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29話(2) シトラス《後編》

 私達は一列に並んで、先生から聖剣を手渡されるのを待つ。手渡されたらそれを抜くのだ。抜けたら当然、聖剣に選ばれたということ。みんな期待した顔、真剣を装っているが指先は震え、もしかしてと期待に胸が躍っているのが分かる。そして引き抜こうと力を入れ……そして夢破れる。選ばれなかった者たちは落ち込んで帰っていくのだった。


 私は一番最後に並んだ。こういうところは私も変わっていないのだなと思う。


「珍しいね。シトっちが興味を示すなんて」

「確かにそうですね。最近はこういったものをあまり感じていなかった気がします」


 こそっと耳打ちしてクスリと笑うミーシャ。目の前には、ミーシャが並んでいた。そしてミーシャの前にはいつもの取り巻きの子たちがいて、「ミーシャ様なら抜けますよ!」「きっと、あの剣は王族であるあなたを探してこの学園に来たんですわ!」などと調子よく話しかけている。ミーシャも私から目を切ると、笑顔で返事をかえしていく。


(やっぱり作り笑い……ですね)


 ミーシャが私の機微に気づくみたく、私も彼女の細かな違いに気がつくようになっていた。人が見れば無表情無感情な私でも、十年の付き合いとなる彼女から見れば‟興味を持っている”とあっさり見抜かれてしまう位に。私たちはお互いを知るようになっていた。なんて、そんな事を考えているうちに、私達の順番が近づいてくる。


「うーーんっ……!! ぷはぁっ、あらダメですわ。やはり中流貴族のわたくしでは力不足のようです」


 先を並ぶミーシャの取り巻きの女の子たちはみな、聖剣を抜くことが出来なかった。口ではミーシャを褒め称えておきながらやはり聖剣に選ばれるという栄誉は譲りたくなかったらしい。安い言葉はすぐにその嘘を晒す。醜いものだ。


「それでは、次。ミーシャ・ロッツォ様。剣を」


 次の順番に立つミーシャに気がつき、先生はうやうやしくミーシャに聖剣を手渡した。先生からも「彼女なら―――」という期待が伝わってきていた。選ばれるとしたらミーシャ、そう思っていた人は多かっただろう。自分が選ばれたらいいなと思いながらも、選ばれなければその時は「ああ、やっぱりあの子だ」と納得する。王族というのはそれほどに特別なのだ。


「ええ、お願いいたします」

 

 ミーシャはそれをスッと受け取り、左手で鞘を、右手で柄を握る。やはり彼女も思うところはあるらしく、その表情から緊張しているのが分かった。

 ミーシャが触れたその瞬間、ヒュゥーと冷気が吹き、気温が少し下がったのを感じる。伸ばした手、真っすぐに剣を持つ彼女の姿は偉く様になっていた。


「それでは……」


 ミーシャがサッと剣を抜く。なめらかに、その聖剣は鞘から抜かれた。初めてその刀身を陽の下に晒す。キラリと反射し輝く剣。刃は銀色で、中央には水色の線が一本入っていた。


「流石ですわ! ミーシャ様!」


 取り巻きを含め、全員から大きな歓声が上がる。教師陣も満足そうにうなずいていた。誰もが望む結末だろう。誰もが認める少女が剣を抜き、聖剣に選ばれた。物語としては完璧だ。王の素質を持つ少女が勇者として世界を救う物語。その結末をきっと多くが脳裏に描いただろう。


 けれどそんな周りの反応を意に介さず、ミーシャは剣を鞘に収め、次の私に手渡した。途端、ザワザワと不穏な空気が流れ始める。


「まだ、シトっち……シトラスさんが残っております。どうぞ、あなたの番ですわよ」


 ミーシャは笑顔だった。教師たちは驚いた顔を浮かべているというのに。でもミーシャには何も言えないらしく、教師陣はみな総じて黙っていた。チラリとあたりを窺うと、当然みたいに周りの生徒達からは冷ややかな目で見られている。まあこうなるだろう。完璧だった物語に異物が入り込んでしまったのだから。私が成功しようがしまいが、きっとミーシャの物語に泥を塗ることになるだろう。


(やっぱり私では場違いですね。この成功の盛り上がりも壊してしまいそうですし、丁重にお断りを―――)


 そうすればまだ挽回はきく。ミーシャ様が選ばれたのですから、なんて理由をつけて私がそれを放棄すれば小騒ぎ始めた風もやみ、また水面は凪を取り戻す。だったらここで私がすべき選択は一つだ。自分を殺し、彼女のために振る舞おう。大丈夫、それはいつも通りのことなのだから。


 そう思っていたのに、何故か体は言うことを聞かなかった。


「……え?」


 まるで何かに操られているかのように、私は無意識に聖剣を手にとっていた。返そうとしていたそれは私の意に反して私の元へ。ひんやりとした冷気が私の体を包むのが分かった。こうなるともう止められない。私はミーシャと同じように左手で鞘を持ちながら、右手で柄を握る。


 そのとき、頭の中で声が聞こえた。それは小さな男の子の声だった。幻か、気のせいか。普通はそう思うはずなのに、どうしてか私にはそれが間違いに思えなかった。それはやけに鮮明と私の頭にこびりついたから。


『……ココに居たんだね。見つけたよ、約束の娘』


「―――ッ!!」


 私は一息に右手を振り上げ、剣を抜き去った。つっかえることもなく、剣身が再びその姿を表す。

 聖剣を抜いた軌道上に白い靄がかかる。剣先がキラリと陽の光を反射する。それはミーシャの時と同じ……いいや、多分これは。


「……雪、だ」


 誰かが気づいて、ポツリとつぶやく。

 季節外れの、えらく早めの雪が降り始めた。皆が呆然とした表情で私を見る。


「あなたが降らせたのですか?」


 聖剣は頷くようにもう一度キラリと光る。

 その雪だけが、私を祝福してくれているようだった。


 ……いや、もうひとり。


「おめでとう、シトっち。これからはライバル、だね!」


 ミーシャが私の耳元でそっと囁いた。私と共に聖剣に選ばれ、それは始まるはずだったミーシャの物語を潰す結果となってしまったというのに。彼女はまるで自分のことみたいに私を喜んでくれた。パチパチと拍手し私を祝福する。私はそれを呆然と見ていることしかできなかった。周りから向けられる迫害の視線。何をしているんだと咎める、呆れる、そんな刺すような視線の中で向けられた暖かなそれに、私は言葉が上手く出てこなかった。怖くて、ただ恐ろしかった。


 聖剣に選ばれた。その事実が私たちを狂わせてしまうと、それが分かってしまったから。力を手に入れる代わりに失うもの、その大きさを知ってしまったから。


 そうだ、私はもう二度と……。そしてきっとこの時、私はミーシャからすべてを奪ってしまったのだ。

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