ねらった?
――― ※※ ―――
ぞぞ、っと、お茶をすすったヒコイチは、お坊ちゃまのさしだすそれを、にらんでから手に取った。
「嫌いでしたか?」
「いや、嫌いじゃねえですよ。ねえですけど・・・」
やつ当たるように、その柏の葉が巻きついた餅に、食いつく。
ヒコイチの狭い家にやってきたおぼっちゃまはその様子をうれしそうに眺める。
「――セイベイさん、お元気になられましたよ」
「・・ええ。ここにも、きやした」
うんざりしたように言えば、相手は、そうですか、と嬉しげに笑う。その顔を見て、思わず、聞いた。
「・・・書くんですかい?」
「―――――」
見合った眼の色が、同じ人種とは思えないほど薄くて、ガラス玉みたいだと、どうでもいい事を考える。
お坊ちゃまの感情が読めないのは、きっとこいつのせいだ。
そのガラス玉が、くるりと動いて、くすり、と音までもらした。
「―― さすがに、友達をなくしてまで、書こうとは思いませんよ。どこかの作家先生のように、己の全てをさらけ出す勇気も、人生を賭ける気概も持ち合わせてはいない、ただの金持ちの道楽者ですから」
「・・・いや、なにもそこまで・・」
お坊ちゃまは笑い、いいのです、とヒコイチがいれた薄い茶を飲む。
「ぼくはね、ヒコさん。今度のことで、本当は、やっちゃいけないことをやってしまった」
「はあ?あんたが?」
思わずその顔をよくみようと身を乗り出せば、羽織っていたドテラがずり落ちて、お坊ちゃまになおされた。
「・・・乾物屋さんのあの話は、本当はセイイチさんにはしてはいけないものだった。あの話をすれば、彼はきっと、《自分の予想よりもはるかに父親がボケてきている》と、思ってしまうだろうとわかっていました。が、―― ぼくはあえて、それを狙いました」
「ねらった?」
そうですよ。と、お坊ちゃまはうなずいた。
「ぼくがみたかぎり、『とめや』のなかはひどい緊張状態にあったので、それを、どうにかしたかったんです」
「『緊張』って、あんた・・・」
あの、一回きりの訪問で、この男はあの家の中のことを全て見抜いたとでも言うのだろうか?そこで、すぐに動いた、とでも?
言葉もだせずに驚く顔を笑った男は、言ったでしょう?と身をもどして湯飲みを置いた。
「はずれたこと、ないんですよ。ぼくのこういう『思い込み』って」
「・・・・・・・」
「また、そういう『ろくでもねえ』って言いたそうな顔をしないでください」
言いたくもなる。
ヒコイチなど、いまだに、よくは、わからないままなのだ。
倒れたセイベイの見舞いに行ったのは、セイベイの容態が落ち着いたと聞いてから。
倒れてから、六日も経ってのことだった。




