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344話 首都攻防編(25)〜魔王の兄と勇者の妹〜

 傲慢の鎧を着込み自分を強く見せようとしたフィアロ。だがその椅子はひどく脆いものだった。自分自身を絶対的に信用し、他者を見下すフィアロでは、“自分を信じられなくなった時”に心の余裕が完全になくなってしまうのだ。それこそがガラスの王座、簡単に崩れるフィアロの“弱さ”だった。


「……なぜだっ、、人間ごときが俺様を、、俺様がこんな者たちにッッ!!」


 そこに居たのは魔王でも、先程まで圧倒的だった支配者でも無かった。ただ惨めに這いつくばるちっぽけな“人間”のような存在。傲慢な自信なんてもう持つことが出来ず、ゆえに槍も使い物にならなくなった......武器が、強さの自信が無くなればあっという間に転落する脆い傲慢プライド―――。


「……言っただろ? お前は自らの傲慢で自分を殺すと......」


 そうボソッと呟いたアザミの拳が精霊を纏い、煌々と輝く。フィアロの敗因は自分しか見ていなかった傲慢さ、そして周りに気がつけなかった視野の狭さ。


「……終わらせてくれ、アザミ、、」


「決めろ―――」


「最後は任せましたわ」


「長かったにゃ〜、、本当に長かった、、、」



「……ありがとう、アザミくん、、、」


 皆の期待を、そしてこの内乱の終わりを全て背負い、アザミの拳が真っ直ぐにフィアロの顔面を捉える。ベコッと凹み、そのまま殴った衝撃を叩きつけられた地面にビキビキとヒビが入る。

 フィアロはその真ん中に背中を打ち付け、ガクッと倒れたまま起き上がれない。傷は再生しない、限界だった。パキッとあっけない音を立ててガラスの王座がボロボロと崩れ去る。地に落ちた魔王フィアロ、砕け散った傲慢プライド―――。フィアロはギリッと歯ぎしりし、ボソッと小さく声を漏らす。


「……俺様は、、強かったか......?」


「……弱かったよ、人としては脆すぎる」


「……そうか、俺様は弱いか......貴様がそう言うならそうなのだろうな、、、」


 フンッと笑うフィアロ。アザミは四肢を投げ出して転がるフィアロをただ見下ろす。

 

……もっと早く気がつくべきだった、そのまま完全に殺しきれば良かった―――そう、アザミはあとになって後悔することになる。その傲慢の前に苦戦し、それでも人としては弱かったフィアロを苦労の末に倒した事で気が抜けていたのかも知れない。倒れ込むフィアロのやけに素直な態度に違和感を持っておけば、、


 そうあとから思ったところで遅い。閉じていたフィアロの目がカッと見開かれる。


「……それなら、“もういい”―――」


 ブワッとその場から消え去るような速さでフィアロがその姿をくらました。それは最後の抵抗―――チッと舌打ちするアザミ。だが同時に、すでに瀕死状態だったフィアロではもうこれ以上何も出来ないと分かっていた。


「追わないのかいッ―――!?」


「……いいさ、あの傷ではもう長くないだろう。それなら別に、、、」


―――本当に?


 アザミはゾクッと身震いした。逃げた所であの傷では再び立ち上がれるはずもなく、それにそんな状態であのような無茶をすればなおさらフィアロがもう助からないことは明らかだった。……なのに、なぜかこれで終わるとは思えなかった。喉が渇く。アザミはフィアロの飛び去った方角をバッと見る。


「……なあ、ファルザ。あっちには何がある?」


「あっち? さぁ、、アミタ地区とか内壁区の中心市街じゃないか?」


「……あっ、中心市街と言えばアザミくん、私に略奪の魔眼(オブジェクティブアイ)でそっちのほう観察させたわよね? あれってどういう―――」



「あっ......そう、か、、」


 ファルザとレインの言葉にアザミの顔面からサーッと血の気が引く。フィアロが飛んでいった先にあるもの、いや、いる者に心当たりがあった。何か恐ろしいものでも見るかのように、信じたくない現実を見ているかのように震えた瞳で空を仰ぐアザミ。その時、ゾクゾクっと寒気が皆を襲った。


* * * * *


「……あ、れっ、、」


「……キッ、、貴様っ―――! 魔王フィアロ!!」


 尻餅をつくフェリアの首筋に当てられたシトラの剣。勝負がついたその瞬間、シトラが少しも手を動かしていないにもかかわらず目の前でフェリアの首がバッと弾け飛んだ。フェリアは驚きに目を見開き、そしてその目からゆっくりと色と光を失っていく。

 ザクッと飛んだその首を掴んだのはフィアロだった。全身傷だらけで虫の息。それでも惨めにもその最後の力を振り絞り、一太刀でフェリアを殺した魔王がシトラの前に立っていた。


「……貴様は......ハッ、あの男の妹、か。運の悪いやつだな」


「お前が魔王フィアロっ、、許さないッッ!!」


 チャキッと剣を構えるシトラ。だが、それよりも速くフィアロの槍がシトラの腹部をズブッと貫いた。フェリアとの一戦ですでに限界を超えていたシトラにフィアロと戦う力など残されているはずがなかった。その槍を防ぐすべなどなく、その手からカランカランっと二本の剣が落ちる。ブシュッと槍を引き抜き、グラッと傾くシトラを笑って見つめるフィアロ。


「……グランチャイルに命じてこの娘を手中に収めていてよかったよ。もしもの保険、だったんだがまさか使うことになるとはな、、、」


 ペロッと口周りの返り血をなめ、フィアロが嬉々とした表情でフェリアの首を持ち上げる。それはフィアロに残された最後の抵抗だった。傲慢ゆえに何度でも蘇るフィアロの、最後の力。“魔王覚醒リリース”―――それは魔王としての力を解放することだ。不完全だったが、ニーナの“黒煙”はその一例。つまりフィアロがその奥の手を使えるということはまだ戦いは終わらないということ......そして、昨年の春のニーナ戦のような惨状がこのイシュタルでも起きるということだ。それを黙って見ているなんて、シトラに出来るはずがない。


(……とめなきゃっ、、、)


 ドサッと地面に突っ伏し、薄れゆく意識の中でシトラはそう願い手を伸ばした。コツンとその指先が触れたのは聖剣フィルヒナートだった。だが指先が触れただけで、シトラにはもうそれを握る力も残されていない......それなのに何を守れるというのだろうか。絶望的な状況にシトラがクスッと笑う。


―――本当に?


(……本当に、これで終わりなのでしょうか、、)


 いや、違う。シトラはハッキリとそう悟った。力がなければ戦えない......それはまるで力があれば戦えると言っているかのような言い草......そして、力ならあった。フィアロに対抗できる力、そんな力に今シトラは気がついた。その白い頬をツーッと一筋の涙が流れる。


(私は......アハハ、皮肉なものですね。それでも、皆を守りたいなら私は、、)


 自分が弱いことは分かっていた。剣術では負け知らずでも、300年前とは立場も状況も全く違う人生に転生した今。それでもアザミの隣に立つ......など願い、そしてそれを叶えるために努力を惜しむことはなかった。

 でも、届かなかった。どう努力しようとアザミの言うとおりにしか動けず、魔術にもろくに対抗できない。シトラの剣“は”強い。裏を返せば剣以外はどうしようもない自分をシトラは理解していた。


(それでも、、強くありたかった......強く見せたかった......)


 兄に、魔王に、かつての敵にナメられたくなくて、強い自分でいたくて自らを着飾った。そんな“空虚を飾った”、空っぽなシトラを満たしてくれたのはアザミ。強がるシトラの“隣”に立ってくれることで、相対的にシトラは強くなれた。シトラが敵意を向けてもアザミは笑って受け流した。シトラに出来ないことはアザミがやってくれた。だから、シトラは強い自分で居続けられた。勘違いし続けられた。


 だから、そんな自分を満たしてくれるアザミを好きになった。そして、守りたいと思った。それが傲慢なのは、自分の力では叶わない願いだというのは分かっている。でも、守れるのなら......その時は全てを捨ててでもアザミを、皆のことを守りたかった。


 着飾った強さで、それでも認めてくれたアザミに恩を返したかった。信じてくれてありがとうって、傍に居てくれてありがとうって......『シトラは強い―――』なんて、褒めてくれてありがとうって......


「……ねぇ、フィルヒナート。あなたは知っていたのではないですか? 私の力、そしてこの意味に......」


『……うん、ごめんね』


 転生した意味を“少しだけ”知った気がした。アザミと、かつての敵である魔王シスルと“双子”に生まれた意味が分かった気がした。


 “双子”―――それは最も近くて、最も遠い存在。親と子、兄と妹よりも近い。年齢、顔つき、性格、仕草......それらを共有し、まるで繋がっているかのように生きる二人の人間―――それが双子だ。同じ血を持つがゆえに最も近く、そして家族であるがゆえに最も遠い存在......恋愛など許されず、決して一つにはなれない。


 シトラはフィルヒナートを杖代わりにゆっくりと立ち上がる。“魔王覚醒リリース”をし、その思考を完全に消し飛ばしてただ破壊のための怪物に成り果てたフィアロを前に。


「……私は片翼の鳥です......アザミが居なければ弱くて、何も出来ない......でも、守りたい、、」


『なら僕がその“もう一枚”になってあげるよ、マイエンジェル。なに、君の願いなら僕は構わないさ......』


 フィルヒナートの言葉にシトラはニコリと笑みを浮かべた。フィルヒナートが白い雪が溶けるようにサラサラと風に流れて青白い光になり、消える。と同時に目を瞑るシトラの体が描き換わっていく。


……双子である意味、同じ血を共有しているのなら......


 なんとなく分かっていた。自分にはその力があると。窮地に陥ったときに使えるはずのない魔法を使えたり、最近昔の自分の思考と齟齬が発生していたのも、そう考えれば納得がいく。


―――それでも、それでも私はあなたの力になりたい


 強くなかった自分を強いと認め、満たしてくれたアザミを守りたい、そのためにシトラは自分をいとわない。そう、たとえ全てを失おうと、何を犠牲にしようと。かつて敵として憎み、今なお目の敵にしている存在に自分が成り果てようとも―――。


「……魔王覚醒リリース


 小さな声でそう呟くのはシトラ。理論上可能なその行為。双子で血を共有しているのなら、シトラは“魔王”にだってなれる......


 全てを天秤にかけても、君を護るから―――


 カッと見開いたシトラの蒼い眼の中で闇が揺れる。きれいな金髪はいつの間にか邪悪な黒色に染まり、二本の赤色のメッシュが触覚のように風になびく。


 “これは魔王の兄と勇者の妹、転生したら双子の“兄”・“妹”だった“勇者”と“魔王”の物語―――。”


 ヒュオーッと吹き荒れた吹雪にその瞬間、イシュタル帝和国の気温が数度下がったという。

 この日、世界に新たな魔王が生まれた。弱い自分を隠すように強くなりたいと願い、そして得た“強さ”を本物としたかった弱い女の子は兄を、世界を、好きになった人たちを護るために魔王になった。


 アリガトウ、ゴメンネ、ダイスキ............“サヨウナラ”―――……


 そして同時に、シトラの中で思考、理性、勇者としての心が完全に消滅した。

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