、お茶屋
ヒコイチの商売は、ながしの物売りだ。
知り合いの商売を手伝っているのだが、その知り合いが仕入れたものを担いで売り歩く。
品は、その日その日で異なり、統一性はまったくといっていいほど、ない。
今は大きな屋台をひく売り子が多いし、人通りのある辻で筵の上に品をひろげるほうが楽だから、この手の商売人はかなり減った。珍しさと興味で足をとめてもらう商売だから、毎回違う品のほうがいいだろうとは、仕入れをする《元締め》の主張だ。
ヒコイチは、口のうまさと身体の丈夫さをかわれたらしい。
人の通りが多い場所に、ちょいと担いだものを下ろし、すこしはければ、すぐに担いで場所を移動する。その間は、売り物のことを唄いながら、『流して』歩く。こちらの時間のほうが長い。一箇所にいると、このごろは、役人の見回りがうるさいのだ。
初めて、あの『お坊ちゃま』に呼び止められたのも、次の目当ての場所へと、流しながら歩いていたときだった。
やおら、横道から出てきた洋装の男が、「なに屋さんですか?」と聞くので、「ヒコ屋さんだよ」と答えた。なにがおもしろかったのか、男は腹を抱えて笑い、横道奥の家に、こちらを招き入れた。
もと公爵だか子爵さまだか知らないが、一条ノブタカと名乗った男が招き入れたその洋館は、馬鹿みたいにでかい家で、その日担いでいた金魚を半分以上買い込んでくれたはいいが、それ以来、《おぼっちゃま》が用のあるときは、いつもこちらが通る辻で待ち伏せしていて、今度のように家まで連れてゆかれる。
西堀の隠居も、おなじようなもんだ ――。
あの日は、飯をかきこみ堀端をまわっていこうかと、お堀を見ながら、のんきに流していたのだ。この辺は、白壁のお屋敷が並ぶ場所で、流しの売り子は馴染みの野菜売りぐらいしか呼び止められない。
その日の売り物はお茶だった。だから、適当に、お茶畑の様子を文句にして気持ちよく唄ってながしていた。
「 おい!お茶や! 」
「・・・・」突然、白壁のむこうから怒鳴りとめられた。
きっと、こんなところで商売するなとか、早く向こうへ行けとかだろうと思っていたら、再度、お茶や!と呼ばれ、へい、とこたえる。
「おまえさん、いい声だな」
「・・・は?」
「はいっといで。お茶をもらおう」
むこうに裏木戸があるから、といわれ、そこから入る。石が敷かれ、植木がみっしり生えた、立派な池がある庭だった。