352話 変わってしまった日常
王都も少し肌寒さを感じるようになった。シャーロットは長袖の制服に袖を通しそう感じる。夏は過ぎ去り、今はもう秋だ。そう、あの天空の一戦、アザミとシトラの一戦からもう一ヶ月以上経とうとしていた。そのせいもあってか例年よりも寒くなるのが早い気がする。
「……カヌレはどこかしら?」
「んー、もう行ったんじゃないの? 私は朝起きてから特に見てないのよ......ふわぁ〜」
「そう、ありがとフリュイ姉さま。……私はもうその格好にも慣れたけど、そんなんじゃいつまで経ってもいい男は捕まらないかしら?」
「ぬっ、、、うっさいのよ。……別に、朝っぱらから裸でウロウロしても誰も不幸にならないじゃないのよ、、」
「はいはーい。じゃ、私は学校に行くから」
場内を素っ裸で闊歩するフリュイを適当にあしらい、シャーロットは王城をあとにする。いつもはカヌレと一緒に学園に行っているのだがどうやら今日はカヌレ一人早く行ったらしい。なのでシャーロットは久しぶりの一人の朝を過ごすことになる。悪くないわね、と秋空の下、聖剣魔術学園まで歩くシャーロット。だが学園の近くからは友人と合流するので一人ではなくなる。
「おはようございます、シャーロット。いい天気ですね」
「んー......おはようシトっち。これを秋晴れ、っていうのかしらね」
友人、シトラ・ミラヴァードがシャーロットの姿を見つけるとペコリと頭を下げた。シャーロットは少し俯きながらスッと片手を上げる。友人、むしろ親友であるはずの二人がどこかよそよそしい感じになってしまったのは一ヶ月前、聖剣魔術学園の屋上でのことがきっかけだった。
その日、アザミとシトラの戦闘によって夏とは思えない異常な寒さが王都を襲ったその日、エレノア・バーネットの手によって一人の男が姿を消した。アザミ・ミラヴァードだ。シトラを洗脳した、と言った後に自らその洗脳を解き、そしてエレノアの凶刃に倒れたアザミ。
それをただ見ていることしか出来なかったシャーロットの前で、その事後処理はまるで作業のように淡々と進んだ。シャーロットとカヌレはその後も何も出来ないまま王城に帰され、シトラは騎士団によってどこかへ連れて行かれた。
(まぁ、それからすぐに解放はされたみたいなんだけどね。二学期からの学園にもこうして姿を見せているわけだし......)
シャーッロットがチラッとシトラに目をやる。シトラはそんなシャーロットの視線に気がつくと「なんですか」と真顔でシャーロットの目をまっすぐに見返してくる。……まるで300年前のように。シャーロットはそんなシトラの目を見ることが出来ずにその視線を逸らし、ボソッと呟く。
「……何もないよ、シトっち」
「そうですか。良かったです」
表情一つ変えること無く、人形のような受け答えのシトラ。それはシャーロットにとっては300年前、ミーシャとして接した勇者シトラスという少女に戻っただけ。だが、転生してからのシトラ・ミラヴァードという女の子しか知らない者にとっては違和感しかないだろう。
明るかったシトラがどうしてか笑うことなんて一切なく、ただ従順に命令に従うだけの人形に......それは以前よりももっと空虚に見えた。シャーロットは悔しくて唇をギューッと噛みしめる。
そんなうちに二人は聖剣魔術学園の校門をくぐっていた。立ち話をするわけでもなく、シトラは「では、失礼します」と他人行儀に頭を下げてスタスタと自分のクラスに向かっていく。
「シトっち......」
シャーロットは取り付く島もないシトラの背中に伸ばした手を思わず引っ込めていた。なぜだろう、とても悲しかった。
成長し、普通の女の子になっていくシトラを見ているのが嬉しかった......なのに、今のシトラは以前の姿に逆戻り。友達、兄、自分......積み上げたものを失っても気にする様子のない今のシトラを見ているのが辛かった。シャーロットはキュッと制服の胸元を掴む。そんなシャーロットの肩が不意にポンッと叩かれる。
「おはよう、シャーロット。どうしたんだい?」
「……トーチっ、、ううん。ちょっとね......というか、私に対する話し方、改めてくれたのね」
「あはは、東の国で色々あってね」
グイッと涙を拭って振り返ったシャーロットの前に立っていたのは気さくな笑みを浮かべるトーチだった。以前のようにシャーロットを“姫”と呼んで敬語を使ったりせず、友人としての距離感で接してくれている。それが今のシャーロットは嬉しかった。微かな救いにもなった。その理由を『東の国で色々あった』と語ったトーチ。そう、シトラと同様、トーチも色々と変わっていた。
「……その腕、、」
「ん? あぁ、左腕は内乱で失ったんだよ。エイドさんに治してもらえないかなって思ってるんだけど、なかなか会える機会が無くってね」
「痛くないのかしら......?」
「うん、ちっともね。……って言ったら嘘かも。たまーにチクチクと痛むけど、それでも後悔もしてないし大丈夫さ。それより......」
袖のみがブラブラと揺れる左腕を笑って押さえたトーチが心配そうな目でシャーロットを見つめる。
「……君こそ、大丈夫なのかい? シトラさんと何かあった、ように見えたんだけど......」
「あっ......アレは何でも―――」
優しいトーチの言葉に反射的にそう言いかけてハッと息を呑むシャーロット。相談すべきではないのか、アザミとシトラにあったことをすべて明かすべきではないのか―――そんな想いがグルグルとシャーロットの頭の中を駆け巡る。
だが、運の悪いことにそのタイミングで『ゴーン......』と時計塔が予鈴を鳴らした。トーチは時計を見上げ、「じゃあ男子はこっちだから」と踵を返す。
シャーロットはまた、去っていく背中に手を伸ばしたまま何も出来ない......
(話したら......分かってくれるかな。助けて、、くれるかな。皆、あの二人の力になってくれるかなっ、、、)
あの日のことを話すということは、アザミの正体もシトラに起きたこともすべて明かしてしまうということだ。そう、“魔王”の力を双子が持っているということを明かしてしまうということだ。
人界にとっては迷うこと無く敵である魔王が身内に居た、なんて知って今まで通り皆が二人に接してくれるのか、それが怖かった。だからシャーロットは誰にも助けを求められず、今の今まで一人で抱え込んできたのだ。
『オルティスアロー……このクランはもしもの時、皆で戦うために作った―――』
だがその時、そんなシャーロットの脳内をとある春の日の記憶が過る。それは迷宮攻略試験を終えた頃、アザミが得た特権を使ってクランを設立した時の最初の挨拶だ。その“皆で戦うために”という言葉が何度もシャーロットの頭の中で反復される。
(……信じろってこと? アザミくん。あなたは私にそう言ってるの......?)
心の中でそうアザミに問いかける。が、返事はもちろん返って来ない。だがその言葉は確かにシャーロットの背中を押してくれた。シャーロットはグッと拳を握り、震えた声でトーチの背中に向けて叫ぶ。
「あのっ......トーチ!!」
「……はい?」
珍しいシャーロットの大声に驚きながら、それでも素直に振り向くトーチ。シャーロットはゴクリとつばを飲んで覚悟を決める。
「……今日の放課後、、いつもの部屋に皆集めてくれない、、かな......?」
やはり不安は拭いきれず、だんだん小声になっていくシャーロットの言葉。それでも、言えた。ホッと安堵して胸をなでおろすのと同時に、反応が怖くてドクンドクンと高鳴りはじめる心臓。だが、トーチはニコリと笑うとグッと親指を立てた。
「……了解、任せときなよ」
「あ、、うんっ。……ありがと、、ね」
ドッと重たい疲れに襲われシャーロットは「ふぅー」と大きく息を吐く。まだ皆に真実を告げ、助力を願うというメインが残っているのに、シャーロットはなんだかやりきった感に包まれていた。勇気を出し、一歩踏み出すことが出来た。それならあとは真っ直ぐに歩くだけだ、と。
* * * * * *
やりきった感のまま、放課後がやってきた。放課後、ということはもちろん今の聖剣魔術学園ではいつも通りに授業が行われている。アザミ達がイシュタル帝和国に行く前は王都が冬の魔界襲来によって破壊されたせいで授業どころではなかったのだが、夏の間に王都は修繕を終えることが出来た。もちろんまだまだ小さな傷跡は残っている。が、特に支障はきたさないレベルなので開校することを決めたということらしい。
そしてもう一つ、今は“終の刻戦争”と呼ばれる魔界と人界との戦争中だ。それなのに学園は授業をしていてもいいのか。それに関しても今の所は大丈夫。イシュタル帝和国での内乱が反乱軍の勝利に終わったのち、しばらく魔界の動きが止まっているのだった。
元々終の刻戦争で被害を被っていたのはほとんどイシュタル帝和国で、聖剣魔術学園のあるアズヘルン王国には魔界はろくに攻めて来ていない。だから学園はいつもどおり、今日も授業をしている―――というわけだ。
話を戻して、放課後。シャーロットは緊張しながらいつもの部屋、クラン本部を目指して歩いていた。時計塔の下にある人気のないフロア、そこにあるのがクラン本部。アザミを中心に結成されたオルティスアローが集まってワイワイする部屋だ。
(……そこで私は今から真実を話すんだ、、うー緊張するっ!)
その事を考え、ブルッと身震いするシャーロット。皆の反応を考えるとやはり怖い。そんなシャーロットと対照的に、隣を落ち着いた表情で歩いているのはシトラだ。シトラにも関係がある、というかシトラに関する話なので呼んでおいたのだ。シトラは「鍛錬がありますので、、」と帰ろうとしていたが、それを無理やり引っ張ってくる形で。そんなわけで無理やり連れてこられたシトラは不満そうに眉をひそめる。
「何の話か知りませんが、早く終わらせてください。時間は有限なのですから」
「……分かったよ、シトっち」
その程度しか続かない会話を何度かしているうちに、二人はクラン本部の前についていた。
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