プロローグ①:『白ウサギガチャ』
プロローグ:『白ウサギガチャ』
一日目。クッキーを食べた。ぼそぼそしているばかりで特に味がしない。
二日目。チョコを食べた。ただの板チョコだ。特に味がしない。
三日目。今日は食べれるかもしれないと思い、冷凍のパスタをレンジに入れた。ミートソースだ。特に味がしない。
四日目。多分ポテチ。特に味がしない。
五日目。お粥でいいかな。これなら味など気にしなくて済む。
六日目。何を食べたのだっけ。
七日目。水だけでいいか。
私など、最初から生きている価値はなかった。
大体、生きていることに意味などない。そんなことを考えられるほど、お前の人生は退屈なものなのだという外野の声はイヤフォンでシャットダウンした。
こんなを考えていたから、私は齢十四にして命を落とす羽目になったのかもしれない。かもしれないというのは、先ほど目覚めた私の今いるこの場所が、全く見覚えのないところだからだ。今自分がどこにいるのかさっぱり分からない。ああ、死んだなんてこれも早計かもしれない。
しかし、目が覚めたら白い病院の天井であったなんて展開でもないので、私は自分が死んだのだと判断した。独断と偏見で。そうだったらいいなとも思ったのが本音だった。でも死んで尚、こうして意識が確立しているというならそれはそれで途方に暮れてしまいそうだ。だからここが死後の世界でなければいいとも思った。この数分で思考が裏返る優柔不断さにも嫌気がさしてくる。
もうこのまま眠りたい。今自分が眠っているのか、起きているのかも曖昧なほど身体が重かった。全身がスポンジになり、水を吸ったような心地だ。血液のうっ滞した末梢が、鈍い痛みを熱を発して思考まで鈍らせる。
もうこのままずっと眠りたい。眠りたいというのも違うのか。自分が自分を知覚できない世界へ逃避したい。できればその世界が、柔らかで安らかなものであるとよりいい。
「おはよう、小鳥さん」
今いるこの場所は四方を白い壁に囲われた空間であった。(部屋とよぶにはあまりにお粗末だった)病院に似たような人をどこか、空虚な気持ちにさせる『白さ』に近いものがある。それでも、世界を白い壁で囲ったというよりは、この世界には白以外の色が存在していないから、仕方なく白く発色しているようなお粗末さがあった。
『私』の目の前には、壁と同じく白い髪を持ち、上の方に兎の耳を生やした少年が目の前に立っていた。
「……『ウサギさん』。おはようございます」
「あはは! そっか、小鳥さんにはボクがその、ウサギとよばれる生命体に見えているんだっけ」
「『小鳥さん』って呼び方はあまりその……」
「気に入らないかい? だって君の名前は、君の世界でいうところの『鳥』の幼体だったよね?」
名乗るほどの存在でもないが、私は向こうの世界では椎名雛と名付けられ、生を授かった。
元の名前も響きは可愛らしかったように思う。それでも、いつまでも未熟な自分を体現したような、揶揄されているような名で、ずっとコンプレックスだった。だから他人からは出来るだけ、名字で呼んでもらえるように自らも他人を名字を呼ぶことを心がけていた。
幼い頃にはいたような気がした友人も、催促してもずっと名前を呼びたがらない私にしびれを切らしていたことがあったような気がする。きっとその一端に、私がやめられなかった敬語も関与しているのだろう。
「私には、可愛すぎる気がしまして」
「う~ん、そっか。ねえ! じゃあ、一個前の『ボク』は君のことをなんて呼んでた?」
「……っ」
『小鳥』は小さく息を呑んだ。それに気づいたウサギは小さく小首をかしげて笑った。
「大丈夫だよ。気にしないで! だってボクが提案したことだろうし、この会話が通じるってことは、小鳥さんは何回かボクを選んできたってことだもの。ここから先へ進みたいのであれば、ボクとの相性は大事だと思うよ」
「……一個前のあなたは、その、私のことを……って呼んでました」
「? ごめん、声が小さくて聞き取れなかった」
小鳥は、少し強張った声で言った。声を張るのは得意ではない。
「チ……チキンって呼ばれてましたっ」
ウサギは、丸い目を見開くと途端、腹を抱えて笑い始めた。
「あ、あはは! ……おっと、ごめん。君のその態度を率直に評価したんだろうね」
「……」
目の前の相手は、果たして何について謝罪したのだろうか。ひとしきり笑って満足したのだろう。お腹に当てた手で涙を拭うと、こちらに向き直った。
「それで? まさかそのあだ名が気に入らなくて、前のボクを殺しちゃったわけ?」
小鳥は、もじもじといった効果音がつきそうな様子で、手弄りをしながらちらりと白ウサギを見ると、答えた。
「そ、そうじゃないんです。その、私を『チキン』」
と呼んだあなたは、しばらくしたら自分の、自分の糞をその……食べはじめて……」
「本気で?」
「……はい」
「いや、分かるよ? 確かにうさぎって自分の糞食べるもんね?」
すごい見切り発車で書き始めました。少々残酷な表現が出てくることがあるかもしれません。