慣(なら)わし
「『今度のこと』は、結局セイベイさんとセイイチさんの、うまくいっていない親子関係から始まったんですよ」
「・・はあ?」
「ぼくが小さい頃から、『とめや』さんの大旦那さんは、息子さんに厳しかった。・・・ぼくも覚えてるぐらいですからね。セイベイさんは元々お店の人にも厳しい。それに加えて身内でしょう?奥さんが亡くなられてからは、だれもうまくセイベイさんとセイイチさんをとりもってあげられなかった。・・ちょっと、セイイチさんが気の毒だな」
ため息のように笑い、ヒコイチの湯飲みにもお茶をいれる。
「自分は身を引く歳になり、その息子に、不満ながらもお店を任せることにする。なのに、実権は、大番頭さんを通してまだ大旦那が握ってる。 ―― セイイチさんは、なんとも息苦しかったでしょうねえ」
「まあ、でもおれがみても、若旦那はなんだか頼りねえっていうか・・」
「そう。頼りない。店が心配だ。でも、少しづつでも渡していかなくちゃいけない。そんな中で、今度は息子が結婚すると言い出した。相手は全くはたけのちがうところからの嫁。どうやら、若旦那のひとめぼれで、勝手に話をすすめてしまった」
「よく、調べましたね」
「ご近所のおかみさんたちは、よく知ってましたよ。縁談にもっていくのに、若旦那が、近所の商店の旦那さん方の口ぞえをもらったらしいですから。セイベイさんにしてみれば、自分をさしおいてそんな方面に頼んだ縁談が、よけい気に食わない」
「あのじいさん、そういうのきらいだからなあ・・」
「で、お嫁さんのほうの実家は大乗り気だった。豪農でお金はある。その一帯の有権者だけど、そういう人って、色んな人と親戚とか知り合いになるのに憧れてるみたいだからねえ。老舗の『とめや』なんて、ちょうど良かったのかもね」
「そういうもんですかい」
「ただ、ここで問題が ――」
「嫁さんが、若くて気が利かねえってことですかい?」
ヒコイチのつまらなさそうな問に、お坊ちゃまは渋い顔をして薄い茶を飲んだ。
「――こんどのお嫁さんの地域を指すわけじゃないけど・・・、田舎の、豪農とよばれる家では、たくさんの人を雇う。男も女も、若い者が同じ屋根の下に寝泊りしている」
「ああ、おれも昔、旅の途中で泊めてもらったことあるなあ」
「じゃあ、わかるだろう?ヒコさんもその泊まったところで、夜、女性に、頼まれなかったかい?」
「・・・・なんで、知ってんです?あれ?おれ、言いましたっけ?」
お坊ちゃまは声をあげて笑い、ヒコさんには意外じゃなかったんだね、と膝を打った。
「ヒコさんからは聞いてないよ。あちこち旅する友人から聞いたのさ。―― まだ、ひらけてないところでは、いまだ、一夫一婦制が浸透してないって。とくに、人手を要して子どもをみなで育てるような場所では、女の人が奔放だって」
夜、寝床に女が来たのには、ヒコイチも正直驚いた。
飯時も、少し眼が合ったぐらいで、とくになにもしゃべっていない女が、いきなりお情けいただきたいなどと、迫ってきたのだ。
―――もちろん、断りはしなかった。
「ぼくの友人いわく、三日泊まれば、三回違う女性がくるらしい。まあ、育ったところがそういう習慣じゃあ、しかたないよね」
「・・・ま、まさか、あの、えっと、」
「そう。嫁いできたお嬢さんは、まさしく、そういう『習慣』のところから来た。だから、来てすぐに、ここでもその『習慣』に従った」
それなりの歳の男とならば、自然に、そうするだろうことを。
「サネさんいわく、男につかう色目っていうのが、すごいらしいですよ。仕事の合間でも、ちょっとしたことでそういう目を流すって。まあ、若くてかわいい娘にせまられてそんな関係になったら、男なら誰でも優しくしてあげたいですもんねえ」
だから、お店の中はいっとき、それはそれはおかしな空気になったという。
若奥さまと秘密の関係を持ったのは、みな、自分だけだと思っている。誰も彼も、そういう目を女にむける。
―――それを、大旦那はすぐにみてとった。




