70話 明けない夜はない
「よいしょ……っと、、」
レインが重そうなカバンをボスっとベットの上に置く。カチャっと鍵を外すし、開く。中に入っているのはほとんどが本。服や生理用品などはほんのわずか。
「うーん、、持ってきすぎたかな……?」
もしも、もしもこの合宿で独りぼっちになったとしても大丈夫なように、本は手放せなかった。
(1歩踏み出せた……はずなのにな、、)
はぁ、とため息が漏れる。この合宿でみんなとの距離を縮めないと……
「……せっかく、誘ってもらったんだからな」
グッと、握りこぶしをつくり、気合を入れる。
「えっと次は、、夜ご飯? 確か1階の大広間で食べるんだっけ……」
ドアを開き、廊下に出る。トーチとジョージは1階にそれぞれの部屋がある。客室は2階にあり、オルティスアローの面々はそこにそれぞれ部屋を貰っていた。
「にゃー! ムーちゃん、部屋の調子はどうだったかにゃ?」
「調子? いや、普通だったよ。普通っていうか豪華? なんだけど。アネモネは? 部屋はみんな同じ感じ?」
「そうなんじゃにゃい? じゃあ、今晩ムーちゃんの部屋にいくにゃ〜」
そう言って返事も聞かず、階段をジャンプするようにタンッタンッと降りていく。
「あっちょっ……! はぁ。まあ、いいか」
こういうときぐらい、夜更かししてもいいよね。レインも「しょうがないなぁ」と小さく微笑み、階段を降りる。
「それでは、こちらが本日のディナーでございます」
そう言ってニアがお辞儀する。机の上には美味しそうな香りと湯気の漂う食事が用意されていた。
「すっごーい!! これ、ニアちゃんが全部1人でつくったの?」
「そうです。久しぶりにこんな人数分作ったので疲れましたが、、」
ニアがグルグルと肩を回す。ほへーっとフレイアが感心したように皿をまじまじと見る。
「……じゃあ、冷めないうちにいただこうか」
カチャカチャとナイフとフォークが音を鳴らす夕食が始まる。待ちきれない! と、グリムが料理をガっとかき込む。
「あー! グリム、行儀悪いよぉ?」
「ほんなほほいっへもは、ほはらへえんはよ!(そんなこと言ってもな、止まらねえんだよ!)」
騒がしい2人を微笑ましくシトラが見つめる。
「やっぱり、大人数での食事も楽しいものですね」
「そうだな。たまには、いいかもな……」
ギュッと切り分けたステーキを口に運ぶ。
「……はぁ、食った食ったァ!」
グリムがポンポンと腹を叩く。
「てめぇの腹はなんだァ? 魔物でも飼ってんのかよ……」
珍しくジョージが引いている。それもそのはず。
「よかったのかい? レイン、リン。夕食をグリムに分けても、、」
「はいです。私は少食ですので、、申し訳ないです」
「私も、、無理かも……」
ウップと口を抑える。「大丈夫かにゃー?」と、その顔を心配そうにアネモネが覗き込む。リンはほとんど料理に手をつけないままグリムに回したので、実質2.5人分の夕食を平らげたことになる。当然、引かれて然るべきだ。
「分かりました。明日からおふたりの食事は少なめで用意いたします」
そう言って全員分の皿をテキパキとさげていく。
「手伝いましょうか?」
「いえ、結構ですお客様。これはニアの仕事ですので、、」
シトラの申し出をスっと断り、黙々と作業を続ける。シトラは申し訳なさそうだったが、ここに留まると逆に迷惑になるとのことなので、各自部屋に戻ってゆっくりすることになった。
「早いけどおやすみ。今日昨日と移動ばかりで疲れただろうから、ゆっくり休んでね」
トーチの言葉に皆力なく頷き部屋へと戻っていく。疲れている体に温かいご飯を入れたので眠気に襲われているのだろう。
「さて、っと……」
シトラがポスッとベットの上に腰掛ける。窓の外は真っ暗で、何も見えない。
(色々してたら遅くなってしまいました……。えっと、、体も流しましたし、素振りも鍛錬も軽くやりましたし、歯も磨きました。服も着替えましたし、これで――)
新しく購入したワンピース型の薄手のパジャマのスカートの裾をピラッと持ち上げる。フフっと微笑んで顔を上げる。
「――まだ、寝られませんよね」
シトラの鼻がピクリと動く。「よっ、」とベットから降りてドアへと向かい、グッと押す。
「どこへ、行くのですか?」
「……敵わないな、シトラには」
お手上げだ、と言うようにアザミが苦笑して両手を挙げる。
「そうだな、、シトラに関係がないとは言えないな。来るか?」
迷う理由なんてなかった。「もちろん」と即答し、双子は揃って階段を降り、1階へと向かう。階段の下に人影があった。
「――あなたは......!」
「おはようございます、と言うには外が暗すぎるようですね」
ニアが、立っていた。冗談めいた口振りで双子に一礼する。
「話したいことがある」
「ええ、ニアにもあります――」
顔を上げたニアとアザミが睨み合う。シトラは状況を理解しようと必死で頭を働かす。
(ニアとアザミ、そして私に関係ある話、ですか? それって、、)
「確認だ、ニア。――お前は俺たちのことを知っているか?」
シトラがハッと息を呑む。やはりそうだ。
脳裏に幼時に聞いた言葉が過る。
『神に最も近い種族、天使族。その寿命は人間を遥かに凌ぐ』と。
それならニアが自分たちの過去、勇者と魔王だった時代を知っていれも不思議ではない。そして、、、もし、そうなら――
「……知っています、と言ったら? 口封じに殺しますか?」
冗談っぽく軽い口調でそういうが、目は笑っていない。本気だ。アザミが「まさか」と首を振る。
「それはない。俺は今は人界の人間だ。魔王だったのは過去の話……っと、それは言いすぎたな、、」
アザミの“過去”という言葉にニアが反応する。顔が赤く紅潮し、プルプルと震える肩。
「ええ、本当にッ、、! ――それがニアの......ニア達の仲間を殺し尽くした男のセリフとは信じれれませんね、、!! あなたにとっては過去ですか、、」
済ました表情、淡々と命令をこなしていたニアはいなかった。そこにいたのは肩で息をしてアザミを恨めしげに見つめる“天使”。急変したニアの様子に冷静なアザミも流石にウッと詰まる。
「……ニア、あなたは......」
「あなたも、どうしてですか? 勇者シトラス......。どうして、その男を殺さないのですか、、! その男は人界の、、敵です......!」
「それは――」
うるうると泣きそうな目で感情をむき出しにするニアに、シトラは何も言うことが出来なかった。そのとおりだ。300年前、シトラたちは天使と共に魔王に立ち向かった。その中で大勢の仲間が死んだ。
人間も、天使も。たくさん、、
「……ええ、そうですよ。私はニア。高位の天使ですからおよそ100年に1歳、歳をとります。だから、300年前のあなた達も知っています、、魔王シスル、勇者シトラス。 ねぇ? びっくりしましたよ。まさかトーチ様があなた達を連れてくるなんて。良いですよね? ニア達天使が奴隷のように働かされている中、あなた達は楽しそうでッ――」
ギリッと奥歯がこすれる音がした。きっとニアにも色々あるのだろう。今までのことも、今のことも、未来のことも。でも、アザミもそれは理解していながら通すことは出来なかった。
「すまない。“過去”といったのは謝罪する。だが、300年前のことを謝罪するつもりはない――」
「グッ......そ、うですね、、。戦争のことはお互い様ですから……」
渋々、と言った感じでニアが言葉を絞り出す。300年前、戦争で仲間を多く失ったのは魔界も同じ。それはアザミにとっても、だ。
「――ですが、私はあなたを許せない、魔王シスル。いくら貴方に原因がなくても、ニア達の現状を作り出したのは貴方の部下達です......。それに、何かに恨みの原因を作らないと、ニアは壊れてしまいそうだッ......!」
ニアが両手で顔を覆いペタンっと座り込む。
少し躊躇したあと、アザミが懐からハンカチを取り出しニアに手渡す。
「……使うか?」
「貴方の施しなど、、受けません!!」
アザミの手を振り払い、メイド服の袖でズズッと涙を拭う。
「……ですが、、少し......安心し、まし、た......?」
不思議そうに、何故か疑問調でそう言いながらニアはふらっと立ち上がる。
「俺が、思っていたようなやつではなかった、か?」
アザミの言葉に図星をつかれたようにウッと胸を押さえ目をそらす。
「……意外でした。貴方が、優しくなっているなんて......」
「そう、だな......俺は300年前から思想も何も変わっていない。ニアがそう思うなら、それは俺のことをよく知らなかったてことじゃないか?」
そう言ってアザミがフフッと微笑む。
アザミは分かっていた。初対面のとき、ニアと目があったとき一瞬怒気を感じた。ニアが傍を通ったとき、心音が加速しているのが聞こえた。不安、緊張。そんな感情を抱いているのが分かった。アザミにそんな感情を抱くのは、その過去を知っているということ。
だから言った。
『……すまない』と。
「……思想が、変わっていない......? あなたは何を望んで――」
「統一、だ。人界と魔界のな。俺の夢は子供の頃から変わっていないよ」
ニアの問にアザミは即答する。ニアがハッと驚いたようにアザミを見る。
「――そのためにも、今の魔界を野放しにしておくわけにはいかない。あれは俺の思想と反する。ニア、協力してくれないか?」
アザミが手を差し出す。ニアが考え込むようにその手を見つめる。シトラもそんな兄とニアの様子を微笑ましく見つめる。
(なるほど、シトラス様。あなたは“この目的”のために魔王と共闘しているのですね――)
理解は、した。でも、それで全てがなかったことになるわけではない。だから、
「――お断りします。ニアはニアなりのやり方で仲間を助けます。ですが、、」
アザミの手をパシッとはたき、ニコッと笑顔を作る。
「敵対は、とりあえずしないであげます」
「それではおやすみなさい」と言ってニアはクルッと背を向けて闇の中に消えていく。
「まいったな……聞きたいことはまだあったのに――」
アザミがポリポリと頭をかく。
「でも、よかったですね。遺恨が晴れて」
「いや、まだだよ。まだ、完全になくなったわけではない、よ……」
アザミもその後ろ姿を見届け、階段を上がっていく。
(時間はかかるだろうが......やらなければならないことが1つ、増えたな――)
真っ暗な夜よりも、少し明るい宵がいい。
そんなことを思ってベッドに入る初日の夜だった。
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