339話 首都攻防編(20)〜普通の女の子に〜
―――フェリア・フローレンシアという少女について話をしよう。
彼女の生まれはイシュタル帝和国の北にある小さな村。そこの一人娘としてフェリアは生まれた。優しい両親と過ごすのどかな村での生活。決して裕福では無かった家庭でもフェリアにとっては幸せな時間だった。昼間は農家の両親が飼っている家畜と遊び、夜は一家団欒。そして夜寝る前は母親に絵本を読んでもらう。
それは何もおかしくない普通の家族の一日、幸せの形だ。……ただ一点を除いて。
一点、“フェリアがその幸せを一縷も逃さず覚えている”―――ということだけは異質だった。完全記憶能力者であるフェリアは毎日読んでくれた絵本の内容はもちろん、言い回しや絵の細部ですら一言一句漏らすこと無く完璧に覚えている。その力に気がついたのは5歳のときだった。
そんな“普通でない”フェリアが幸せを失うのは......“普通の家族”が崩れ去るのにはたいして時間はかからなかった。
「ねぇ、あなた、、今日もフェリアが笑顔で言うのよ。『この虫さん、5日前に来た子と一緒ね』って、楽しそうに......私どうしたらいいかわかんないわよっ―――!」
「落ち着くんだ。あの子は......たしかにおかしいけど、それでも俺たちの娘じゃないか、、」
最初にフェリアを拒絶したのは母親だった。フェリア自身は何も不思議ではなく、逆になんで皆覚えていないの? と言った感じでスラスラと記憶を読み上げる。それがかえって不気味だった。そして母親が壊れれば彼女を愛している父親も段々と母親寄りになり、そしてついにはフェリアを拒絶した。それがあの妄言、、、
「……アハハ、そうだ......フェリアは悪魔に取り憑かれているのだ、、」
すべてを覚えているフェリアを気味悪がった両親はフェリアを無視し、排除するだけでなく“異端審問”と称した虐待を行った。火で焼けば悪魔が出ていく、食事を与えなければ悪魔は餓死する......それは“娘”へ愛情だった。歪んでいようと、当人たちにとっては悪魔を追い出すことがフェリアのためだと心の底から信じていたのだから。
だがもちろん、フェリアの完全記憶能力は悪魔に取り憑かれているせいなどではない。だからその拷問を受けたところで何かが変わるわけではなかった。むしろ幼いその心にザックリと深い傷を残しただけ。
「……痛いよ、熱いよ、、暗いよぅ、、」
選択の余地無く全てを覚えてしまうフェリアは今でもその時の恐怖、辛さを覚えている。普通の家族だった頃の幸せも同時に覚えているからこそ、もっと辛い......
だが春が来て夏が過ぎ、秋を越えて冬......そうして何度も季節を繰り返した頃、ついに両親は完全に精根尽き果てた。フェリアの中にいる、と信じて疑わなかった悪魔を追い出すことが出来ず、結局両親はフェリアを放棄した。親戚に預けた......が、その親戚は僅かな金を握らせてどこかにフェリアを放置した。だがその完璧な記憶をたどって何度でも帰ってきてしまうフェリア。親戚ですらフェリアを拒絶し、そしてついには両親の元へ押し返した。
「……この娘を、、お願いします、、、」
「はい、もちろんです。辛い事情がおありだったのですね、、」
そんなフェリアに両親が最後に思いついたのが教会に預けることだった。新しい居場所、楽しい場所を作ってやることで、“もう帰ってくるな”―――と。
その通り、フェリアはそれ以降北の実家に戻ることはなかった。正反対の場所にあるイシュタル帝和国南部の教会で暮らすようになってフェリアはようやく“普通の女の子”に戻ることが出来たのだった。
「マザー、ワタシは変なのですか......?」
「いいえ、シスターフェリア。あなたの力は神様の愛よ。だからね、それはとーっても幸せなことなの、、」
そう言って教会のマザーはニコリと笑った。フェリアにとって二度目の幸せがそこにあった。だが、もちろん全てが良い思い出ではない。そこは孤児が集まる、とはいえただの教会なので不気味なほど記憶力がいいフェリアはやはり浮いてしまう。
無くしモノ、忘れ物......お祈りの言葉なんて一読で覚えたフェリアを最初は皆怖がり、避けた。それでもマザーだけは最初からずっとフェリアを愛してくれた。ずっと昔、それでもはっきりと覚えている“母の愛”というものを惜しみなく注いでくれた。
それが暖かくて嬉しくて、幸せだった。そうしているうちに他の皆も少しずつフェリアを受け入れてくれた。完全記憶能力を恐れるのではなく便利なものとして受け入れる、そんな新たな接し方を彼ら彼女らはフェリアに教えた。
幸せな日々......たとえ毎晩のように両親からの虐待がフラッシュバックし、その悪夢に枕を濡らそうともフェリアは幸せだった。泣いているフェリアに笑顔で袖を貸してくれる子たちがそこには居たのだから。
だが、ようやく掴んだ普通の生活もある日呆気なく崩れ去った。それはフェリアが16の時、もう7年近く過ごしてきた教会が燃えたのだ。
孤児を無償で受け入れているその教会はいつも資金不足にあえいでいた。だから教会の立地はイシュタル帝和国の南端、そう、魔界と近い場所だ。そこは危険ゆえに地価が安い。だから教会は何とかその場所で誰ひとり見捨てること無く子どもたちを育ててきた。が、やはりその立地が災いした。
今の天帝が首都に、天帝関連の土地に悪さをしない限りは「めんどくさい」と最低にも辺境の地を実質見捨てていたのもあるだろう。悪戯か憂さ晴らしか、魔界の者が教会に火を放つ。それだけで老朽化していた教会は呆気なく崩れ去った。燃える教会と泣き叫ぶ子供。子供を必死になってかばい、火の海に沈むマザー。それをケタケタと笑いながら静観する魔界の者共。
「……ゆる、さない、、ワタシに力があれば、、、」
その光景と痛みをフェリアは今でもはっきりと覚えている。その不快な顔も笑い声もハッキリと目に耳に残っている。それがフェリアが今戦う原動力、魔界への恨みだった。
結局、燃えた教会の中から助かったのはフェリアのみだった。燃え尽き落ちてきた天井にギュッと目をつむり、顔を背けた。が、いつまで経っても痛みはやってこない。ゆっくりと開いた瞳が見たものはフェリアを護るようにかざされた石の手だった。石で出来た手がフェリアを燃える教会から守っていた。それがフェリアが自分の持つ魔術に気がついたきっかけ。
そして力を得たフェリア。だがその心は晴れなかった。むしろキュッと締め付けられる。もしこの力がもっと早くに扱えていれば......自分を守るだけじゃなくて皆を守れていれば......後悔が募る。怒りに震える。フェリアはその怒りと悔しさをすべてぶつけるように泣き叫んだ。燃えて崩れる教会の前でずっと。
だからその間に魔力が暴走し、その背後で惨劇が起こっていたことにも、笑いながら静観していた魔物達が断末魔をとともにフェリアの魔術によって為す術なく石に飲み込まれていくのにも気がついていなかった。
結局、時既に遅くもやってきた自警団が見たものは激しい火とその前で泣き叫ぶフェリアのみ。何があったのかは闇の中に消えた。石の中に消えた加害者である魔物と共に。
「……君がフェリア・フローレンシアだな?」
「はい、そうです」
「君の噂は聞いたよ。教会に火をつけたとか、、」
「違います、アレはワタシじゃ......」
「―――君じゃない、そうだろうね。知ってるよ」
教会が燃えてから数日後、暗いジメジメした地下牢の前でそう言ってグランチャイルは笑った。フェリアは初めて自分の言うことを信じてくれた相手に驚く。「んっ」とグランチャイルは短剣を抜き、それでフェリアの手錠をあっさりと破壊すると華奢な見た目からは想像できない怪力で地下牢の鉄格子を捻じ曲げ、スッとフェリアに手を差し出した。
「……君の力を借りたい、フェリア。俺の元へ、イシュタル国防軍に入団するんだ」
「ワタシが、、軍に?」
「君のことは調べた。“悪魔憑き”、いや完全記憶能力者で、君の言うことが本当なら十数体の魔物をあっさりと葬り去った凄腕の魔術の使い手だとね」
ペラペラと書類をめくり読み上げる。そこにはフェリアの経歴がズラッと書かれていた。幼い頃のことから教会での日々まで全部。それを見た上でグランチャイルは改めてフェリアに手を差し出す。
「……イシュタル国防軍に入れば魔界に復讐する機会もきっとある。君の力を生かせる場所で、君の願いを叶えてやれる場所だ、俺はそう思うけどね―――?」
その言葉にフェリアの覚悟は決まった。「ふぅー」と息を吐き、その手をギュッと握る。魔界に復讐、自分からやっと手に入れた“普通”以上の幸せを奪った魔界は決して許さない。そのためなら、取り戻せないなら逆に相手から奪ってやるっ―――そう強い覚悟を抱き、フェリアは地下牢から一歩踏み出した。
……な の に 、
「……あなたは魔界に利用されていることを知らないのですね、、、」
悲しそうで、哀れみに近い表情。そんなシトラの視線にフェリアは白ゴーレムの肩の上でグラッとめまいを覚える。信じられなかった。いや、信じたくなかった。
もちろんだがシトラがフェリアを騙すため、心理戦を仕掛けようと嘘をついている可能性もあるわけだ。が、フェリアは不思議とシトラの言うことが真実だと悟ってしまう。
『……人を、ですか?』
『ああ、そうだフェリア。君のゴーレムは強いが、動かせてせいぜい3体というところ。これでは実戦じゃ使えない......となると、魔界への相手にはならないな』
『それはっ―――! ……ワタシはどうすればいいでしょうか、、』
『扱えるゴーレムの数を増やしたらいい。うん、それだよ。ゴーレム数十体規模の部隊を作れたら国防軍にとって大きな希望になりうるだろう』
『でも、、すみませんグランチャイル大将......ワタシの魔力量では数十体のゴーレムを作ることは出来ても、操ることが、、、』
『ああ、その点は大丈夫。……生身の人間に操縦させればいいんだよ』
まるで兵士の命を数としてしか思っていないかのようなグランチャイルの言葉に恐怖を覚えながらもその時、フェリアは頷いてしまった。魔界への復讐、それを認めてくれたグランチャイルへの恩義......そう、よく考えてみれば石造りのゴーレムに人を乗せるなど、棺桶に入れるのと同じこと。恐怖を感じても、殺したくなくても決して逃げ出すことを許さない石の棺桶......そこに躊躇なく人を入れ、戦わせている―――。
人の命をなんとも考えない......それはまるであの火事の日の魔界の奴ら、、憎き奴らのように......
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