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西堀の隠居のはなし  作者: ぽすしち


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23/23

観念する


 その猫が、割れたひどい声で、しゃべる、 『それ』 を、おさまりきらないように、口からのぞかせていた。


「 ――― ・・・っな・・んで・・」


 猫の、ひらきっぱなしの口の《中》からは、どこかでみた、ヒトの口がはみだしている。


 はみだした唇は分厚く、魚のように突き出ていて、それに血の通う色はない。紫というよりも、黒に近い。


「いや、実はな、このカンジュウロウが、今度のことをいろいろと心配して、教えてくれたのさ。 ―― セイイチの腹に溜め込んだものとか、食べちゃいけない佃煮のこととかねえ。祠のことも、すすめてくれてね」

 セイベイは、いつものように、縁側での茶のみばなしのように言う。



 ヒコイチは気付いた。



 黒猫の、ガラスのような金色の眼が、 ―― 生きてはいないのを。



 きれいなそれは、動かない。まるで、ガラスを埋め込んだように、死んでいる。



      『 まあ、これから先も、大事にしろよ 』



 その、動く骸からのぞく、死人の口が、ヒコイチに命じた。





 滑稽だ。



 いや、滑稽なはずだ。なのに、 ―――鳥肌しか、たたない。



 開いた猫の口に歯は見えない。ただ、その人の口だけが、めいっぱい、そこからのぞいて言葉を発する。



   ―― ヒコイチのことを気にかけた言葉を。

 






  

「 ――・・・そのまま、猫はどっかいっちまった。じじいとは、なに話したかも覚えてねえ。いつ戻ったかも、よくわかんねえ。・・で、頭は痛くて寒気はおさまらねえで、五日寝込んだ」

「その合間に、セイベイさんが?」

「ああ。『あれは、忘れろ』なんて言いにきやがった」



 無理だ。絶対に。




 困ったことに、あれから、猫と、夜が、怖くなった。


 乾物屋は、何もしない。それは、わかっている。

 わかっているが、 ――怖いのだ。






 きっと、大笑いするだろうと思った坊ちゃまの笑い声が響かない。

 ふいに、背中に重いものがのっかった。


「それ、買います。できればもっと、材料があるといいなあ。成仏できるまで、観察、というか、ずっと追い回してくださいよ。あ、成仏する瞬間とか、絶対に逃したくないなあ。あ、それと ――」


 耳元で楽しそうに続く注文を聞き終わったら、今度こそ、絶対に、絶対に殴ってやろうと心に誓う。

 

 ところが、注文を続ける中、突然お坊ちゃまが女のように甘える声をだした。


「 ―― ああ、ヒコさん。そういえば桜ももう、終わっちゃいますよ。さっさと殴ってもらって、花見に行きたいんですけど?」


うしろからのぞくお坊ちゃまの眼も、ガラス玉みたいだと考えるが、あの猫とはちがう。


「・・・あんた、おれに船漕がせる気でしょ?」


「きれいどころも呼びますよ。さあ、早く」


「もお、いいです。殴る気も失せやした」


「そうですか?じゃあ、花見、行きましょう」


「・・・・ろくでもねえ・・」


「なんですか?」


「いや、べつに。お坊ちゃま、どいてくださいよ。観念してお供しやしょう」

 





 自分にはわからない《心の動き》が、この世の中には多くあって、それはこの世の中のどこにでもあるのかもしれない。


 自分がしらないだけで、きっと、あの、乾物屋の『入った』黒猫みたいな存在も。




「とりあえず、桜の散りぎわでも見届けますかい」

 

 


  桜の花びらを見送り、それについてすこし、考えることにしようか ―――。

 






目をとめてくださった方、最後までおつきあいいただいた方、ありがとうございました! このはなしはここまでとなりますが、ほかのヒコイチのはなしにも目をとめていただけると、うれしいです

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