72話 海での“ア ソ ビ” 《後編》
それはアザミたちがティリプス島に訪れる3週間ほど前のことだった。
『……なるほど。つまり、我が家の別荘の近海で魔物が悪さをしている、ということだね?』
通信用呪符から聞こえるトーチの言葉にニアが頷く。が、呪符だったことに気づき、慌てて返事をする。
「――はい。村の方たちのお話だと、その魔物のせいで子供たちも海で遊べないみたいです......」
毎年夏になるとトーチが別荘に遊びに来てくれる。ニアがワクワクしながら村に買い出しに行ったところ、
『……お屋敷のかたですよね......?』
『え、、? あ、はい。そうですが......』
ニアは被っていたフードをギュッと目深に下ろす。声をかけてきた村人がその手を握り、
『お願いします! 助けて、ください!!』
と、懇願してきた。これが昨日のこと。それについてニアはトーチに相談していたのだ。
「どういたしましょうか? ニア1人でも対処できるのですが......」
『どうしたのかい? なにか、問題でも?』
「はい、、すみません。実は、その魔物は“楽しそうに泳いでいる”人たちに引き寄せられて出現するみたいで、、」
ニアが申し訳無さそうに手をこねる。
『……そうか。それなら仕方がないね。1人じゃ厳しい、だろうし。でも放っておけない問題だ。島の子供たちには目一杯遊んでほしいし……』
トーチがしばらく考える。しばしの沈黙の後、
『分かった。僕がなんとかするよ、っていっても、人手がいるんだよね?』
「はい。トーチ様とニアと......チッ、あの金髪を含めて3人では厳しいかと。あ、ニアはトーチ様と二人っきりでも楽しめま――」
『そうだよね。じゃあ、友達を誘っていくよ』
「トーチ様のお友達、、ですか?」
ニアが通信用呪符のおかげで顔を見られないのを良いことに露骨にいやーな表情を浮かべる。
『ああ。実は僕クラン......ってものに入ったんだけどさ、今度の集まりで“合宿”を提案してみようと思う。皆で行けば楽しいし、それに魔物討伐も出来る。良いことづくしだと想わないかい?」
『はあ、、。まあ、トーチ様がそう言うなら……』
(ニアにとってはトーチ様のお側にお使え出来る時間が減るのでいやなのですが......)
ニアは一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
(大丈夫、大丈夫よニア。トーチ様のお友達です。皆いい人に決まっている。それに、男友達が数人増えたぐらいでは――)
『それじゃあ、詳しい人数は皆に予定を聞いてみてから伝えるよ』
「かしこまりました。大まかに、でいいのですがどのくらいになるかは分かりますか?」
例年と違って2人以上来るなら2階の客室の掃除・準備や食材の追加などを済ませて置かなければならない。軽い気持ちでトーチに聞いた。だが返ってきた返事は、
『――最大で15人、かな』
「じゅっ!? ……あの、皆様男性でしょうか......?」
思っていたのより倍以上に多い来客に驚きつつもなんとか冷静さを取り戻す。
(落ち着くのです、ニア。そうです、皆様男性なら食事も必然的に多くなります。男女比を確認するのは自然なこと......。決して、女性が来ることに嫉妬しているわけでは――)
『いや、女の子は8人いるよ。ま、予定次第だから全員は来ないと思――』
ビリッと呪符を机から引き剥がす。トーチの声が途中で途切れる。
(8人も来る、だと? 冗談じゃない。ニア含めて9人なんて......。そうだ、皆予定が狂ってしまいなさい――)
そしてそれから3週間後、ノックが聞こえ、別荘のドアが開く。1年ぶりに見たご主人さまの顔。そして、その後ろに見える女子陣の顔。ニアはお辞儀の際の一瞬で女子の数を数え上げる。
(5,6,7......7人、ですか。結局1人しか欠けていないではないか!!)
叫び出したい衝動に駆られながらも、メイドさんポーカーフェイスで無表情を保つ。そして顔を上げ、ニコリと微笑む。
「トーチ様のご友人方ですね――」
正直、自分で自分を褒めてあげたい。よく、我慢したと。女子が思ったより多かったことに、そして“探し続けた因縁の敵”と顔を合わせていることによく表情に出さずに耐えた、と。
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(――とはいえ、あの男は思ったような悪人ではありませんでしたし、私も表情は無にできても“感情”は隠しきれていなかったみたいですし、、)
ニアがスッと手を開く。指と指の隙間に鉄の棒が現れる。
「トーチ様、あとはお任せを――」
「いや、いい! ここは僕たちがやる!」
ニアが目を見張る。誰一人として緊張や恐怖といった感情がない。本物の魔物を、危険を前にしても笑顔でいられる強靭な精神力。魔王や勇者は別にしても、この間まで中等学校生だった人たちに、ましてや戦場も経験していないのに、、と。
(なるほど、さすがはトーチ様のご学友です――)
「だからニア......君の力を“貸して”くれないか?」
そう言ってトーチがニコっと笑う。ニアに断る理由はない。
「もちろんです――。微力ながらお力添えいたします」
「よし。それじゃあ、みんな。頼むぞ!」
トーチの言葉にオルティスアローの皆が「おう!」と応える。
「――まずは誘い出すぞ! 海流操作!」
アザミのかざした手が青い光を放つ。海の水がススっと動き、目標を探す。
「いたぞ、、そこだ――!」
位置を知らせるかのように海面がボコッとヘコむ。
「任せて、、ください! バーチカル!!」
シトラが聖剣を抜くと、ブンッと上に切り上げる。斬撃が砂浜を削りながら海を割る。
ザッパーン! と、魔物が姿を現した。
「……一本、しか削れませんでしたか......」
悔しそうにしトラが剣を収める。その12本足のタコ型の魔物は恨めしそうにこちらを見ている。足の一本が切られたことで赤い血を垂らしている。
「クラーケンです。海の魔物の中では中級ですね」
リンが冷静に状況を分析する。
(まずいな、、暴走状態になりかけている。早く決めないと――)
「どーーん!!! へっ、どうだ! デカイ顔してんだから当てやすいぜ!」
グリムが爆炎術を放つ。赤い閃光が真っ直ぐに飛び、クラーケンの目に当たる。ブォォォとクラーケンの咆哮が響く。
「クッ、バカ! 熱くなるな! そんなことをしたら――」
手遅れ、だった。クラーケンの眼は真っ赤に燃えている。潰れた片目を押さえながら残りの10本の腕が一斉に陸地のアザミたちに襲いかかる。
「――右4,左5,正面1よ!!」
略奪の魔眼。クラーケンの視界にリンクし、その狙いを読み取ったレインが叫ぶ。その言葉に応えるようにクレアが動く。
「大盾起動、、構築!!」
砂の中から盾が飛び出し、クラーケンの腕を止める。そして、
「ありがと! 火ノ小太刀、乱舞!!」
「ハミルトンの光速剣技――!」
「蒼樹の神剣......だ、にゃーー!!」
3人の剣士が振るう剣に砂煙が舞う。クラーケンの腕は目を押さえている一本を残して全て切り落とされた。
攻撃手段を失ったクラーケンは水面に口をつけると、
「――ブゥゥゥゥ!!」
と、水を吐き出す。水は激流のように速く、強くトーチを襲う。
「――避けろ!!」
いくら水とはいえ、あの速さをまともに食らったら全身複雑骨折は免れない。だがトーチは動かない。
「任された仕事はいたします――」
ヒュッとニアがトーチの前に立ち塞がる。
「ニア!!」
水流は......当たらなかった。外れたのだ。目標に命中しなかった水流は階段に激突し、粉々にしたのみで終わる。ニアがすっと振りかぶって鉄の棒をクラーケン目指して投げる。
グチュっと何かが潰れる音とともにクラーケンの残っていたもう一方の眼が弾け飛ぶ。
「ブォォォ!!」
「――トーチ様」
「ああ、トドメだ。雷魔術、天雷!!」
トーチの指先から放たれた稲妻がクラーケンに命中する。バリバリッ! と言う轟音と閃光とともにクラーケンの体から黒い煙があがる。そしてそのままザッパーンと海に沈む。
「――反応が消えた。やったな、トーチ」
「ああ。当然だけどね」
アザミの拳にトーチがガツンッと合わせる。
「ふぅ、、でも良かったです、皆無事で。トーチくんとニアを襲った水流とか、外れてくれて助かりました」
「……そうですね。ニアもドキドキでした」
ニアが胸を押さえホッと息を吐く。
アザミはそれをじっと見つめる。
(……魔力反応は、、ナシか。ニア、君は一体――)
初日の夜、グリムがニアを捉えられなかったり。そして今回、クラーケンの攻撃が“不自然にも”命中しなかったり。
(魔術じゃない......ならまさか、でも――)
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