そういうことかよ
「だから、団子をひとくちかじっただけなのにすぐにサネさんが、かかりつけのお医者様を呼んでくる。口裏を合わせてもらって、『毒はすぐに吐き出したが、今夜がやまだ』なんて言ってもらえばいい。・・・本気で殺そうと考えてるセイイチさんは、セイベイさんがボケたと信じてるから、夕飯のお膳に、すまして毒団子を置いただけでしょう。他のみんなは、セイイチさんが言ったとおり、セイベイさんはボケてると思っているので、それを拾って食べたと思う」
「っち、そういう事かよ」
「ね?これで、セイイチさんは、セイベイさんを、殺した。――きっと、後悔したんじゃないのかなあ・・・。ひとやまこえて、助かったって聞いたとき、泣いてお医者様にすがったっていうから、そこで、はじめて自分のしたことに気付いたんだろうなあ」
「っけ、じいさんが本当に死んじまってたら、どうしたんだか」
「サネさんが、セイイチ坊ちゃまは人が変わったって言ってましたよ。お店の人たちにもやさしくなったし、なんだか頼もしくなったって」
「そりゃあ、てめえの親父殺しそこなったんだから、心も入れ替えて働くでしょうよ」
「いいじゃあないですか。これでセイベイさんとの親子の仲も、少しずつ直していけば。今回の冥途からの復帰で、ボケも治ったことにするみたいだし、ボケてた間の記憶もないことにするみたいですよ」
「都合のいい・・・っていうよりも、なんだってんだよ!人騒がせな!」
「良かったですねえ。大事なお友達が、ボケていないうえに、この先、泰平無事な暮らしができそうで。 ――じゃあ、さあ、どうぞ」
「あ?」
殴るんでしょ?とお坊ちゃまはまた、両手を広げる。
なんだか眼を合わせ、しばし固まったあと首をまわしたヒコイチは、すっかり冷めた薄い茶を飲み、松庵堂の包みの上に残った餅に手をのばした。
「――まだ、聞き終わってねえよ。結局あの新しい祠はよ?あの観音さんは、何なんだ?意味はねえけど、ボケるふりでちょうど良かったってだけかい?」
ああ、と受けた男は、少しうつむいた。
「・・・あれは、亡くなられたお嫁さんの、お腹の子につくったんです」
「・・は、・・はらんで?」
「これも、セイイチさんは知らないことです。亡くなった方の、検死というんですか?それを、例の懇意のお医者様にしてもらったそうです。で、それがわかった」
「・・その、父親は・・」
「誰でしょうねえ。セイベイさんがいちばん心配していたのもそこです。もし、子どもができたとしても、誰の子か、わからない。跡取りを気にする老舗の商売人にとっては、ご先祖様に顔向けできない」
「でも、その子どものせいじゃねえ」
「うん、・・そうだ。だから、セイベイさんも、通夜では弔えなかったその子を、どうにか違うかたちでも、弔いたいと思ったんですよ」
――― セイイチには、本当の理由を知られずに。




