78話 森の少女
咄嗟に喉の奥から漏れた名前。それを聞いて、少女が怪訝そうな表情を浮かべる。
「サキア? 誰なのそれ......。あたしの名前はセラ。サキアなんて、そんな名前の人は知らないわ」
「……ハッ! 俺は、一体、、」
セラの言葉にハッと我に返る。そうだ、サキアが現代にいる訳がないんだ。目の前の少女、セラの瞳は銀色。サキアの瞳は燃えるような緋色だったのに、、
「すまない……」
「別に、気にしてない。それよりあなたはだぁれ? 勝手に人の家に入ってきてボーッと突っ立ってるけど」
「あ、ああ。俺はアザミ。この近くの別荘に招かれた――」
『嘘よ――!』
自己紹介をしようとしたアザミ。だが、その言葉を遮るように甲高い声が響いた。
『わーい、嘘つきの王さま~』
『珍しいお客ね。あそぼ!』
気づくとアザミの周りには色とりどりの光がフワフワと漂っていた。そのひとつひとつがワーワーと楽しそうにセラに喋りかける。
「この子達が言うならそうなのね。あなたはあたしに嘘をついたの?」
「いや、嘘なんて、、それにこの光たちは……」
「精霊、です。アザミ様もよくご存知でしょう?」
当惑するアザミの耳によく知った声が聞こえてくる。横を見るとニアが腰に手を当て、呆れたようにアザミを見ていた。
「やはり、か。精霊が生きて……。なるほどそういうことか。不老不死の精霊なら俺の前世を知っているというわけだな」
光たちがアザミの言葉を肯定するかのようにビュンビュンと飛び回る。アザミは一息ついて、
「それなら真の名を名乗ろう。俺は魔王シストリテ・ヴァン・エヴァグレイス。魔界の王様だ」
「……本当なの?」
セラの問いかけに精霊たちが次々に答える。
『そうだよ!』
『魔王シスル。久しぶりかも!』
『魔王、あそぼ!』
精霊たちの言葉を聞いてセラがふぅ、と息を吐きアザミをじっと見つめる。
「本当に、あなたは魔王なのね、、昔絵本で読んだことがあるわ」
セラの落ち着いた様子にアザミは面食らったように頭を掻く。
「……驚かないのか?」
「驚いているわ。わぁ!」
セラがわざとらしく両手を挙げる。
「……怖くないのか?」
「怖くないわ。だって、絵本で読んだ魔王様はもっとグチャグチャしていたもの。でもあなたは人間じゃない」
セラが片目を瞑り、微笑む。人界の絵本の中の魔王様はそりゃ悪の権化みたいに醜く描くだろうよ、とアザミも困惑する。
「セラ、この男の言っていることは本当です。300年前に死んだ始祖の魔王シスルの生まれ変わり、アザミ・ミラヴァードです」
ニアが2人の間に助け舟を出す。それを聞いて「えっと、、」とセラが困ったようにアザミを見つめる。
「どうした?」
「あの、2つ名前があるならどちらで呼んだらいい? シスル? アザミ?」
モジモジと手を胸の前でいじりながら上目遣いでセラが尋ねる。
「アザミ、でいい。今の時代、魔王シスルは死んでいるからな」
それじゃあ、「アザミ」とセラが嬉しそうに何度か呟く。
「……嬉しそうだな」
「当然よ。だって、私と遊んでくれるお友達がひとり増えたんだもん」
セラにとってアザミは“急に家に入ってきた魔王”というなんの関係もない人物のはずだった。ほんの数分前に出会ったばかりなのに、セラはもう緊張を解いている。その証拠に、先程まで怪訝さだったり無表情だったりしたその顔は今や恥ずかしそうに笑っていた。
「――アザミ様、詳しいお話は帰りにでも。今はセラと遊んであげてください」
ニアが2人をみて安心した様子でアザミにそっと囁く。
「分かった。んで、、セラちゃん? 俺は何をすればいい?」
「セラ。セラでいいわ。私、アザミと対して歳は変わらないもん」
プクッと頬を膨らませて指摘するセラに、アザミが黙ってうなずく。
「じゃあ、セラ。何をする?」
「そうね、、じゃあお話しましょ!」
セラが嬉しそうに笑顔になる。
「お話、か。どうすればいい?」
「どうって、ルールなんて別にないわ。自由に聞きたいことを聞くのよ。アザミはどこから来たの?」
セラが椅子から身を乗り出し、キラキラと輝く目でアザミを見る。アザミも傍の椅子を引いて腰掛ける。
「俺は、この国の王都セントニアからきた。この島には合宿に来たんだ」
「へぇ、良いなぁ。あたしも王都には一度行ってみたかったの……」
「セラはどこから? ずっとここに住んでいるのか?」
「うん、そうよ。あたしは生まれてからずーっとここで暮らしてきた。この子達と一緒にねー!」
セラの指先にフワッと精霊が留まる。
「精霊がいるんだな、ここには」
アザミが精霊と戯れるセラを見つめ、ボソッと呟く。それを聞いてセラが「え?」と驚いた表情を浮かべる。
「王都にはいないの?」
「まさか、知らないのか? 既に精霊が滅んでいることを……」
そうか。セラは「ずっとここで暮らしてきた」と言っていた。それにミレディ島は陸から離れた孤島。精霊がもういないなんて現代では当たり前のことでも、セラは知らない。
『教えてないのよ。だって、知らなくてもいいことでしょ? ここには私達がいるんだから』
アザミの耳元で精霊がそう囁く。
どうしてここでは精霊が生きているのか。気になることは山ほどあるが、セラに聞いてもおそらく知らないだろう。なんせ、この森でずっと精霊たちと暮らしてきたのだから。
「――その、、その格好とか髪はニアに習ったのか?」
アザミがセラのロリータファッションについて聞くことにした。明るい話題に変えてみる。
「そうよ! ニアに教わったの。どう、かしら......?」
セラが嬉しそうにパァッと目を輝かせて、赤い大きなリボンが目立つツインテールをゆらゆらと揺らす。
「似合っていると思うぞ。あまり俺の周りに居ない格好だがな」
アザミがニコッと微笑んでセラの髪を撫でる。セラは嬉しそうに目を細め、素直に従う。
(……といったものの、“アレ”をカウントすると二度目だな。こういう服を見るのは)
思い出されるデパートでの記憶。妹の普段見ない姿に驚愕して、もはやそれしか覚えていないアザミだった。
「アザミは、いつ帰っちゃうの?」
「どうしてそんな事を聞くんだ? 速く帰ってほしいのか?」
「そ、そんなわけないじゃない! ただ、いつかは帰っちゃうんだなって思って......」
寂しさを表すように語尾が小声になる。
「まあ、いつかは帰るさ。セラは寂しいのか?」
「……もう、、慣れたわ......。でも、やっぱりあたしも遊ぶのは楽しいから……」
「セラはこの家に1人なのか? 両親とかは――」
「今はいないの。ずーっと待ってるけど、全然帰ってきてくれないわ……」
セラが寂しそうに窓の外を見つめる。少し白み始めた窓の外を。
両親が居なくてずっとこの家に一人っきりなのか。アザミの頭の中でセラとサキアの姿が重なる。違うって分かっていても、それでもセラには不思議と懐かしさを覚える。
「――俺さ、最終日に祭りに行くんだけどセラも来るか......?」
放っておけなくて、アザミがセラにそう声をかける。だが、キッチンの方から慌てたようにニアの鋭い声が飛んできた。
「アザミ――!!」
「祭り!? 祭りがあるのか、、? 行きたい! あたし、一度も行ったこと無いのよ!!」
ニアの声をかき消すようにセラが歓喜の声を上げる。だが、ニアが黙ってアザミの元へ歩み寄り、服の袖を引っ張って椅子から立たせる。
「――すみません、セラ。今日はこれで帰ります。屋敷の朝の支度をしなければならないので……」
ニアが早口でそう告げる。先程までとは雰囲気が違う。そんなことはすぐに分かった。
(何かマズイこと言ったかな? 俺、、)
(あとで、話します。任せたのはニアなのでニアのミスです。つまりニアミスです、、)
(――は?)
コソコソと話し合う2人。その様子をセラが寂しそうに見つめる。
「……そっか。もう帰ってしまうのね......」
「――大丈夫だ。明日も、来るから!!」
思わず口をついて出ていた。「明日も行く」なんて、何も考えずに約束してしまった。
(きっと、俺がセラに会いたいんだろうな……)
セラを見ていると懐かしい。話していると救われた気持ちになる。
「約束、だぞ! 言ったからな、アザミ!!」
セラが俯いた顔をパッとあげ、満面の笑みを浮かべる。ニアがその表情を見てグッと出かけた言葉を飲み込む。
「……では、失礼します。ニアもまた明日来ます」
ニアが軽く礼をし、ドアを開き外に出る。アザミもそれに従う。
振り返ると、開いたドアの奥でセラが手を振っていた。
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