わからねエ
「―― ってことでよ、サネばあさんも、お坊ちゃまによろしくって」
当のお坊ちゃまの話をしたのをふせて伝えれば、なんでもお見通しの男をだしぬいてやったようで気分がいい。
お坊ちゃまも、それは良かった、などと鷹揚にうなずいていて、それがおかしい。
「ヒコさん、セイベイさんにぼくのつまらないはなし、きかされませんでしたか?」
「い!?いやいや」
「・・ふうん・・。まあいいや。ところで、ヒコさんが今回倒れたのって、流感ですか?」
「そんなもんで倒れるわけねえでしょ」
胡坐をかいているのは、このところ入りっぱなしのせんべい布団の上だ。掛け布団は現在、同じ長屋の世話好きなおかみさんの命により、窓枠で陽に当てられている。
「ですよねえ。・・なんの悪い病です?」
のぞきこむガラス玉の眼を見返し、変におそってきた寒気を気にしながら頼んだ。
「ノブさん、今度のはなし、馬鹿なおれにも、わかるように説明してくれよ。なんだか、まったくわからねえ。 ―― 結局、じいさんはボケてんのかい?なんで元気になっちゃまずいのか、おれにはさっぱりだ。サネババアは、一条のお坊ちゃまに教えてもらえの一点張りで、あのおしゃべりが嘘みてえにしゃべらねえ。しかも、若旦那は人が変わったみてえにこっちに気を遣って、帰りも見送るしまつだ。一緒に見させてもらった祠の中は、なんだかいう有名なのに彫ってもらったっていう、観音様が入ってて、それが地蔵さんだとか言うんですぜ?」
「へえ」
「ほら、やっぱりおどろかねえ。おればっか驚いて、首傾げて、わかってなくて、他のやつらはみんな『まるくおさまった』みてえな顔してやがって」
ぶつぶつというよりは、責めるように段々と声が高くなり、せんべい布団から這い出すように詰め寄ってきたヒコイチの肩を、お坊ちゃまは、どうどう、とおさえると、指を立てて説明を始めた。
「ええっと。 ――じゃあまず、ご隠居さんは、ボケてなどいらっしゃいません」
「はああ?だって、いくらなんでも、毒団子食っちまったんじゃ」
「わざとです」
「・・・え?」
お坊ちゃまは近くの火鉢の上から鉄瓶をとりあげ、急須に湯を注いだ。




