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367話 混ざり合う三つの影

 結局、騎士団は魔界の侵攻を補足できなかった。もちろん何かやるべきことを怠っていたわけではない。それは魔界の軍勢が王都に至る道の途中で忽然とその姿を消したから―――だった。



 話は一週間前まで遡る。その日、南の国境付近で魔界の大規模な軍勢がアズヘルン王国に侵入した。そんな緊急を要する知らせはすぐに中央の騎士団本部に届けられ、当然騎士団長であるエレノアの耳にも入ることになる。だがそのタイミングですでに魔界はその姿を消していたのだ。

 魔界が侵入した、との知らせを聞いたエレノアはすぐにその足取りをつかもうと号令をかけ、魔界の現在位置を探らせた。だが、その時すでに姿を消していた魔界の裾を掴めるはずがなかった。まさか、そんな大規模な軍勢を見逃すはずがない。つまり魔界が侵入したのを確認してからエレノアが追跡の指示を出すまでの僅かな間で魔界は忽然と文字通り闇に消えたのだった。


「……どうなっている?」


 エレノアはそんな不可思議な現状に珍しく指をくわえていた。透明化が“不可能術式ノーテクストマジック”である以上、透明になって姿を消した―――なんて可能性考えるのは思考の無駄だろう。人界に一度侵入し、すぐに帰った―――とも考えられるが、それも「何のために?」と当然の疑問の前に煙となって消える。


 まぁ、そのまま消えて王都には現れず、戦争が行われないのならそれはそれで良かった。なのに、


「どういうことだ? もう一回言ってくれ」


「だ・か・ら! ボクの魔眼が一週間後に......今からだと六日後くらいかな? その辺りに王都が戦場になるって見たんだよ」


「……嘘じゃないだろうな?」


「さぁね。でも、ボクの未来視はある程度当たるよ?」


 そう言って悪戯な笑顔を見せたのはエリシア・アルミラフォードという少女。妖狐族というかなり珍しい種族の血を引き、未来視の魔眼(ラプラスミクシー)と呼ばれる特殊な力によってある程度正確な未来を読める、円卓の騎士の一人だ。そんな彼女は消えた魔界について“一週間後に来る”といった。


 とは言え、エレノアは半信半疑だった。エレノアは様々な理由からエリシアのことをそこまで信用していなかったからだ。本当に魔界が来るのか、消えた者たちがもう一度現れるのか。だが、それでも何もしないわけにはいかない。姿を消したせいで現在位置やその足取りを追えないとしても、その最終的な行き先は簡単に分かる。“王都”だ。


「……アズヘルン王国の王城も主力も人も、国の力の相当が王都に集まっている......。魔界が王都を取る、すなわち戦争の勝利だ。……ならば―――」


 ならば魔界は王都を攻め滅ぼすのが最も単純で簡単な勝ち方。エレノアの指示ですぐに王都周辺に騎士団が配置された。円卓の騎士も中心よりだがある程度バラバラに立つ。それは消えた魔界の軍勢が王都に現れた時に対処できるように、だった。


(消えた軍勢に血盟の壁(ブラッディウォール)が効果を発揮するのかも未明だ。だから魔術や結界に頼らず目視で、か......)


 騎士団本部内部にあるバルコニーから王都の街並みを眺めながらエレノアはそんな事を考えていた。本部のすぐ近くには王城がある。それは絶対王政のアズヘルン王国において騎士団がまず真っ先に守らなければいけない建物だ。だから、その側からエレノアは離れられない。もしも王都で戦闘になったとしても、エレノアは王城が“間違いなく安全だ”と断定されない限りはそこから離れられないだろう。



 そんな中で迎えた未来視の日、一週間後―――。それは真昼のことだった。


 真昼の王都だというのに人通りはどこか少ない。その理由を少し話そう。

 これまでは終の刻戦争という戦いはアズヘルン王国外で行われていたのだが、その戦火がついにアズヘルン王国へと及ぶという噂が一月ひとつきほど前に王都に流れた。そして、それを受けた王都の民が取った選択は大きく二つだった。


 まずは王都に残る、という選択。先程エレノアもそう思考した通り、アズヘルン王国といえば王都セントニアなのだ。国の殆どが集まる大都市、ゆえに国防もほとんどが王都を守るために集中していた。だから自分たちを守ってくれる騎士団が最も近くにいる王都に残るのだ、という者たち。

 その一方で王都を捨てるという選択を取った者たちもいた。その理由も単純で、王都がアズヘルン王国の心臓である以上敵は間違いなく王都を攻めてくるからだ。そんな戦火が確実に及ぶであろう街にいるよりも地方へ逃げたほうがいい―――そう考えた者たち。


 その選択の比率はおおよそ一対一で、ゆえに今の王都の人口は半分ほどになっていた。そんな中、昼間。突如として王都の中心に魔物の大群が現れたのだ。


「グギャァァァ!!」「グルルルララァァ!!」


 のどかな昼下がりに響き渡る魔獣の咆哮。魔獣や魔物等で構成された大軍勢が真っ昼間の王都に突如現れた。徐々に、ではなくパッと急に、である。その突然の出来事に「うわぁ!?」と慌てふためいて逃げ惑う人々。そして、その登場には少なからず騎士団も混乱していた。


「―――エレノア様ッッ!!」


「見えているっ! ……チッ、どこから現れたんだ、、」


 バルコニーからでもはっきりと見える魔獣の姿。そしてあちこちから火の手が上がり始める。つい数分前までは平和だった王都は、今や戦争のど真ん中へと一瞬で変貌していた。バラバラに配置していた騎士団員の誰も、現れるまで一切その姿を補足できずに。


(あの男なら、アザミならこの展開を予測できていたか......? クソッ、考えるなっ!)


 モヤモヤと渦巻く“タラレバ”を追い出すかのようにエレノアはバチンッと両頬を叩き、改めて王都の街並みに目を凝らしていた。右手には呪符、通信用の呪符をギューッと握り締めて。


「―――クソッタレな魔界の連中め......これ以上好きにはさせないッッ、、」


 エレノアの指揮の下、ようやく騎士団が動き出した。終の刻戦争の王都攻防戦、それを乗り越え勝利を掴み取るために。そして、


(……貴様抜きでも勝てるんだよ。魔王はこの世界に必要ない......)


 自分の正義を貫き通すために。


* * * * * *


「……さて、奇襲はひとまず成功―――ですかな」


「さっすがゼンちゃん! いやぁ、“魔法”......っていうんだっけ? いつ見ても凄いね〜。ティア感動したよ」


 スタッと王都の中に降り立った二人の人間。片方は黒いスーツにピシッと身を包む初老の男、ゼントだった。そしてもう一方はそんなゼントの手腕に「おぉ!」と感心した様子で拍手をする......男、とも女とも取れない中性的な見た目の“人”、ティアミル。共に七罪の使徒の一員である二人は魔物の大軍勢とともに今、王都のど真ん中にいた。


「ではどうしますかな? 私どもの目的は王城の攻略、王都の占領......でありましたな」


「ゼンちゃんは占領よろしく。ティアは王城に行くよ。……うふっ、二人共潜入向きの力あるから余裕だよね?」


「油断大敵......ですぞ、ティアミル殿。……ですが、了解した。では私は王都占領のために騎士団本部とやらを崩すとしましょう―――」


 そう言ってゼントは木剣の中からスーッと細い剣を取り出し、地面を円状にクルッとなぞった。するとそのなぞった円の中にズブッと真っ黒な穴が空いた。その中にスルッと吸い込まれ、姿を消したゼント。


「……影魔法、か。ゼンちゃんには強い力が二つもあるのはずるいなぁ、ホント。……まぁ、ティアも強いんだけどね―――!」


 影魔法は300年前からゼント・フィルメイジという男が得意としたものだった。その力は地面や壁など、実態あるものの“影”を利用して自由自在に移動することを可能にする―――というもの。いわゆる“影渡かげわたり”だ。ゼントが開く影の世界に入ってしまえば光の世界であるこちら側からは一切感知できない。そう、それが魔界の大群が忽然と姿を消し、そして突如王都の中心に現れることが出来たカラクリだった。ゼントの影魔法で全員がその“影の世界”を進んできたということだ。


 そんなゼントの力を思い出してクスッと笑みを浮かべながらティアミルはポキっとその指を一本折り曲げた。……次の瞬間、そこに居たのはティアミルであってティアミルではなかった。


「じゃあ、王城目指して......しゅっぱーつ!」


 イエーイ、と楽しそうに拳を突き上げて駆けていくティアミル。その喋り方やテンションはまだティアミルのままだ。だが、声色も見た目もさっきまでのティアミルとは全くもって異なっていた。そこにいたのはどこにでもいる“騎士団員”―――そのまんまの姿。それがティアミルの力であった。“色欲”の名の通りティアミルは二種類の変化ができる。そのうちの一つが“一度でもその指先で触れた者の姿を完全にコピーする”というもの。


 ゼントの影魔法といいティアミルの变化といい、本人たちの評価通りそれは潜入にはもってこいの強い力だった。今、騎士団と魔界―――この王都でその二大勢力が攻防を始めた。魔界を殲滅すれば騎士団の勝ち、王城を崩して王都を占領すれば魔界の勝ち。


 そんな中、正面からぶつかり合う二つの思惑に隠れてもう一つの思惑が動き始めていた。




「……始まりましたね」


「あァ。チッ、マジで来やがったじゃねェかッッ」


 王都のとある路地の裏。下水道からひっそりと姿を現していく少年少女の姿がそこにあった。逃げまどう民でも戦う騎士団でも侵略を目論む魔界でもなく、それは―――


「……兄さんは騎士団本部にいる。じゃあ皆、作戦通りに動くわよ」


「はいっ!」


 それは、アザミを救い出した上で魔界を殲滅するという思惑を持った第三勢力。オルティスアローとシルネストリテ……シトラ達とサラ達の連合、聖剣魔術学園の二大クランの合同部隊だった。

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