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372話 騎士団本部

「エレノア様っ!」


 その焦った声が騎士団本部の一室に響く。声をかけられた男、エレノア・バーネットはその声に振り返るとそのままバルコニーにもたれかかり、「なんだ?」と肩で息をする若い騎士団員に尋ねた。若い騎士団員は息を荒げながらエレノアに今の状況を伝える。


「ほっ、報告、、しますっ!! ハァハァ、正面入り口から魔界の軍勢が侵入! 数はさほどではありませんが、その中には憤怒の魔王も居るようでして、、」


「七罪の使徒、か。やはり一枚噛んでたな。……よし、そっちは放って置いていい」


「ですが―――」


「なんだ? 狙いはこの本部だろ? 心配をするな。俺がいる限りこの本部は落ちない」


 不安そうに口を開いた騎士団員にエレノアは余裕の表情で笑みを浮かべた。団長であるエレノアが騎士団本部に居る―――だから他の円卓の騎士を王都の各所にバラけさせたのだ。なぜならエレノア一人で本部を守れる自信があったから。たとえ七罪の使徒が来ようと。だがそんなエレノアも若い騎士団員の次の言葉は想定外だった。


「ですがっ、今この本部内にシャーロット様とカヌレ様がおられるのですっ!!」


「なんだと―――」


 エレノアは驚きでピクリと眉をひそめた。王族は王城に居るはず、まさか騎士団本部内にいるだなんて思ってもいなかったところに耳を疑うその報告がやってきたのだから。


「ど、どうやら王城の方にも使徒が現れたようでして、それでこちらに避難を―――」


「魔王が二人同時だと!? クソッ、本気で潰しにかかってきているな、、」


 秋のイドレイも、春のニーナの時も冬のエナの時も、七罪の使徒は一人ずつで攻めてきていた。エレノアにとってこうして共闘する形で複数人で戦場に現れる七罪の使徒を見るのは初めてだった。だがエレノアは知らない。3ヶ月ほど前の移動都市オリハラにて傲慢のフィアロと色欲のティアミルが二人で現れたことを。アザミが居ればこんな状況も想定内だったかも知れない、なんてことを。


 エレノアはギリッと爪を噛みしめる。こうなった以上自分がこの部屋に残って余裕にも待ち構える、なんて当初の目論見は白紙だ。王都騎士団の真価が“王族を守ること”、にある以上、騎士団長であるエレノアの最重要任務はシャーロットとカヌレを助けに行くことだ。だが人の多い場所ではエレノアの“魔術”が弱くなってしまう。


「……どうしたものか、、」


「エレノア様っ!!」


 そこへまた、別の若い騎士団員が飛び込んできた。続けざまにやってきた伝令。まさか、とエレノアはその口から最悪の言葉が出るのではないか、とその背中に悪寒を覚えた。そう、シャーロットとカヌレの死だ。だが、その男の口から飛び出したのは別の報告だった。


「―――通用口の方から侵入者ですっ!」


「……別の魔物共、か? というか今はそれどころじゃない......いやまて、通用口だと!?」


 今は王族のことで頭がいっぱいだ、とその騎士団員の報告を軽くあしらおうとしたエレノアだったが、その言葉の中に聞き流せない三文字があったことに気がつく。そう、“通用口”だ。それは騎士団の者しか知らない、言わば裏口のようなもの。それを知っている者の“侵入”、なんて―――


「……サラ・バーネット様、です。……エレノア様の妹君がその仲間と共にご謀反の様子ですっっ!!」


「アイツっっ、、!」


 エレノアは握りしめたその手に爪を深く立てた。それは完全に想定外だった……訳ではない。サラが、妹がエレノアを越えたいと昔からその背中を追いかけてきていたのは知っていたし、アザミをあの屋上で始末してからどこか思い悩んでいたのにも気がついていたから。だが、問題はそれがこんな最悪のタイミングで耳に入ったことだった。


「……どう、しますか?」


「殺せ、とも行かないな。おおかたアイツの狙いは俺の首だが、それでもまだ殺すな。……まだ利用価値がある。……いや、」


 そう指示を飛ばしたエレノアはふとあることを思いついてスッと顎に手を添えて考え込む。その利用価値は“まだある”ではなく、“今ある”のでは……と。


「……サラ達は仲間と来ているのだな?」


「はっ、自分は見ていませんが、報告だと5人と少しほどの人間と一緒に目撃されていますっ!!」


「なるほど......ならいい。放っておけ。……サラと、、ミラヴァードの妹もいると見た。キールシュタットの跡取りもおそらくは」


 エレノアはニヤリと笑みを浮かべた。そう、サラの元にシトラやトーチもいるのなら、そこと魔界を引き合わせればいいと思いついたのだ。自分が危険に足を踏み入れて王族を助けるのではなく、サラ達に魔界と戦わせて王族を救わせようと考えた。


「シャーロット様は確かミラヴァードの妹の親友だったな。……フンッ、放っておけまい」


 そう邪悪な笑みを浮かべて、再びドサッとバルコニーの欄干に背を預けるエレノア。


(……とは言え、サラが俺を......ねぇ。負けるつもりも俺の正義を捻じ曲げるつもりもないが、お前がまさかそこまで動くとはな)


* * * * * *


「……それにしてもシトラさん、よくあんな場所を知っていたね、、」


「昔使っていたので。どうやら今も昔もこの騎士団本部の構造は変わっていないようですしね」


 コソコソと話しかけるトーチにシトラはそう返した。透明な床を渡って騎士団本部へと辿り着いたシトラ達は正面玄関に回ってそちらから潜入―――ではなく、シトラの導きで通用口から本部内に入ることにした。


『正面からだと護りが堅いでしょうからね。余計な戦闘は避けるべきです』


 それが理由。今やたった7人、シトラ、トーチ、サラ、クトリ、ニック、レイン、ニアしかこの場にはいなくなっていた。そんな数で騎士団と正面戦闘でもしようものなら敗北は必至だろう。それに、そこで戦ってしまえば漁夫の利を得てほくそ笑むのは魔界なのだから。それを避けるためにシトラ達は通用口から潜入したのだった。


 カタカタと螺旋階段を上がり、上へ上へとシトラ達は目指していく。途中、騎士団の者とすれ違うことは驚くほど少なかった。そして不思議なことに目が合ったとしても戦闘にはならず、まるで“手を出すな”と命令が出ているかのように騎士団の者たちは踵を返してシトラ達の前から消えていくのだった。


「……もしかしてバレてる、のかもね」


「私達の侵入がですか?」


「“かも”じゃなくて、きっとそうよ。これは兄さんの作戦、何か考えがあって私達を動かしているんだわ......」


 トーチの言葉にサラはより強い形で同意した。エレノアの思惑はわからないが、自分たちの存在はバレていて、その上で泳がされているのだと。兄だから、そばに居てその仕事を手伝っていたからこそ強くそう思えた。


(俺のとこへ来い、というメッセージ......ううん、違う。煽る意味や余裕めいた意味じゃなくてきっと私達を動かして何かをやらせたい……兄さんならそうする、、、)

 

 そんな事を考えながらシトラ達は順調に騎士団本部内を進んでいっていた。相変わらず騎士団員との交戦はない。ないが、次第に魔物の数が増えてきていた。


「―――リボンを剣にっ! あーもうっ、きりがないよ!」


 クトリがすれ違いざまに魔物を一刀両断しながらイライラした様子を見せる。騎士団本部の中にはさっきよりも数は圧倒的に少ないが、それでも時折魔物の姿があった。


(本部の構造は一本道ですが、所々に脇道があるのでぐにゃぐにゃしていて迷いやすい、、ゆえに彷徨う魔物が多いですね。……ですが騎士団本部内に魔物、ですか。……ということはどうやら正面は突破されていたようですね)


 行く先に魔物がいる、それはシトラ達が騎士団本部内に入るよりも早くに魔物たちが侵入していたということを示している。これでより正面からではなく通用口から侵入した意味が増した。正面入口から侵入でもしていたら、まずは魔界と戦闘になっていただろうから。


「急ごうっ! エレノアさんが魔物にやられる、なんて考えられないけど、この事態は放っておけない!」


 そう言ってトーチは足のギアを上げて先を進んでいく。するとその突き当りにひときわ目立つ大きな扉があった。


「ここは?」


「この先は大広間......ですね。来賓をもてなしたり騎士団長が団員に激励したりとする場所ですが、、」


 少なくとも300年前はそうだった、とシトラは答えた。そして同時にこの大広間の二階部分から行けば騎士団長の部屋にショートカットできる、とも伝えた。それを聞いてトーチは頷くと、迷わずその扉を押し開けた。


「―――なっ、、」


 だが、そこには先客がいた。中に入った途端、扉の奥に広がっていたその光景にトーチの表情がピシッと凍りつく。そんな事も知らず後続のシトラ達も次々に大広間に足を踏み入れ、そしてトーチと似たような反応を見せた。


「……どう、なっているのですか……どうなってるんですっ、、シャーロットッッッ!!」


「シト、っち、、?」


 肩で息をしているシャーロットがその声に振り返る。普段冷静で余裕のあるシャーロットなのに、今はその顔は恐ろしいものを見るかのように震えてグチャグチャになっていた。その要因は、その視界の先にあったのは、


「……ほう、やはりいつの時代も処刑というものは民衆の注目を集めるようですな」


 大広間の奥、一段高くなった舞台の上でそう言って笑みを浮かべる老いた黒スーツの男。手元の細い剣を、その前でひざまずいているカヌレの細く白い首に当てている憤怒の魔王、ゼントの姿だった。

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