黒猫
またしても、独り言が聞こえてきた。
なんだよ、やっぱり歳と淋しさには勝てねえのかい、とそのまま、声のする縁側のほうにまわったのだ。
縁側には、セイベイが座布団に座り、池のほうを ――いや、新しい祠のほうを、むいていた。
「 ――いい、お顔だったろう?」
『そうさな。まあまあだ』
「おまえねえ、ありゃ、運慶の弟子筋の」
『江ノ島の弁天さんみたいのが良かった』
「あきれてものがいえないよ。そんなんじゃまだまだ仏さんは遠いねえ」
『ほっとけ。なんてな』
「かわらずに、くだらねえなあ」
セイベイの、嬉しげな笑いが響き、ヒコイチは ――動けなかった。
―――― あれは、・・・乾物屋だ。
なんだか、割れがねのようにひどい声で、聞いてるだけで肌があわ立つ。
だが、乾物屋だ。
あの、セイベイと対照的な色好みな話と、くだらない、洒落、と。
思わず握りなおした和菓子の紙が鳴り、ヒコイチは緊張した。
なのに、ヒコかい?おいで、とセイベイに呼ばれる。
唾を飲み込むと、すくんでいた足が動いた。
そのまま、縁側へ。
セイベイは、なんだかたくらむように笑ってみせ、座るように言い、お茶をしたくし始める。
こわごわと縁側に腰を落とし、尋ねるきっかけをなくしたヒコイチが、出されたお茶を見下ろしながらようやく声をしぼりだしたときだった。
「・・い、今の ――」
すい、と、縁の下から、黒いものがすべりでる。
あのときの、猫だ。
ヒコイチが、そう、思ったとき、止まったそれが、顔をむけた。
『 ヒコよ。おめえ、いい友達もったなあ 』
「・・・・・・・」
猫は、金色に近い、きれいな眼をしていた。




