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321話 首都攻防編(8)〜双子の一夜《後編》〜

「何か? ほほう、それは......エロいことか?」


「そんなハッキリと言わないでぇっ―――!? い、いえ、すみません......そうです。あのっ、誘ってるわけじゃないですよ? ただ、私は300年前も今も“そういう経験”がないんです。だからこういう時どうしたらいいかとか全然分からなくて......」


 絞り出すようにか細い声、震えたシトラの言葉。ういういしいというか何というか、アザミはそんなシトラがイメージ通りすぎて暗闇の中ニコリと笑みを浮かべる。それでもまさかそこまで真剣に考えているなんて思ってもみなかった。


「……シトラがこういうのに慣れていないのは想像通りだけどさ......こういうことを純粋に言ってくるのは想像してなかったな。なんか新鮮だ」


「わ、笑ってますね!? むぅ、どうせ私は常識知らずな女の子ですよぅ、、とれたて新鮮ですよぅ、、」


「……何を言っているのか分からんがそんなに悩むことじゃないさ。でもそうだなぁ......シトラがそういうことを俺としたいなら―――」


「そっ、そこまでは言ってませ――んッ!! 確かに初めてはアザミがいいですけど......ってわぁっ!? ちっっ、違います言い間違いです違うですからね!」


 一人で自爆して狭いベッドの上でゴロゴロと転がるシトラ。今明かりをつけるとその表情はきっと真っ赤になっているのだろう。それを思うと聞いているアザミまで恥ずかしくなってくる。シトラはハァハァと疲れたように荒い呼吸を落ち着かせ、ボソッと尋ねる。


「……アザミはそういうこと、したことありますか......?」


「そういうことって、サキアとか?」


「ええ、サキアさんと......」


 その質問にふとアザミは300年前のことを思い起こす。サキアは300年前のアザミの奥さんだ。歳はアザミより下だったが、昔アルカード峠事件で救い出す時に告白し、それ以降アザミ、魔王シスルと一緒に過ごしてきた正妻―――それがサキアだ。その結婚生活を思い出したアザミはいいづらそうに「うー」と低い声を出していたが、覚悟を決めてコクリと頷く。


「……あ、あるさ。まぁ、夫婦だったからな。悪いことでもない、だろ、、」


「そうですねっ、はい。……300年前はまさかこうやって兄弟になるなんて想像もしてなかったですし......それで、もう一つ聞いていいですか? そのっ、サキアさんとそういうことをして......どうでしたか?」


「―――ブフゥッ!? なっ、お前っ、結構生々しいこと聞くのなっ!?」


 シトラのド直球な質問に慌てて吹き出すアザミ。シトラはそんなアザミの反応に自分の言った言葉の意味を理解し、カーッと真っ赤になった顔の前で「違いますっ! そういう意味じゃ、、」とブンブンと手を振ってる。暗闇の中だからハッキリとは見えないのだが、それでも音と風とで明らかに分かるほどテンパっていた。それでもアザミはシトラの「違います」にホッと安堵する。あんな発言、、突然爆弾をぶっこんできたかと思って流石に焦る。


「……あのっ、どうでしたっていうのはその、、その後で何か変わりましたかって意味です。何か、、ほらっ、もっと大切に思うようになったとかそういうのってあるのかなって......」


「それを聞いてどうするんだ?」


「どうするって......今後の参考にします! 恥ずかしいですけど、この先もこの世界で生きていくならきっと私もそういう機会があると思いますから。……あとはちょっと、気になっちゃったからと言いますか......」


 相当の勇気を出して言っているのだろう。それは声の震え具合からすぐに分かる。アザミはそんな見たことのない妹の言動に「ふぅー」と大きく息を吐く。正直、その深夜テンションに圧倒されていた。


(……本当に変わったな。今後のことを考えたり、こういうことに興味を持ったり。シトラもなにか思う所があるのかも知れないが......)


 そんなシトラが新たな世界に踏み出す一歩がこれなら背中を押すためにも答えてやらないといけないな、とアザミは意を決する。まあでも正直300年前の一夜のことなんて詳しく覚えていない。


「……詳しくは覚えていないが......それでもやっぱ愛しく思ったんじゃないか? 好きな女に自分のすべてを預けるってことだもんな。互いの距離は確実に縮まると思うぞ」


「そう、ですか......それなら私も、、じゃなくてアザミ、もっと聞いてもいいですか?」


「いい......けど今夜はやけに積極的なのな」


 普段よりガツガツ来るシトラにアザミは驚いていた。というか少し引いていた。シトラと久しぶりにここまで熱く語り明かす内容にしては兄妹らしからぬ話題だ、と。年相応なのかも知れないが兄妹としてはイケナイ話題だ。それでも完全にストッパーが外れたシトラはもう止まらない。


「……キス、とかしましたか?」


「お、おう? なんだ、一気に軽くなったな。……そりゃぁ、するだろ。俺とサキアは夫婦なんだし……というかしないとアイツ怒ってたっけか、、」


 シトラの何気ない一言に300年前の鬼嫁サキアを思い出してしまい身震いするアザミ。そんなことは知る由もないシトラはどもりながら「あのっ」とまた尋ねる。


「それじゃあっ、キスしたってことはお二人の間に子供っていたりとか......」


「俺たちの? ……って待て待て、シトラ今なんて言った?」


 質問に素直に答えようとしたところでアザミはふと聴き逃がせない言葉が混じっていたことに気が付き、聞き返す。それに気がついていないシトラは素直に反復する。


「だから、キスして子供って出来たのですか―――?」


(あ、聞き間違いじゃないこれ......って嘘だろ? 未だにキスで子供が出来るって信じてる純粋なやつなのかよコイツ―――エイドもちょっとくらい教えてやれよ、、)


 一切疑わずにそれを尋ねていると思うと可笑しくてアザミは布団で口元を隠して必死で笑いを押さえる。そんなクックと小さく笑うアザミにせっかく勇気を出したシトラは当然不満な気持ちになる。それを悟ったのか「ごめんごめん」とアザミの声。それはやけに大きく、ハッキリと聞こえた気がした。


「―――教えてあげようか? どうやったら子供が出来るのかとかさ」


 気のせいじゃない―――シトラはそっと寝返りを打ってアザミの方へ顔を向けた。するとやはりアザミはいつの間にかシトラの方を見ていた。目が合い、その頬がすぐに真っ赤に染まる。そんなシトラにアザミはニヤッと笑みを浮かべて囁く。


「……を、……に、……してだな、、」


 その初めて聞く表現と知識にシトラは耳まで真っ赤になっていた。全てを説明され、「どうだ?」と聞かれたときにはもう完全にノックアウト状態。ほへ〜と目を回している。


「ずるい、ですよアザミは......私がこんなに恥ずかしいのにあなたはどうせすまし顔なんでしょ?」


 聞き慣れない言葉の洪水を受けたシトラはアザミの顔をまっすぐに見ることが出来ず、俯く。そんなシトラを突如としてアザミがグイッと自分のもとに抱き寄せた。その突然の行動にシトラは一瞬息が止まるのを感じた。慌てて「えっ、えっ!?」と慌ててアザミの顔を何度も見上げる。そんなシトラにアザミはニコリと笑い、その小さな顔をさらに自分のもとに抱き寄せる。するとシトラの耳に聞こえてくるのはトクントクンと早いビーツを刻むアザミの心音。


「……シトラが横にいて、、平然と出来るわけがないだろ―――?」


「あざっ、、―――ッッ、、」


 シトラは何も言えず黙り込む。今は兄妹でもかつては敵同士。こんな近くに寄ったことなんてあるはずがない。ハッキリ聞こえてくるアザミの心音とその体の暖かさ。髪にかかる吐息が気持ちいい。さっきまでバクバクとアザミに負けず劣らずのビートを刻んでいた心臓は何故か今ゆっくりと落ち着いている。


(あぁ、私はこの人が近くにいて安心しているのですね......)


 シトラは自分の気持ちに気が付き、ホッと安堵する。そっとアザミの胸に頭をうずめて目をつむる。今ならはっきりと分かる。


(私はこの人が好きだ、、守りたい、ハッキリそう思います......私はこの人になら、アザミになら全てを賭けられる―――)


 すべてを預けられると同時に、全てを受け止められる―――とシトラは今一瞬の夢見心地な気持ちを存分に味わっていた。きっとこの先も続くであろう長い人生、今日はそのたった一晩にすぎない。でも、シトラにとっては忘れられない、かけがえのない一夜だった。その目から思わず熱い涙がこぼれる。その涙をそっと拭い、アザミは笑みを浮かべる。


「……この体勢で寝れるのかよ。変わったやつだな、、」


 ポンポンとその金色のきれいな髪を撫で、アザミも目を瞑る......


* * * *


 翌朝、窓から差し込む朝日の眩しさに目覚めた。眩しい光に目をしばしばさせるアザミだったが、その目の前の光景にすぐに意識がハッキリと戻ってくる。スースーと小さく寝息を立て、アザミの胸元に顔をうずめて小動物のように眠るシトラ。その無防備な寝顔にアザミはクスッと吹き出す。歴戦の勇者でも、聖剣魔術学園始まって以来の剣術の天才でもその寝顔は普通の女の子なんだなと。アザミはそっとその手をシトラの吐息が漏れる口元へと伸ばす。


『―――マイエンジェルに手を出すつもりかな? アザミ・ミラヴァード』


 が、それを邪魔するように聞こえてきた少年の声。アザミは伸ばしかけた手を止め、ため息をついてシトラのベッドの傍らに目をやる。昨日は暗くて気が付かなかったがそのベッドサイドには剣が転がっていた。おそらくは護身用に準備していたのであろう。聖剣フィルヒナートだ。


「……全部聞いてたってわけか、昨日の俺たちの会話」


『むっふふ、お楽しみでしたなぁ〜♪』


「別にお楽しみまではいっていないがな。……まあでも、コイツの初めて見る一面が見れたのはちょっと楽しかった、かもだけど」


『……素直じゃないねぇ、君は。ちょっとじゃなくてけっこう楽しかったんだろう? ……もしかしたら今夜が最後の楽しい思い出になるかも知れないんだしさ―――?』


 フィルヒナートは相変わらず悪戯な調子。少年ぽい口調でアザミに語りかける。が、その言葉を聞いたアザミはピクッと表情をこわばらせた。そしてゆっくりとその視線をシトラからニヤニヤ笑うフィルヒナートへと向ける。


「……貴様、どこまで知っている」


『このの異変、その原因。そして君がこの娘にしたこと、かな。あっは、まさか僕がマイエンジェルに起きている違和感に気が付かないとでも思ったのかなぁ〜?』


 フィルヒナートの調子にアザミは黙り込む。だが、そんな二人の会話がきっかけなのか、シトラがもぞもぞと動いた。パシパシと瞬きし、ゴシゴシとまだ細い目をこすって体を起こす。


「おはよう......ございます、、もしかして起きるまで待たせちゃいましたか......?」


「いや、今起きたとこだ。じゃあ、今日も一日頑張るか―――」


「……はいっ!」


 昨晩は良い眠りが出来たのだろうか。ニコッと満面の笑みを向けるシトラはこれまで見た中で一番幸せそうに見えた。その笑顔にアザミの中で眠気や疲れが吹き飛ぶ。聖剣フィルヒナートは何事もなかったのように沈黙していた。

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[一言] シトラどうなるの?気になる。
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