29話(1) シトラス《中編》
ミーシャは王族らしい。そう本人から聞いた。
けれど、そうであればなぜこの施設に来たのか。当然の疑問だ。王族であればもっといろいろとやることもありそうなもの。勇者になるなんて異質だろう。そう思って聞くと、ミーシャは笑顔で答えてくれた。
「だって、私も強くなりたいじゃん?」
ミーシャは王族の中でも分家。つまり王位継承権は低く、将来はあまり見込めないのだという。であれば礼儀作法や上流階級での習わしを学んだとてあまり意味は無い。もちろんそういった素養を身につければ上流階級、たとえば良い所の貴族のお坊ちゃんなんかと結婚し、有力な家とパイプを繋ぐための道具にはなれるだろう。腐っても王族。それだけで価値は十分にあるのだから。
私はそういった外の価値観を全く知らない。当時の私は王族とか王家とか、そんなものは風の噂程度にしか知らなかった。だから、ミーシャがそのような利用をされず、王族なのに勇者を育成するこの施設に置かれている‟違和感”に全く気がついていなかった。もし私がそれを知っていれば……あるいは。なんて、今さら悔やんでも無駄なのだけど。
「私ね、言われたんだ。一般の寮じゃなくて特別な部屋を用意するって。でも断っちゃった。だってさ、同じ訓練を受ける“仲間”なのに特別扱いなんて変じゃん? 戦場じゃ身分なんて関係ない。剣で斬られたらみんな痛いし、首を刎ねられたらみんな死ぬ。王族だからって何も特別なことは無いよ。それに、ここでは私もみんなと同じ、生徒なんだからさ」
戦場―――ここに居る誰もが目指し、思い描いている場所。けれど誰もその実際を知らない。そこで活躍したい。そう願いながらも、私たちはそこについてあまりにも知らなさ過ぎた。それなのにミーシャは今からその戦場を見据えている。王族なんて、そんな垣根すら取っ払って。
「それでも教官たちがヘコヘコしてるからさ私、言ってやったんだ。『そんなに私を特別扱いしたいなら、この寮で一番静かな人と同じ部屋にしなさい!』ってね。でもそのおかげでシトっちと出会えたんだから、本当に良かったよ!」
その時のことを再現しながら、ミーシャはヘヘッと笑った。王族の我儘、人の上に立つ人間は性格がそうであることが多いと聞く。だからなのか、ミーシャの口調はやけに迫真を帯びていた。似合っていた……というべきか。
まあそんなことは本人に言えないのだけれど。それはさておき、私はそう語ったミーシャに嬉しいという感情を覚えると同時に、「なぜ」と飲み込めない歯がゆいものを覚えた。
「どうして、“静かな人”なんて条件を出したのですか?」
その条件であれば私はいの一番に該当するだろう。なんせ誰ともろくに話していないのだし。
けれど私は知っている。私のような人を避け、コミュニケーションの欠如した人間は好まれないのだということを。だからどうしてミーシャがわざわざそのような傷物を望んだのか。自分のことながらそれが不思議だった。
ミーシャもその違和感、変だというのには自覚があったのだろう。私の問いかけに彼女はフッと軽く力を抜き、どこか懐かしむみたく遠くを見やった。
「私ね、苦手なんだ〜。王族だからってヘコヘコしてくるやつ。変な遠慮とかしちゃってさ。ずっとニコニコして機嫌取って来るんだけど、でもその表情はきっと偽物だもん。私に好かれたい、王族の価値にあやかりたい。その意図が見え見えで気持ち悪かった。だから、私のことを知らなさそうな子と同じ部屋になりたかった。友達……に、なりたかった、のよ」
ところどころに寂しさと、そして怒りのような感情が見え隠れする。多分それはミーシャの本音なのだろう。その証拠に、最後は少し赤くなって、照れくさそうにミーシャは言った。友達……私はそれを初めて聞いた。存在は知っていたが、私には無縁なものと思っていたから。
「私はあなたと……“友達”なのですか?」
「ええ、そうよ。だから私のことは名前で呼んで! あっ、もちろんあだ名でもいいのよ?」
私はすぐ最近のミーシャが見せた表情、その理由を早くも知ることになる。ああ、そういうことですか。‟友達”……なんて言うも恥ずかしい言葉でしょう。嬉しくて、でも恥ずかしくて……やっぱり怖い。
けれど私のそれを聞いたミーシャはパァッと目を輝かせる。その気持ちも、私は少しわかった気がした。
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私がミーシャと同部屋になってから10年の月日が経った。
施設自体は実験や修練の機会を与える、まあいわゆる孤児院のような場所。幼少の時代から教育を施して基礎をつくるための場所だ。だからこの先はようやく発展に場を移すことになる。
私とミーシャは勇者を育成するための学校へ入った。施設ほど閉鎖的ではなく、けれどその系列だからかどこか似通った空気もあって。
そこも全寮制で、私はミーシャと再び同じ部屋になることが出来た。というかそもそも私がミーシャ以外とまともにコミュニケーションが取れない、取ろうとしないことを知っている誰かが根回しをしたのだろう。もしくはまた‟王族の我儘”なのかもしれないが。
ミーシャ・ロッツォ。分家であろうと彼女は王族だ。そのため校内では、訓練でも講義でも、彼女はその家柄に相応しく凛と振る舞う。私の知る彼女とは別人だった。私の前で見せる顔とは違う顔、外に見せる用のミーシャという仮面。だからなのか、ミーシャそばには必ず誰かが居て、四六時中彼女に媚を売っていた。中にはカッコいい彼女を本気で慕うファンもいたのかもしれない。でも、きっとその多くはミーシャの‟王族”という肩書しか見ていない乞食だ。ミーシャの内面なんてどうでも言い、興味も無い。感情に疎い私でもその態度は露骨過ぎて分かってしまう。
その一方で私は、講義も一人離れて座り、訓練もペアでするもの以外は基本一人で受けた。おかげで人間観察に勤しむことが出来たわけだ。
でも、これでいい。王族であるミーシャと、生まれも育ちも施設の私が仲良くしてしまうと、ミーシャにとってマイナスに働きかねないし。私は平民ですらない。本当の名も知らず、親の顔も知らない。自分の価値を示すことが出来なければ即用済みの、生きる理由を持たないちっぽけな存在だ。
それに私達にとって大切な時間は、寮で過ごす時間だ。だから学校ではミーシャと距離を置いた。それが彼女のためになる、そう信じて。
「あー!! 今日もシトっちと学校で一度も喋れなかったぁぁ……」
帰って来るやいなや、バタンとベッドに突っ伏すミーシャ。普段の凛々しい彼女とのギャップ。この姿を見ればファンも幾分か減ってしまいそうだ。クスッと笑って私もその側に腰掛ける。
「だって、仕方がないじゃないですか。ミイちゃんはいつも誰か他の人と仲良くしているのですから」
「アハハ、やめてよね。あれは社交的な付き合いだから。もぉ~っ、シトっちの人見知りはまだ治らないのか〜??」
話しかけられない理由は“恥ずかしいから”というのもあった。色々理由を並べてはみたが、やはりまだ私は人の前で素を見せるのが苦手らしい。
そんな子にはお仕置きだ〜!、なんて言いながら、ミーシャが私にギュッと抱きついてくる。
「ちょっと! ヤメてください! 暑い! 暑いですからっ!!」
そんなミーシャの普通の姿に、私も笑みをこぼす。ヤメテ―――本気で言っているわけじゃない。冗談というやつ、反応してしまうというものだ。
―――こんな姿。10年前の私が見たらきっと卒倒するでしょうね……
この10年で、私は随分と変わった。ミーシャの前では笑えたし、泣けたし、怒ることが出来た。
悔しいことがあった時は愚痴を聞いてもらった。今日のご飯は珍しくデザートがあったね、なんて他愛のない話もした。彼女のことを「ミィちゃん」なんて可愛らしいあだ名で呼ぶようにもなった。
全部……ミーシャと出会ったあの日からのことだ。シトラスという名前を貰ってから、私は3718番が歩むはずだった道を大きく外れた気がする。それが良いものなのか、それとも悪いものなのか。大人の評価は分からない。けれど私は、今の人生をわりと気に入っていた。
ミーシャも最初抱いていた印象とはかなり違った女の子だった。いつでも誰かが近くにいる。そんなくせに少し人見知りで、でも打ち解けたらよく笑う子で。他の人の前では王族らしく丁寧な言葉遣いや、立ち居振る舞いをとるが、部屋でのミーシャは本当に、“ただの女の子”と言った感じだ。砕けた言葉遣いだし、ちょくちょく私に甘えてきたりもする。
私もミーシャも、お互いの素が出せるのは寮の部屋でだけだった。
ミーシャが寝る前によく言っていたことがある。
「ねぇ、シトっち。絶対に私たち二人で勇者になろうね。それで魔王を倒すの。……でもシトっちはちっちゃいから、魔界の悪いやつに捕まっちゃっうんだ。それを、騎士長になった私が助け出すの! よくない? 幼馴染の二人が力を合わせて世界を救っちゃう物語」
「私がですか? 何を言っているのです。捕まるなら王族であるミイちゃんですよ。でも安心してください。私がきちんと助け出してあげますから」
シチュエーションはそのつど変わるが、たいてい冗談めいたことを言って二人で笑い合うのだ。
でも、話し始めるのはいつもミーシャからで、その出だしもいつも変わらない。
「二人で一緒に勇者になろうね」
私も、ミーシャも。きっとそうなるのだと、疑うこと無く思っていた。
私とミーシャの道が大きく分かれてしまうきっかけとなったあの日までは。
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その日はよく晴れた秋の日だった。特に暑いわけでも寒いわけでも無いありふれた日。何か兆候めいたことも無かったし、本当にいつもと何も変わらない一日。
けれど突然、先生に集まれと言われた私達。思えばこれが歪みの始まりだったのだろう。何も分からず、けれど号令を無視するわけにもいかない。私たちは休日にも関わらず校庭へ集合した。
「皆さん。本日集まってもらったのは聖剣の適正者を探すためです」
ありふれた一日を特別な一日に変えてしまうその言葉に、集まったみんながざわつく。「聖剣の適正者を探す」、それはつまり、適正さえあれば、自分が聖剣の持ち主になることが出来るからだ。好機と呼ぶことすら甘く思える。それは人生で一度あるかないか、そのレベルの分岐点なのだから。先生がさっそく本題から入ったのも分かる気がする。この話を前にしてはどのような導入も霞んでしまうだろうし。
聖剣―――、それは世界でもトップクラスの性能を誇る特別な武器のことだ。それぞれが何か物語を背景に持ち、一般の剣では出し得ない力を可能にする。一時代に一本のみであったり、複製不可であったりと制限も持つが、その分その性能は他を軽く凌駕していた。聖剣を持つだけで誰もが勇者になれる、そう言われるほどにその武器は別格であった。
そして聖剣を扱えるものを特に聖騎士と呼ぶ。聖騎士は騎士階級の中でも上位にあたり、それは世襲などではなく完全に実力で決定される。つまり、いかなる身分のものであっても成り上がることが出来るということだ。そりゃあ、みんなの眼が血走るのの納得。一世一代の大勝負だ。ここで勝ちとればこの先の人生、少なくとも自分に関しては成功が約束されたようなもの。誰もが欲しいと願うだろう。
そんな盛り上がる生徒たちをよそに、先生が聖剣を運んできた。厳重に布にくるまれたそれを台座に置き、そして慎重にその白布を取り去る。その瞬間―――ヒヤリと空気が微かに冷えついた。
私は視界に飛び込んだそれに思わず息を呑んだ。それは美しい花のようにキレイで、それでいて儚くて、でもしっかりと根をはやし咲いている。まるで氷雪地域に一輪だけ咲いている、小さな花のような力強さがあったから。ドクンと心臓を直接掴まれたみたい。目を離せなかった。
鍔には氷でできた花がいくつか咲いている。
鞘は白色で、カラフルな宝石がいくつか、一列に取り付けられていた。
それは『聖剣フィルヒナート』というらしく、北の雪山で埋もれているところを掘り起こされたらしい。けれど完全に魅了されてしまった私にはその逸話なんて右から左だった。
聖剣はまず騎士団所属のものが適性を確認される。聖剣は先に述べた制限以外に一つ、絶対的な特性を持つ。それが、‟聖剣はそれに選ばれた者しか扱えない”という縛りだ。だから誰もかれもが聖剣を振るって成り上がれるわけじゃない。適性が無ければその強さは掴むことが出来ないのだった。
そしてどうやって適性を確かめるのか。それは簡単な話で、鞘から剣を抜くことができれば“聖剣に選ばれた”ということになるのだ。
騎士団に適正者がいなければ近衛兵、地方の衛兵、傭兵……と回され、そして最後に私たち勇者候補生に回ってくる。聖剣は凄まじい性能を持つがゆえ、その使い手も相応の者であることが多い。だから騎士として身分の高い者、有用な者から順に剣を回していく。それに、どうせ聖剣を持たせるのなら身分の高い、または実のある者がいいということだろう。私たち勇者候補生なんて見習いのひよっこ。それが聖剣を持ったとしてもいささか信用に欠けるのは理解できない話ではない。そしてたいていの聖剣は私達に回るよりも先で適正者を選ぶ。聖剣もまた、私たちみたいなまだ何者でもない二流は選ばないのだ。
だからこそ今日、この日が何よりも異質なのだった。この修練学校に聖剣が回ってきたのは130年ぶりらしい。だってこれよりも前、騎士団の精鋭たちをもってしても聖剣に選ばれなかったということなのだから。よっぽど偏屈な聖剣なのか、それともあまりにも強すぎて騎士団ですらその適を許されないのか。それとも何らかの意思でその剣は誰かを待っているのか……。
剣は何も語らない。だから私はその思いを知ることが出来なかった。
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