答え合わせ
夏のホラー特集。たまに聞いているラジオでふと耳にして、思い当たった妙な体験をメールで送ってから1週間だ。果たして採用されたのかどうか。結構長かったしな……でも、長くていいって言ってたし。
私はドアノブを回して玄関の扉を開けた。
というのも、私が体験した変なことというのは、心霊系ではなく「人怖」なのだ。このアパートで暮らし始めて一年が経ち、どこか気が緩んでいたこともあったのだろう。職場へ行く途中に絡まれたのだ。
同い年くらいの女性で、まだ幼さを残す雰囲気だった。ただ通りがかっただけだと思ったのに、なぜか彼女は私を見て「あっ!」と声を上げる。
この子知り合いだったっけ? でも、言われてみればどこかで見たような気も……。なんて思っている間に、その子は家族でも近寄らないような距離に入り込んで来たのだ!
「ちょ、なんですか」
思わず後ずさる。カラコンを付けているようには見えないのに薄い目の色が印象的だ。彼女は私を見ると、
「〇〇さん、遺体がまだ見つかっていないそうですよ」
確かにそう言った。ちなみに〇〇さんとは、数ヶ月前に海での事故で行方不明になった女性の芸能人である。遺体はまだ見つかっていないが、それはどう考えたって初対面の人間にかける第一声ではない。
ヤバい奴だ……逃げよう。
私がさっと身を引く前に、彼女の腕が私に絡んで来た。それが触手のように思えてぞっとする。
「ご遺族の方も悲しんでらっしゃって……。可哀想ですよね」
「あー、そうですね」
本格的におかしいのかもしれない。とにかく、私はこいつに触れられている以上何かあってもどうしようもできないので、適当に話を合わせて隙を見て逃げることにした。
「そうですよね、うん、私もそうだと思うんです。だから、せめて〇〇さんだと思えるものがあれば救われると思って」
「〇〇さんだと思えるもの……?」
ぞくり。嫌な空気が立ち込める。
「遺体です」
は?
女は私を見ていた。透き通った視線は、私ではない何かを見ているようで……。
「私、ようやく見つけたんです。あなたなら〇〇さんになれますよ! だって、可哀想じゃないですか。だから代わりがいるんです……バレないくらいの」
「わ、私、急いでるんで」
「いいですよ! じゃあ、待ってますね」
女はあっさりと私の腕を離した。力んでいた私はふらっと前につんのめって、なんとか体勢を立て直す。もう後ろを振り返るのも嫌で、かと言って走って逃げるのも怖くて、私は早足でそこを去った。
今思い返してもぞっとする。冗談じゃない!
私は〇〇さんになんて似ても似つかない平凡な顔立ちで、最近は少しでもマシにしようと歯科矯正に通っているのだ。対する〇〇さんは、芸能界でも似た人がいないような特徴的な美人だ。
冗談にしてもタチが悪すぎる。一応警察には話したけど、何も起きていない以上対応はできないとだけ。まあ、何かあったらすぐ連絡してくれとは言ってたけどさ。
手を洗って食事を済ませ、風呂を沸かそうと手洗い場に向かう。ふと、何か違和感があることに気がついた。
……あっ、そうだ。マウスピースが無い。
私が行っているのは夜だけするタイプの矯正なので、家で保管しているのだ。
そういえば次の予約はいつだっけな……というか、失くしてたらどうしよう。まあ、外に出してもないし、どっかに絶対あるだろう。
私は追い焚きのボタンを押してリビングに戻った。
イヤホンを耳にはめれば声が聞こえる。ほんの3分ほど遅れてしまったけど、例の番組には間に合ったようだ。そこでは1人のパーソナリティが、落ち着いた様子で淡々と喋っている。私にはこれが心地いい。
そこで、視聴者からのお便りを読む……夏のホラー特集が始まった。なんとなくこの前のことを思い出して嫌な気分になる。結局あの後帰っても女はいなかったし、愉快犯だったんだろうか。
そしてラジオネームを読み上げる時、なんと、彼は私の名前を口にした!
『えー、ラジオネーム××さん。投稿ありがとうございます。いやー、僕、ちょっと失礼なこと言っちゃうんですけど、正直これより怖い話もあったんですよ』
妙な口ぶりだ。
『これを読んで個人的に思うことがあったんで、忠告の意味も込めて選ばせていただきました。まずは内容をお聞きくださいーー』
彼は淡々と私の話を読み進めていく。ちょっとした小説風に書いたとこまで丁寧に読むもんだから、小っ恥ずかしい。
そうして後味の悪い最後を語り終えた後、彼はふーっと息を吐いた。
『ここは本来、皆さんの怖い体験を共有するコーナーだったわけですが。なんだか謎解きみたいになっちゃいますね……。
……それで、名前は伏せますが、皆さんも〇〇さんの事はご存知でしょう。そして××さんは、途中で〇〇さんと同じ県に住んでいたと書いています。××さんは「自分は〇〇さんと似ても似つかない」
そうおっしゃっていますが、それは合っているけど間違いなのだと思います。なぜなら……
必要なのは、燃やして分かる証拠だからです。
××さんに絡んで来た女性は、〇〇さんと××さんの共通点を知っていたーー。ところで皆さん、損傷の激しいご遺体の身元を識別するとき、歯を見るのはご存知ですか。××さんは歯科矯正をしていると言ってらっしゃいましたね? 〇〇さんのあの独特の雰囲気は歯並びから来ていると言う人もいたじゃありませんか……。だから。あの女性は、お二人の歯並びを知っている人物』
記憶がフラッシュバックする。歯科矯正の相談。私を覗き込む歯科衛生士。明るいライト、それを遮る彼女の頭部。私を覗き込む瞳は、日本人にしては色が薄くてーー。
『同じ県にお住まいらしいので、もしかしたら、本当にもしかしたらですが、歯医者に関係する人物の可能性があります。それも〇〇さんと××さん共通の。僕には彼女の動機は分かりません。もしかしたらいたずらなのかも。この考察だって完全に間違いかもしれません。
でも、もし本当だとしたら……。あなたの身体はまず骨だけになるでしょう。それから水につけるか燃やされるかーーできるかどうかは置いておいて、期間的には燃やすのが現実的ですね。そして、歯だけにされるのかもしれません』
マウスピースがなくなっていた理由。
それは、私にこれ以上歯並びを変えて欲しくないから。