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361話 イナイイナカッタの世界で

「……シトっち、なのかしら......?」


 震えるシャーロットの声がシーンと静まり返った教室に響いた。夕日も落ち、だいぶ暗くなった教室の中で尻餅をついて涙を流す少女へとかけられたその声に件の少女、シトラはコクリと頷いた。


「……ご迷惑をおかけしました、シャーロット、皆。本当にありがとうございます」


 そう言って頭を下げ、アハッと小首をかしげながらニコリと笑みを見せるシトラ。そのいつもの笑顔に、いつも一歩下がった場所から冷静に物事を見つめているようなトーチもブルッと固く握った拳を震わせ、感情を爆発させた。


「―――シャアァァッッッ!!」


「ッッ―――やったじゃねェかッッ!! すげえよテメェ、すげえよシトラもよォ!!」


 バチンッと大きな音を立ててトーチとグリムが熱いハイタッチを交わした。ようやく、ようやく戻ってきたのだ。シトラがトーチに託された呪符で特定魔術インディビデュアル無効ブロックを使ってアザミのカラクリを解き、世界は本物のシトラを取り戻したのだった。シトラは自分のために頑張ってくれた3人の努力にフフッと涙ぐむ。


「……こういう時、なんて言えばいいんでしょうね......ありがとう、でしょうか? ごめんなさい、でしょうか、、、」


「ううん、違うよシトっち。もっと単純な言葉があるかしら?」


 そんなシトラの背中をポンッと優しく叩き、シャーロットがトーチとグリムと共にニコッと微笑む。自分を救い出してくれた友人に、最初に掛ける言葉―――。そうですか、とシトラは制服の袖でゴシゴシと涙を拭うと「ふぅー」と息を吐き、最大限の笑顔を3人に向けてこう言った。


「……ただいまっ......!」


* * * * * * *


 窓の外はすっかり夜になっていた。真っ暗な教室の中でロウソクを一本灯し、シトラ達は各々椅子に腰掛けている。長い長い話を聞き終え、シトラは椅子に深く持たれかけたままフゥーっと大きく息を吐いた。


「……なるほど、私が居ない間にそんなことが、、、」


 トーチやシャーロットの口からシトラが聞いた話はシトラが魔王になったあとの話だった。アザミが自分を犠牲に嘘をつき、シトラを守ったあの屋上でのことは思い出した。だが、シトラはイシュタル帝和国での内乱を見届けること無く魔王になってフィアロを瞬殺し、その後は意思の囁くままに暴走してしまった。そんなわけで、トーチの口からは自分が魔王になったあとの内乱の行く末を。シャーロットの口からはシトラの記憶を巡って皆がしてくれたことについてを聞き出したのだ。



 内乱、アザミとシトラを中心に首を突っ込んだあのイシュタル帝和国の一戦は魔王フィアロの消滅とアミタ地区攻防戦でのグランチャイルの死によって終止符が打たれた。そのあと、窪地集辺で倒れていたトーチらをヨーキを中心とする救護班が見つけ、治療を施した。その結果、フィアロとの死闘があったにもかかわらず、奇跡的にアザミ達側に死者は一人も出なかった。レインもトーチもアネモネも無事で、ファルザも無事。


 その一方で悲惨な戦いとなったアミタ地区攻防ではメイやタロー、ペドラとその半数以上が勇敢にも命を落とすという結果になった。そんなイシュタルに命を賭けた英霊たちの弔いが内乱に勝利し、イシュタル帝和国を手中に収めた反乱軍、メグミ達が最初に行った政治だったという。


『……帰ったらアザミとシトラ、あの二人にも妾のことを伝えてほしい。妾は内乱で流れた血を無駄にしないよう、この国の未来を明るいものに作り変えてていくとな。そしていつか、遊びに来いと―――』


 そう言ってニコリと笑って明日を見つめるメグミとトーチ達が別れたのがその数週間後のことだった。そしてアズヘルン王国からやってきたトーチ達は来た道を真っ直ぐに引き返して王都へと戻ってきた。


「……それにしても驚いたよ。アザミが僕らを置いてどこかへ行った理由を聞き出そうと思ったらアイツは居なかったんだからね」


 そう言ってトーチは苦笑する。それがシトラが魔王になり、アザミがそれを止めるべく王都へと飛んでいったあとでイシュタル帝和国に起こったことの全てだった。それからのことは......


「……皆、私のために色々としてくれたのですね。ううん、私だけじゃなくてアザミにも......私のお兄ちゃんが魔王だと知っても救ってやる、なんて言ってくれた......それが何より嬉しいです」


「まぁ、僕らの知っているアザミは魔王でもなんでも無い、ただの正義感あふれる馬鹿だからね。本人の前じゃ絶対言わないけど、こう見えてけっこう信頼してるんだよ?」


「……アイツがいねぇから言えることだけどな、マジで」


 そう言ってフンッとそっぽを向くグリム。シトラはそんな二人の反応にまた泣きそうになる。嬉しかった。300年前から転生した、元々は勇者と魔王だった―――そんな突飛もない話を笑って受け入れてくれた皆の優しさが、アザミを魔王だからと敬遠したり嫌悪したりすること無く、今度は俺達がと立ち上がってくれたことが嬉しかった。


「また泣くのかしら? シトっちぃ〜」


「もう泣きませんっ! 次は嬉し涙ですよ、私が泣くのは! ……馬鹿な私のお兄ちゃんを救い出して散々文句を言ったあとまでとっておきますからっ!」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるシャーロットにピシャンっと言い切るシトラ。ハッキリと告げられたその決心に、次にすることが自ずと決まった。


「……じゃあ次は囚われのアザミを助け出すとしようか。シトラさんも元に戻せたんだ。アイツも元の世界に戻せるはずだよ」


「簡単に言ってくれるぜ、トーチテメェよぉ。……分かってんだろ? 俺でも分かってんだ、シトラとアザミが違うってことぐらい......」


「もちろん、重々承知してるつもりだよ。シトラさんの場合はアザミが、術者が“僕達が解除できるように”魔術をかけていたから救い出せた。……でも、アザミは違う。エレノアさんが“僕達に解除させないように”アザミを閉じ込めたはずだからね。難易度は桁違いだよ」


 桁違いどころか、ほぼ不可能に近いだろう―――そう言って肩をすくめるトーチ。シトラは「なっ、なるほど、、」と首を傾げながらも何とかトーチの言うことを飲み込もうと努力していた。魔術は苦手だから、なんて言って敬遠していたその弱さが魔王になるというあの選択をシトラに取らせ、そして今の現状を生み出すことに繋がったのだから。だからもう、目を背けない。


「つまり......アザミを救うにはエレノアさんを出し抜かなければいけない、そういうことですか?」


「まぁ、そうなるね。なんせ魔術の解除方法は―――」


「ちょっと待て、トーチ。話が早えよ。……第一、どうしてテメェはあの騎士団長が魔術でアザミの野郎をどっかにやったって前提で話せんだァ? 見たわけでもねぇ、確証があるわけでもねぇだろうがよ」


 先々と話を進めようとするトーチを制止し、グリムが口を挟んだ。確かにその意見はもっともだ。グリムにしては珍しく、的を得た意見だった。だがトーチはチッチと指を振り、確認だけど、とシャーロットに話をふる。


「……シャーロット、君はアザミが死んだのを見たわけではなく、“消えた”のを見たんだよね?」


「え、ええ。……思い出してみればそうだったかしら。アザミくんはエレノアの前でパッと消えたのよ」


「それが魔術を使った、と僕が前提にしている根拠だ。話を聞く限りは大方どこかの異空間に飛ばした、ってとこかな。……まぁ、確証と言うには薄いっていうのは理解してるよ。でも、そう考えるのが一番しっくり来ないかい?」


 トーチの言葉にグッ、と黙り込むグリム。殺されたと考えるよりかは非現実的だが、それでもそれなら希望を持ち続けることが出来る。……分かった、とグリムは頷く。


「……んで、そうだとして俺らはどう動くんだよ。アイツがテメェの言う通りどこかの異空間に拘束されてるとして、俺らはそこに踏み込んでアイツを引っ張り出すってのか?」


「ハハッ、まさか。そんな事が出来る空間に魔王を閉じ込めると思うかい? おそらくは僕らのような他人による外部からの干渉は不可能、内部からの脱出も不可能......そんなところだろうね」


「ならトーチくんはどうやってアザミを救おうと考えているのですか......?」


 外から手が出せず、中からも逃げられない空間。それを前にどう動けばいいのかシトラにはさっぱりだった。シャーロットも「ううん、さっぱり」と首を横に振る。だが、トーチはコクリと頷くと二本の指を真っ直ぐに立てて3人に見せる。


「……魔術を解除する方法はね、二つある。もちろん、アンチマジックや特定魔術インディビデュアル無効ブロック術式解体エールインターセプトは通じない今の状況で僕らに残された選択、のことだよ」


 そう言ってトーチは一本指を折り曲げた。


「……ひとつは術者本人、今回の場合はエレノアさんがアザミを閉じ込めた魔術を解除することだ」


「ハッ、俺らが土下座でもしてあの騎士団長様に魔術を解除してもらうってのか?」


 グリムが肩をすくめ、馬鹿にするように笑う。そんなものは不可能だ、グリムでも分かる。アザミを閉じ込めようとなんらかの魔術を用いたエレノアに「解除してください」と頼んだところで無駄だ、そのくらい。グリムでも分かる“無茶なこと”なのだから当然トーチもそれが無理だと分かっていた。


「……それは流石に無理だよ」


「わーってんよ。で、だったらどうするってんだ、トーチ」


「―――二つある、僕はそう言ったはずだよ。もう一つ......」


 そう言ってゆっくりと、トーチは最後に残った一本の指を折り曲げる。二つの魔術を解除する方法―――いつだったか、アザミから聞いたことのある言葉だ。シトラの脳裏をアザミの言葉が過る。


『……魔術を解除する方法は二つ。一つは術者本人が解除すること。そしてもう一つは―――』


 その言葉にハッと表情を変えるシトラ。何かを察してガタッと立ち上がった。だがトーチはそんなシトラを気にせず、ゆっくりと口を開く。


「……もう一つは、術者を殺すことだよ―――」



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