知りませんでしたか?
「 ―― そういえば、セイベイさんのおかげん、いかがなんでしょう?」
お茶を飲み、若旦那となにやら話すお坊ちゃまの声がいきなり耳にはいった。
――なに言ってやがんだ。さっき、あんた ―― 言おうとして、先に出た息子の「良くありません」という言葉に、それを失う。
若旦那は、なんとも暗い笑いを畳に落とした。
「――どうやら、ヒコイチさんや、お客様がいらしてるときは、気が張るのか、元の親父のようですが、・・・二人きりになったりすると、ひどいものでして・・・」
「そうですかあ。二人きりになると、やはり、自分の命を狙うのか、とか、セイイチさんに言うのですか?」
あいかわらずのお坊ちゃまは、天気を確認するように聞いている。
「ええ・・。自分でそのように言ったことすら、あとで覚えておりません。とにかく、波が激しいのです」
「それでも、この母屋には呼ばずに、庵でひとり過ごして、大丈夫なのですか?」
「元々、頑固な人ですからね。呼んでもあそこを離れようとはしません。それに、むこうにいれば、わたくしと言い争うこともなく、ただ、独り言をつぶやいているだけですので・・・。きっと、本人もあそこに居るのが楽なのでしょう」
ああ、ひとりごと、ねえ。と、お坊ちゃまは出されたお茶に手をのばす。
「―― なんでも、乾物屋さんが、戻ってきたってことですけど」
「乾物屋さん?・・・カンジュウロウさんが?・・・それを、親父が・・・セイベイが、そう、言ったのですか?」
「ええ。ですから、ヒコイチさんなどは、どこかの怪しいお坊様に、おかしなことを吹き込まれて、騙されているんじゃないかと。新しいお社のこともそのせいじゃないかって心配してるのですよ」
「・・・そうですか・・・」
「あれえ?もしかしてセイイチさん、この話、知りませんでしたか?」
息子は、どうみても驚いていて、知らなかったことがうかがえる。
だが、ふいに口を結んで顔をあげると、そこまでひどいとは・・、と小さく首を振った。
「ご心配いただいてるような、お坊様と縁はございませんが、実は、・・・」
どこかで聞いたように、ここだけの話にしていただきたいのですが ―― と語りはじめたそれに、ヒコイチは眉をよせる。
この息子は、言葉と逆のことを望んでいるようにしか思えない。




