69話 メイドさんは天使
「うおぉぉ!! あれがミレディー島かよ、すっげぇ!」
グリムが興奮した様子で船から身を乗り出す。潮風が冷たく頬を殴る。海水が目に入ったのか、エイドがギュッと片目を閉じる。
「――あんた、はしゃぎすぎよ!! いい? 合宿中も対戦の約束は継続してるからね?」
大声が聞こえたのかフレイアもデッキに出てくる。それに続いてクレア、ジョージ、アザミ......と、続々と皆、集まってくる。
「キレイな島だな。自然が豊かって感じだ、、」
ミレディー島の外周を回るように、アザミたちを乗せた船が島の港へと近づいていく。それにつれて島の居住部分が見えてくる。
島のほとんどは緑で覆われていた。蒼い海、翠の森。そんななか空白が開いたように白い壁が夕日を反射してキラリと赤く輝いている。
「あれがミレディー島のティリプス村だよ。島内唯一の村で、僕の別荘も村の外れにあるんだ」
トーチが家々を指差してそう言う。
島の形がどんどん大きくなっていき、白い家がそれぞれはっきりと識別できるようになる。貝殻を埋め込んだ家や通りに吊るされた三角の旗。夕焼けに染められた村は、どこか懐かしい雰囲気を漂わせていた。
船がスッと港の石壁に接岸する。ザバーン! と錨を下ろし、陸とデッキがつながる。
「さぁ皆様方、着きましたぜ!!」
ロジャーがそう言ってヘヘッと鼻の下を掻く。
アザミたちは各自の荷物を持ち、お礼を言って船を降りる。
潮の香りが鼻をつく。「こっちだよ」と、一同はトーチを先頭に海沿いを歩いて別荘を目指す。
「別荘までは遠いのか?」
「いや、この村自体そこまで広くないからね、すぐそこだよ。この島のほとんどは森が占めているんだ」
トーチがそう言って海と反対側、傾斜地に広がる村の更に奥に広がる緑色の森を指差す。そのとき、ビュゥッ! と風が吹き、シトラの麦わら帽子を飛ばした。帽子は風にのって森の方へ消えていく。木々がザワザワと揺れているのが遠目からも分かった。
「……あぁ、、」
シトラが呆然と手を伸ばす。その姿を見てトーチが、
「珍しいね、、普段はあんな強風吹かないんだけど......」
と不思議そうに森を見つめる。
「――あの森、何かあるか......?」
「うん? ……いや、聞いたことがないな。“魔術的に何かあるのか”、って聞かれたら無論ノーなんだけどね、、」
「“魔術的に”、だと? 他に何かあるんじゃないか?」
「……あるっていうか無いっていうか、、迷信だよ。この村の人達はあの森のことをこう呼ぶんだ――」
アザミの質問にトーチがスッと真顔になり、一息ついて口を開く。
「――『悪魔の森』と」
悪魔の森。その禍々しい響きに思わずゴクリとつばを飲む。トーチがふぅ、と息を吐いて微笑む。
「まあ、伝承さ。……でも、村人の中には本気で信じている人もいる。あまり、話題には出さないでほしいんだ」
「分かった。これ以上は詮索しないようにするよ」
そう言ってアザミが両手を上げる。それを見てトーチがコクっと頷き、歩みを再開する。
それから少し海沿いの遊歩道を歩いていると、森の影から白い、大きな洋館がヌッと顔を出した。洋館の灯りがあたりを照らしている。
「……誰かいるのか?」
確か父親も妹も本家の用事で島にはいない、と言ってたはずだとアザミが記憶を掘り起こす。「ああ、」とトーチが思い出したように、
「メイドがひとり、いる。そうだな、、変わったやつだけど仲良くしてやってほしいな……」
と言ってハハハと苦笑する。「変わったやつ」という言葉に何か引っかかりを覚えるアザミ。
(――変わったメイドって、、なんだ?)
「おいおい、メイドさんとかちょーやべえだろ!!」
対称的に素直にハイテンションになっているグリム。朝に腹減ったなど文句を抜かしていたやつと同一人物とは思えない。その様子を見てジョージがニヤニヤと笑う。
「ヘヘ、、知らねえぞ? どうなってもよぉ……」
トーチの別荘は近くで見るとなお大きい。白い壁にランタン。庭はきちんと手入れされており、階段を降りるとすぐに海へと繋がっている。裏手には森があり、不気味さも漂っている。
トーチが金縁のドアをトントンッと叩く。
「――僕だ、開けてくれ」
「開いております。トーチ様」
返事はすぐに返ってきた。トーチがドアのリングを掴み、ぐいっと引く。ドアはなめらかに開き、内装が見える。入ると奥に二階へ続く階段がある。どうやらロビーは吹き抜けになっているようだ。
そしてその階段の前でメイド服に身を包んだ少女がうやうやしく頭を下げている。
背丈はシトラより少し低いくらい。灰色の髪を白いブリムで留め、長い髪はクルクルと巻いてサイドツインにしてある。少女は顔を上げ、アザミたちの姿をその翠色の瞳で確認すると少し微笑む。
「トーチ様のご友人方ですね。お初にお目にかかります。私はキールシュタット家のメイドの、“ニア”と言います。よろしくお願いいたします」
黒の下地に白いエプロンがつき、胸元には赤いリボンというオーソドックスなメイド服を来たニアがそう言ってスカートの裾をつまんで軽く持ち上げ膝を折り、お辞儀をする。膝上くらいの丈のスカートが持ち上げられたことで、ニアの白い太ももがチラリと露見する。どうやらタイツではなくニーソックスのようだ。
「よ、よろしく……」
あんなにテンションの上がっていたグリムですら、少しおどおどとした感じで上っ面の返事をする。
トーチとジョージ以外はだいたいそんな感じだった。アザミも少し驚いたように口を真一文字に結び、シトラもハッと口元を抑える。
ニアが思っていたメイドとは違ったのか、期待はずれだったのか。
決してそんなわけではない。メイドという特性がなくても十分通用するような美少女だ。だが、その可愛らしさよりも目を引くものがあった。
それは、ニアの背中から生えた純白の翼。サイズは腕の長さより少し短いくらい。
「……それは、、」
言葉を絞り出し、グリムが恐る恐る翼を指差す。ニアは慣れたように翼をいじり、
「ああ、これですか。初対面の客人は皆そのような反応をいたします。ええ、これは羽です。だってニアは“天使”ですから」
そう言ってコクっと首を傾ける。
天使族。かつて人界に与する種族の中で最強と言われた、魔法に優れた種だ。だが、その魔法は強く精霊と結びついているため、精霊がほとんどいなくなった現代では最弱に落ち、今や奴隷として扱われることも多くなった。
「天使、、ですか......」
そう、シトラが悲しそうに俯く。かつて自分たちと共に戦った種族が今や奴隷なのだ。当然、悔やむことも申し訳無さもある。
「――トーチ、まさかとは思うがその子は、、」
「やだな。僕たち一家は奴隷制に反対しているんだ。ニアは確かに奴隷商から買った。でも、今は解放してこうやって別荘で雇っているんだ」
「そのとおりでございます、お客様。ニアは今の生活に幸せを感じております。この島の中で不自由なく動けるのですから。……まあ、他の天使族はそうはいかないでしょうが、、」
ニアがそう言ってどこか諦めたように悲しげな表情を浮かべる。アザミはその感情の中に一縷の怒りの糸を見つける。
(――こいつ、まさか……)
場が少し湿っぽくなったのを感じたトーチがとりなすようにパンッと手を鳴らす。
「こ、こんなところで立ち話もなんだし、、食事にしないか? とりあえず荷物を部屋においてさ……」
「そうだな。うん、そうしよう!」
「賛成だにゃ〜」
では、とニアが全員分のスリッパを準備する。
「うちは東の国が起源でね、家の中では靴を脱ぐんだ」
「そうなのか。じゃあ、それに従うか」
アザミが靴を脱ぎ、スリッパにつま先を滑り込ませる。皆がそれに続く。
「――トーチ様、お荷物をお持ちします」
ニアがトーチの荷物を右手に持つ。左手がまだ開いていることに気づいたグリムが、
「俺の荷物もよろしくな!」
と、ニアの左手に自分の荷物を預ける。ニアが左手にぶら下げられた鞄をジッと見つめ、そして――
「ぽいっ」
......
と、投げ捨てる。グリムの鞄はきれいな放物線を描いて階段に激突し、中身がブワッと散乱する。
「ッな!? なにしやがんだテメェ!!」
信じられない、と言った表情でグリムがニアに詰め寄る。だが、目測を誤ったのか、ニアに触れられず、グリムの手はスカッと空を切る。そんなグリムを冷たい目で見下ろし、
「――客人様。ニアはトーチ様のメイドです。あなたの命令に従う義理はありませんので」
と言い放つ。その様子にププッと笑いを隠しきれないジョージがニアに自分の荷物を手渡す。
「無様だなぁ? ニアは“俺”とトーチの言うことしか――」
「あなたの言うことも聞きませんよ? 金髪バカ男」
そう言ってブンッと全力でジョージの鞄も地面に叩きつけられる。
ジョージが「あぁ!!」と悲痛な叫び声を上げる。そんな様子を見てトーチが頭に手を当てて深くため息をつく。
「すまないみんな。ニアは、こういうやつなんだ、、」
……と、言われても、、。呆然とその場の状況を整理する。
ニアは何も気にしていない様子でトーチの荷物を持って左手の廊下へと向かう。
トクンッ、、、トクンッ、、トクンッ、トクッ、トクッ、トクッ、ト――
「――」
「……深夜、ココで」
ニアが近くを通ったとき、アザミがそっと何かを耳打ちする。ニアの眉がピクリと動く。
そして何事もなかったかのように廊下の暗がりへと消えていく。
「じゃあ、部屋の鍵を渡すよ」
トーチが皆に鍵を手渡す。結局トーチ以外は重い手荷物を己の力で持ち運ばなければならなかった。
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