33話(1) 決勝戦(4) 〜歓喜の声〜
未完成の歯車。
それは、一つの分野で突出した才能を持ちながら、それ以外は人並みにもできない人のことを指す。敬称でもあり、また蔑称でもある二つ名。
例えば、高レベルの回復魔術を扱えるのに、攻撃・防御系統の魔術を一切扱えない治癒魔術師だったり。
例えば、上級魔術である爆炎術を詠唱、魔法陣無しで扱える。が、それしか魔術を使えない単細胞の魔術師だったり。
例えば、魔法陣の展開と詠唱を同時に行う器用さを持ち合わせ、超高速で魔術を扱えるのに、全属性の中でも下位の風魔術しか扱えない魔術師だったり。
エイド・ロッツォにグリム・カイエン、そしてダグラス・ロイセン。ぶっ飛んだ才能を持っているが、いいや、それしか持っていないがゆえに、総合的に見れば劣って見えるのだ。
だが、一本優れたその分野に限れば彼ら彼女は紛れもなく天才的。その分野で戦えば、いくら選抜科とはいえ必ず上だとは限らないのだ。
(トーチの言った通りだった、ってことね……)
それは気に食わないけれど、でもこうも見せつけられたら癪でも信じるしかない。切り替えよう。パンパンッと服の汚れを払い、フレイアは改めて火ノ小太刀を構える。今度は油断も驕りも無い。相手が自分たちと同じ強者であると認めて、それ相応に戦おう。
(じゃなきゃ……負ける)
敗北の二文字だけは、決してあってはならない。たとえプライドを傷つけられる選択であったとしても、勝利よりも優先する誇りなんて無いから。
「まだまだ行くぜ! ダグラス!」
「ああ、任せといてよ!」
そんなフレイアに、勢いのまま攻めることを決めたAクラス。ダグラスは左手に持った魔導書をペラペラとめくる。
「風魔術、ウインドアロー!」
口が動く、と同時にヒュッと空を切り裂いて風の矢が飛んでくる。
聞いても信じられないけれど、実際に目にしたら納得せざるを得ない。まさか詠唱すると同時に魔法陣を展開して、さらに同時並行で魔術式の計算まで行ってしまうなんて。3つの作業を同時に行うのだから、つまり常人の3倍速く魔術が飛んでくるということだ。
「……厄介だね、その高速魔術! でも―――」
フレイアは地面をサッと蹴り、空高く飛び上がった。
その足元を矢が通りすぎて奥の城壁に突き刺さる。そこはほんの‟数秒”前まで、フレイアが立っていた場所。
「遅いのよ、魔術自体は」
だから何も問題は無い。速さ、効率の良さは優れているのだろう。もしも魔術の展開を競う選手権でもあれば彼は優勝したに違いない。
しかし、ここは実戦の舞台だ。いくら展開させるのは早くても、‟魔術自体が遅くて”、かつ‟風魔術という弱い属性に限られる”のであれば、大したことは無い。ただ凄いだけで強さ自体はそんなことも無いから、だから彼はAクラス止まりなのだと。
フレイアは反射術式を用いて空中で向きを変え、そのまま真っ直ぐにダグラスへと襲いかかる。
「ダグラス!!」
それを見ていたグリムが慌てて叫ぶ。だが、その前にフレイアの刃がダグラスの首を飛ばしていた。
防御も回避も間に合わない。それは圧倒的、まさに瞬殺だった。
(思った通り、速さだけで魔術自体はそこまで強くない。クスッ、確かにこれは未完成だわね)
フレイアはそのまま周りの生徒たちへと突っ込む。そして、火ノ小太刀を持ち、グルンッと体を回転させる。
回転斬り、その応用でA組後衛の生徒たちがバタバタと倒されていく。やはり、‟未完成”じゃ完成したフレイアの強さには及ばないみたいだ。そもそも、完成していたら、その強さがあれば普通科なんて場所に甘んじているわけがない。脛に傷があるからこその現状なのだから、それのないフレイアは、まともにやれば勝利して当然。
「くっ、そがァッ!」
その光景に、グリムは慌ててエイドの下へ駆け寄った。他の生徒達には目もくれず一直線に。
それを見てフレイアはニヤリと笑った。
「なるほど、その女の子が王様なのね」
「チッ、仕方ねェ……。エイド、俺の側を離れんじゃねえぞ!!」
炙り出された。けれど、こうなってはそれも仕方ないだろう。エイドは頷いて、グリムの背中にススッと隠れる。
「最初は面食らったし、思ったより本気出しちゃった。でも、それももう終わりね。だって、もう君たち2人になっちゃったもの。……これでも、まだやる?」
城の上に立っているのは、今やたったの3人のみだった。フレイア、グリム、エイド。
それ以外は、全てフレイアにやられてしまった。彼女の宣言した皆殺しまであと二人だ。
「これが格の違いってやつ? 王様を当てられなかったのは残念だけど、結局倒せば勝ちなのよね」
そう言いながら両手でナイフをくるくると回し、彼女はゆっくりと近づく。
「それ以上近づいたら撃つぜッ!」
グリムがそれを牽制するみたく両手を前に出す。
だが、フレイアは全く気にする様子を見せず、さらにペースを上げて歩みを続ける。
「いいわよ? 当たる前に切るから」
「フンッ、そうかよォ―――!」
ドンッ!、と衝撃が走った。グリムの放った爆炎がフレイア目がけて飛んでいった音だ。
(バカね。私の火ノ小太刀の属性は火。爆炎を切るなんて造作無いのよ……)
冷静に考えたら、そもそも最初から恐れる必要なんて無かったのだ。フレイアが無造作にナイフを振る。それだけで、爆炎はスッと真っ二つに切断されてしまった。
(チッ、残念。煙と衝撃までは切れない、か)
黒い煙と衝撃の風に少し体勢を崩しかけた。けれど、それだけだ。すぐに持ち直してフレイアはまた前へと駆け出す。もう残るはこの距離だ。グリムが次弾を装填する前に、フレイアのナイフはその首を刎ね飛ばすだろう。
―――勝った!
思わず早めの勝利宣言。ニヤリと笑みが漏れ出た。
のは、フレイアでは無くてグリムのものだった。フレイアの視界の中で、グリムは笑った。もう敵わないと言う諦めの笑み? いいや、違う。これは……勝利を確信した、それだ。
「まだまだいくぜェッ! 爆炎術、連火!!!!」
「なっ!?!?」
ドドドドッ、、!! と轟音が辺りに響いた。次弾!? それどころか、一体何発あるというのか。
数えきれないほど、いくつもの爆発がフレイアに襲い掛かった。炎は火ノ小太刀で切り裂けば無効化出来るものの、ありとあらゆる方向からの衝撃に耐えきれず、フレイアの華奢な体が後ろへ吹き飛ばされる。それは炎じゃ無くて‟爆”炎なのだ。炎は切り裂けても、その衝撃までは防げ得ない。ここまで乱れ咲く爆風に曝されたら、そりゃあ立っていられるはずもない。
吹き飛ばされたフレイアは二度、三度石畳を転がって、そして塀に激しく背中を打ち付けてやっと止まる。
「がっ!! はぁはァッ! ど、どうして……。爆炎術は術者に大きな負担をかける……。そんなに連射したら、まさか身体が無事なわけ―――」
「―――フレイアさぁ、お前が言ったんだぜェ?」
グリムはスタスタと、座り込んだフレイアの方へと歩み寄る。薄れる視界の中で、グリムのその見下すみたいな笑みだけがやけに鮮明に映って、フレイアは背中に冷たいものを覚えた。
「俺たちが未完成の歯車だってさァ。なァ、歯車ってのはさ、1つだけじゃただ回るだけじゃね? でもさ、2つ以上集まったらとんでもない力を産み出すんだよなァ」
その言葉に、ぶるっと身震いするフレイア。まさか、だった。
(私、この男を……恐れている!?)
見下ろされ、突きつけられて、初めて自覚する恐怖という感情。「やめっ……」と、意識とは関係なく命乞いみたいな可愛い声がフレイアの喉から飛び出しかけた。しかし、グリムは容赦しない。やめろと言われてやめるほど、従順な子犬じゃ無かったから。むしろ狂犬。フレイアを見下ろし、ニヤッと笑ったその手がパッと光る。
「がっ、はっ!!」
次の瞬間、フレイアの右手は爆炎で鮮やかに吹き飛ばされていた。
しかし、その衝撃は術者本人自身すら蝕む。その反動を受け、グリムの左手にからも鮮血が飛んだ。だが、その傷はまるで時間を巻き戻しているかのように再生していく。
「ま、さか……ハハッ、ハハハッ! あーあ。そういうこと。最後の歯車は天才の治癒魔術師、か―――」
「正解。言ったろ? 歯車だってさ」
グリムの背中に隠れたエイドは、グリムの服の裾をギュッと握りしめながら戦局を覗いていた。だがそれはただ隠れているだけじゃない。その身体は、フワッとした薄緑の光に包まれていた。
グリムの扱う爆炎術。これは魔力の消費も、術者にかかる負担も大きな術式だ。なので普通は威嚇、当たれば儲けもんのような感覚で撃つ。グリムのように連射しようものなら魔力切れで倒れるか、そうでなくても体のあちこちから出血して死ぬかである。
それはいくらグリムとて例外ではなかった。魔法陣、詠唱無しで放つことができ、魔力の消費も他の術者よりは少なくすむとはいえ、身体への負荷は避けられない。
だが、もし傷つくと同時に治癒魔術師によって回復させられたら?
「……グリム。私はこの戦い方、好きじゃないからね。グリムにも、傷ついて欲しくないもん……」
エイドは心配そうにグリムのほうを見る。その眼は優しく潤んでいた。
そんなエイドに、グリムは「悪いな」とバツが悪そうに微笑んだ。彼女の頭にポンッと手を当てる。けれど、でもきっとこれからも……この戦い方は変えられないのだろう。
「でも、傷つくのは終わりだぜ。なんせこれで俺たちの勝ちだ」
「―――これでっ、これしきで私に勝ったなんて思わないでよね! 一対一だったら、絶対に負けないんだから!!」
失った右手を押さえながら口を真一文字にギュッと結び、悔しそうにグリムを見上げる。とはいえ、恐怖を克服できたわけじゃ無い。それは言うなれば、意地のようなものだった。最後の最後で彼女を突き動かしたのは選抜科としてのプライドで、結局、それしか言えずに終わるのだった。
グリムはスッと手をかざす。
ただそれだけで、轟音と共にフレイアの姿は見えなくなった。
それは塵一つとしてそこに残さない。容赦のない、全てを破壊する魔術。真っ直ぐ一直線で単細胞の、なんともグリムらしい魔術だった。
煙が晴れたとき、城の上に立っていたのは2人だけだった。
「俺たちはやったぞ。あとは、お前が決めろや。なァ、シトラ・ミラヴァードー――」
グリムは笑顔で、グッと斜め上に拳を突き上げた。それに拳を当て返してくれる相手は居ないけれど、まあそれは今後の貸しということで。ひとまず、王様を巡った攻防戦―――Aクラス陥落の危機はグリムとエイドの勝利だった。
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