47話 魔王と勇者の出会い(1)
……ザァ――
天気は大雨だ。珍しいこともあるものですね。ここまで天候が荒れるなんて。
どうやら晴の儀式は失敗したようだ。あんなおまじないなんて、やはり迷信だったのだ。
施設の外に出る機会なんて年に一度ぐらいだ。そんな日にこんな大荒れの天気なんてついてない。
ひとまず、雨宿りできるところを探そう。そう思ってあたりをざっと見渡す。
今いる場所は草原なので、見通しは良かった。そして幸運にも、濃い霧の向こうに建物の影が見えた。
「――あそこまでいきますか」
私はどしゃ降りの雨の中歩き出す。
少し歩くと建物の影が濃くなった。どうやら神殿のようだ。薄暗い中たたずむ姿に不気味さを覚える。でも雨風を防げそうなのはあそこしかない。歩みを続ける。
そして目指していた神殿に着く。近くで見ると思ったより小さい。でも中に入って息を呑む。
白い壁にキラキラとした内装。中には石像がいくつも並び、正面には何やら薄紫色の光を放つ石が置いてある。見た目は小さくても、中はかなり作り込まれている。
だが、ひときわ目を引くのは入口近くの通路、足元に開いた大穴だろう。豪勢な飾りに目を取られ、上を見て歩きでもしたら気づかずに落ちてしまうような真っ暗な穴。
穴には下に向かう階段が設けられていた。不気味な気配の大元はこの下にあるようだ。
一瞬躊躇する。別にここにいても雨風は防げる。でも、こういう不思議な場所は少し気になる。なるほど、これがミイちゃんの言ってた“好奇心”というものか。私は好奇心に負け、階段を降りて地下を探検してみることにした。
カツン、カツン……と靴の音が響く。階段は思ったより長く、底は思ったより深いようだ。
999段、階段を降りるとそこには地面があった。舗装なんてされてない、土の道。
ここは洞窟のようだ。壁には等間隔に灯りが置かれており、視界は良好だ。
とりあえずまっすぐに進む。というか分かれ道もないのでそれしか無いのだが。
何かミイちゃんへのみやげ話になりそうな物を見つけて戻ろう、そう思っていた。
でも、何もない。ただまっすぐ洞窟が続いているだけ。
「(なんだ、、面白くないですね……)」
道の先に広いスペースが見える。平易な洞窟に興味が削がれていた私は特に警戒せず歩みを進める。
だから、広いスペースに足を踏み入れた時、私の足元に影が落ちていることに気づかなかった。いつもなら警戒しているはずなのに。
「――!?」
「グルァァァ!!」
唸り声の主を見るより前に体が反応した。とっさに体を捻り横に飛ぶ。
バクンッ! と私が立っていた場所の空気が魔物に喰われる。
「ヘルブズドギー、、上級魔物ですか!!」
目をランランと輝かせた四つ足の犬型の魔物が全身を覆う漆黒の毛をブルッと奮い立たせる。
「私一人でやるしか――」
腰に手を伸ばす。だが、その指は何も掴めなかった。
「(しまった――。今日は剣を持っていない!)」
今日、施設の外に出たのは訓練のためではなく、ただの買い出しだった。
ミーシャと、他数名の子たちと一緒に麓の村まで食材の買い出しに行くところだったのだ。
別に魔物も出ない普通の道。だからって剣を持ってきていなかったのが悔やまれる!
「クッ!!」
ヘルブズドギーが私に向かって突進を仕掛けてくる。
間一髪、それを躱し、地面をゴロゴロと転がる。
ドスンっと鈍い音がした。どうやら突進で洞窟の壁に頭をぶつけたようだ。
「これで倒れて……は、くれませんよね」
ブルンブルンと頭を振って、ヘルブズドギーが低くうなりながら私の方を振り返る。
「さて、どうしましょうか」
再び猛然と突っ込んでくるヘルブズドギーを避けながら思考をフル回転させる。
剣はない。魔法は使えない。習っていないから。
「避けれることには避けられますが――」
普段の訓練での剣の太刀筋と比べたら遅い。それにモーションも大きい。
でも、私に攻撃手段がない以上、結果は目に見えている。
「はぁ、はぁ……」
何度も避けているうちに息遣いが荒くなる。体力がない方では無かったが、空気が薄いのとずっと避けっぱなしで動きっぱなしなのも相まって、かなりパフォーマンスが落ちてきているのを感じる。
「クソ!」
避けた拍子に落ちている石を拾って投げつける。
ガツン! とヘルブズドギーの目に当たる。
「(どうだ――!)」
完璧なヒットに少し笑みが溢れる。しかし、すぐに落胆、いや絶望に変わった。
ヘルブズドギーの目が真っ赤に充血していた。低い唸り声は壁に反響し、残響する。口元からはシューッとヨダレが垂れている。
聞いたことがある。魔物は“怒り”の状態になると目が赤くなる、と。そ
そして攻撃的になり、速さも力も跳ね上がると。
「グルルァァァァァアア!!!!」
大きく吠えてヘルブズドギーが突っ込んでくる。
速い!
石を投げたあとで、私の重心は前にある。それに突然のことで思考が間に合わない。
ゆえに、「避けろ」という命令も、足に届かなかった。
棒立ちの私の目の前に大きく開かれた口があった。
――やられる!
「F M O ,T R!《右に曲がれ》」
突然、第三者の声が洞窟内に響いた。
ヘルブズドギーの体が私の目の前で不自然に曲がる。
そして私から見て左手、ヘルブズドギーにとっては右手の壁に思い切り激突する。
今度は減速も間に合わなかったようだ。ヘルブズドギーの鼻から真っ赤な血が吹き出す。
「あ、あなたは――」
「走れ!!」
助けてくれたその少年が私の手を取って走る。
「ギュルルラァァァァ!!!!」
ヘルブズドギーの目は完全に焦点を失い、クルクルと回っていた。
それでも何かに従っているかのように私達に向かって突っ込んでくる。
「チッ、今の俺じゃバーサークモードまでは操れないぜ!」
「ど、どっちに行きますか!!」
私達の走る先には先に進むための穴が二つあった。右か左か。
もしかしたらどっちかはハズレで、落とし穴でも用意されていて即死するのかもしれない。
でも、ヘルブズドギーがすぐ後ろまで迫って来ていた。荒い鼻息がかかる。
迷っている時間はない。
「とにかく走りきれ! 死にたくなきゃな!」
近いのは右の穴。私達は無我夢中でそこへと滑り込む。
そのすぐ後で、ドーン! という音とともに穴が揺れる。
ヘルブズドギーの大きな体では穴に入ることが出来ず、ぶつかったようだ。
「……崩れねえだろうな」
寝転がったまま、衝撃でパラパラと砂が落ちてきている天井を見上げる。
「もう、大丈夫そうですね」
私達に手が出せないことが分かったのか、ヘルブズドギーは穴から離れて戻っていく。
「ああ。でも戻ることも出来ないな。引き返そうものならまたあのデカ犬と追いかけっこだから」
少年が立ち上がってパンパンッと砂を払う。黒色のローブに金の刺繍。どこかの貴族の子だろうか。
気になってじっと見ていると目が合った。私は慌ててお礼を言う。
「危ないところを助けてくれてありがとうございました」
「別にいいよ。大きな物音がしたから来てみただけだし。あんたを助けたのは気分だ」
そう言って少年は近くの岩に腰掛ける。私もそれに倣い、手頃な岩に腰を下ろす。
……
「あんた、名前と歳は?」
沈黙を嫌ったのか、少年が声をかけてきた。
「私の名前は……シトラスです。歳は10ほど、でしょうか」
その返答に少年はニヤリと笑う。
「そうか、あんた俺より年下なんだな。俺は12だから」
そう言って少年は立ち上がり、私の方へと歩いてくる。
そして私の目の前で得意げな顔をしてバッと両手を広げる。
「俺はシストリテ・ヴァン・エヴァグレイス。よろしくな、シトラス」
そう言って彼はニコッと満面の笑みで笑った。
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