やっぱり わからねエ
「・・・セイベイさんは、セイイチさんの前では、本当にボケたようなそぶりをしていたそうです」
「な、・・なんで?」
「・・・・」
半眼の坊ちゃまがゆっくりと口を開けた。
「――自分を、・・・殺させたかったんですよ」
「・・・・・・・こ・・」
「本気で、自分を殺そうと思ってる息子に、その『機会』を与えたかった。と、おっしゃいました。 ―― ぼくは、・・・やっぱりセイベイさんのこと、こわいですよ」
ヒコイチは、声もだせなかった。
自分には、親の記憶はない。兄弟もいない。血のつながった人間がどこにいるかも、わからない。
だが、けれども、自分が思うその強い絆には、そんなこと、あるわけはない。
「セイイチさんの中では、セイベイさんは幼いころから怖く厳しいだけの存在で、長じてみたら、今度は、自分の愛しい妻と、安定していた店を、奪いとった憎い相手だ。きっと、父親だという感覚も、ちゃんともてたことがないんじゃないかなあ・・・。そんな感情を、セイベイさんは気付いていても、どうにもできなかったんだね。だから、せめて ――」
「おかしい!!そんなの、おかしいだろおがよ!!」
いきなり立ち上がったヒコイチを見上げ、坊ちゃまはゆっくり微笑んだ。
「・・・ぼくはね、ヒコさん。その、お二人の気持ちに気付いて、その『機会』がすんなりくるように、したんです。ぼくが、あんなふうに動かなければ、今回のことはおこらなかったかもしれません。 ――どうぞ。殴っていいですよ」
拳を握って見下ろす男に、背をのばした坊ちゃんは両手をひろげてみせる。
その様子が、さらに血を昇らせるのを知っていてのことだ。
「 ・・・前々から、一度は殴ってやろうと思ってたんだ」
「でしょうね。感じてました」
「・・・全部聞き終えてからにする」
「そうですか?あとは、説明することもないですよ。ぼくがわざとセイイチさんに、乾物屋のご隠居が戻ったって言い張るセイベイさんの話を聞かせる。セイイチさんは、それこそ機会が訪れたと思う。すぐに、実行に移すだけです。今回はぼくらがお邪魔して、ちょうどネズミ捕りの毒団子を作っていたのを見てる。だから、それを使っただけでしょう。他にも、そこの西堀に落とすとか、方法は色々思いつくでしょうし」
「・・・本当に、やっちまうつもりで?」
「そうです。セイイチさんは本気だった。 で、一方のセイベイさんは、ご存知の通り、本当はボケていない。でも、ある程度は、殺されるつもりだった」
「あるていど?」
「刃物で刺されたら終わりですが、ボケを利用した方法なら、ある程度の防御はできると思ってたみたいですよ。それに、・・・本当にセイベイさんが死んでしまったら、セイイチさんは、殺人犯人ということになってしまいます。たとえ捕まらなくとも、親として、それは避けてあげたかったんでしょう」
「・・・わかんねえ・・・」
捕まろうがなんだろうが、殺すということに、変わりはない。
頭をかきむしるように尻を落としたヒコイチは眼で先を促す。




