溜まる闇
「セイベイさんが言わなければ、だれも、ことの真相をセイイチさんに伝えない。サネさんは言いたくてしかたなかったそうです」
「・・そりゃ・・そうだ・・」
「だから、うらみが、溜まってしまった」
腹に溜めて、時を過ごすうち、その父親がおかしなことを言い始める。
―――新しい社を作りたい。
独り言もはじまり、これはもしやボケたのか、と、思った息子は
―――毒を手にする。
「・・・それって、やっぱりあの、ネズミ用のやつですかい?」
「それが、はじめはどうやら違うみたいです。」
ある日の食事に出した佃煮を、隠居が手もつけずに戻してきて、器の下に小さな紙切れがさしてあるのにサネは気付いた。紙にはひとこと。
『 早々に 捨てよ 』
すると、珍しくも若旦那が台所を訪れ、親父は全部食べたか、と聞く。
サネは、直感で、はい、とうなずいた。
「その夜に、ご隠居は腹が痛いとひと芝居うって、見舞ったセイイチさんに、確かめたわけです」
――― おまえ、そんなにあたしが憎いかい?殺しちまおうと思うほど
白い顔をひきつらせたあと、息子はやさしくこたえたという。
――― かわいそうに。親父、とうとうボケが始まったのかい?
「ひとりごとのせいもあってご隠居の様子が、少しおかしいのは本当だったから、セイイチさんは、本当にセイベイさんがボケた、という方向に、もっていきたかった」
まずは、周りから。
近所の商店主をはじめ、おかみさん方に、この度手前どものセイベイがとうとう―― 。と話を広める。
新しい祠も、どういう目的かはわからないが、ともかく作ってやり、独り言をつぶやく年寄りを、外の人間に見てもらう。
――うちでも困っておりまして。
と苦く笑ってみせれば、あっという間に話は広まる。
「セイイチさんは、セイベイさんに、本当にボケてほしかった。周りがそうみれば、自然と自分でもそんな気になってゆくのを、期待してた。そしてセイベイさんは、その期待に、わざとこたえた」
「え?」
胡坐の膝に肘をのせ、お坊ちゃまは窓枠で照らされる薄い布団をみつめた。




