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318話 首都攻防編(5)〜陽の見える塔〜

「えっと、あれは陽見塔ヒナミトウって言って内壁区でもっとも高い建物ですよ? ほらっ、3000年ほど前にとある一族が大陸各地に建造した神殿って......歴史の授業で習いませんでしたか? この市に住む人なら皆習っていると思うのですが、、、」


「……それは、、実は俺達はこの内壁区出身じゃないんだ。オドエオ出身でもない―――」


「……今は内乱中でこの内壁区には何人たりとも立ち入りを許されていないはずです。もしやあなた方は反乱軍の仲間、ではないですか?」


「いや、まさか。……俺達はただの双子の旅人さ。つい2ヶ月ほど前にオドエオに来たんだが長居しちゃってな。そしたら内乱は始まるわ、反乱軍と天帝派の攻防が始まって出られなくなるわで大変だったんだよ。……で、こうなったら開き直って観光でもするかって思ってな。あの塔は詳しく知らなかったから気になって、それで君に聞いたってわけ。好奇心は旅の大切な原動力だぜ?」


 一瞬怪訝そうな表情を浮かべたフェリアにアザミはニコニコと表情を変えること無く切り抜ける。それを隣で聞いていたシトラは「……よくもまあそんなペラペラと嘘を、、」と少し引いていた。フェリアはアザミの詭弁に少し考え込むと「ふぅ」と息をついてペコっと頭を下げる。


「……それは災難でしたね。ワタシがお二人の旅に少しでも貢献できたなら良かったですっ」


「いやぁ、助かったよ。陽見塔、だっけ。随分高い建物だから滞在中に登ってみたいな」


「今はイシュ―――いえ、機会があればぜひ行ってみてください。では、ワタシはこれで......」


 双子の疑問には答えたことだし、とフェリアはニコッと営業用のスマイルを作って軽く会釈すると、クルッと踵を返す。その足早に去ろうとするその背中に「ああ、忘れてたよ」とアザミがもう一度声をかける。


「……まだあなたの名前を聞いてなかった―――」


「ワタシの名前、ですか? どうして、、」


「ここで会ったのもなにかの縁だ。それに、俺達は旅で訪れた各地で友人を作って回っているんだよ。だから出来ればぜひって思ったんだけど、どうかな?」


 フェリアは考える。イシュタル国防軍の兵長を務める身で今は任務中。その名前を明かすのは避けたかった。だが、相手も名乗ったのに自分は名乗らないのは失礼ではないか―――だったり、ここで名乗らずに立ち去るほうが不自然なのではないか―――と疑念が湧いてくる。そんなフェリアをニコニコと相変わらずの好青年めいた笑みで待つアザミ。その視線を背中に受けたフェリアはゴクリとつばを飲み、決心を固めてクルッと双子の方へ振り返る。


「……ワタシは、、フェリア・フローレンシアです」


「フェリア、か。よろしくな。お互い、いい関係になるといいな―――」


「……ええ、本当にそうですね、、」


 そう言って今度こそスタスタと立ち去るフェリア。不思議と足早になる。あの場を早く立ち去ってしまいたい、そう無意識に思ってしまっているのだ。そんな自分にフェリアはキュッとワンピースの胸元をシワができるくらい強く握りしめる。最後に見せたアザミの笑みがまだ脳裏に残っていた。


(……あの人は、アザミという男はやはり只者じゃないです......でも、ワタシの知る反乱軍のメンバーでもない、、でも、ものすごく怪しい―――)


 角をいくつか曲がり、人気のない道をただ真っすぐ進むと行き止まりにたどり着いた。その壁にそっと手を当て、恐る恐る振り返る。が、双子が追ってきているなんてことはなかった。それにホッと安堵してズルズルと壁伝いに座り込むフェリア。


(……“出られなくなって”―――ですかっ、、内壁区への立ち入りは禁止ですが、別に内壁区から出ていくことは禁止されていないのですよ......? あの男は一体、、、)


 どうして旅人だなんて嘘をついたのか、フェリアはその疑問に頭を悩ませていた。反乱軍を未然に発見するために市内に出たフェリアなのに、見つけたのはもっと大きな謎だった。だが、それは決して放っておいてはいけないものだというのは分かる。まだたった1年目の兵士とはいえ、フェリアの戦場での直感がそう告げていたのだ。


「……もしかしたらワタシはいつかあの二人と戦う、なんてことになるかも知れないのかなぁ......?」


 怖いわけではない。ワタシの力を持ってすれば必ず勝てる、そう強い自信もあった。ただ、怖かったのは失うこと。友人―――なんて、アザミが自分をそう形容してくれたことに“嬉しい”と思ってしまう自分がいたから。フェリアは膝を抱えて思い悩む。だが、こんな人気のない路地裏で女の子が一人悩んでいるなんて、良からぬことを考える者にとっては格好の的だ。カツンカツンと石畳に響く足音が聞こえて顔を上げると、そこにはニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる男が5,6人、フェリアを見下ろしていた。


「なぁ、お嬢ちゃん。こんなところで一人? もしかしてさぁ、俺らを誘ってるわけ?」


「……誘う、とは“ワタシがあなた達に肉体関係を求めている”、もしかしてそう解釈されているのですか?」


「ヘヘッ、もしかしなくてもそうだぜぇ。なぁ? 俺たちさ、こんなくだらねぇ内乱でイライラしてんだわ。……俺らのストレスも白いのも、ぜぇんぶ受け止めてちょ―――」


 男たちはゲヘヘと笑ってグイッとフェリアに詰め寄る。が、男の汚い指で顎をクイッと持ち上げられてもフェリアは動じない。その手をパンっと払いのけて立ち上がり、ワンピースのスカートについた汚れをパンパンと払うと黙って元来た道を戻っていく。だがそこには当然男たちが立ちふさがっている......いや、いたはずだった。


「……ううう、やっぱり怖いものは怖いですねっ、、」


 日の当たる道に出たおかげで得られた温かな安堵感とともに全身を襲う鳥肌にブルッと身震いするフェリア。彼女の周りには、後ろにも人なんて一人たりとも存在していなかった。さっきまで確かにいたはずのフェリアを襲おうとしていた男たちは皆、忽然とどこかに姿を消していた。


* * * * *


「あの娘、フェリアと言ったか。只者じゃないな」


「えっ? どういうことですか、、、?」


 フェリアが足早に立ち去ったあと、その背中が完全に消えるのを見送ってアザミがそうポツリと呟く。当然、その想定外の言葉にシトラは驚く。何も知らないで普通に見ればフェリアはただの女の子なのだから。それに、何か手合わせをしたわけでもフェリアと口論になったわけでもない。それなのに『只者じゃない』と言うアザミを疑問に思うのは当然だった。そしてもちろんアザミにも理由はある。フェリアを只者でないと判断した根拠。それは、


「……アイツ、フェリアは言った。『この内壁区には何人たりとも立ち入りを禁止されている』と」


「それが......どうかしたのですか? 事実、私達も関所で止められましたよね?」


「ああ、そうだな。だが俺達とフェリアでは大きく事情が違うだろう? 俺らは外から入ろうとした。それならば関所が今閉ざされているって分かるよな。でも―――」


「そうかっ! そういうことですね、アザミ! フェリアさんが仮に普通の人だとしたらこの内壁区に入れないという事実を知る由がない、ということですか、、」


 シトラがパンッと手を叩いて表情を輝かせる。アザミは納得したシトラの顔にコクリと頷く。内壁区に入れない―――その事実を知るのは外から中に入ろうとした者だけだ。もしくは、それ以外だとすれば関所を封鎖した張本人またはその仲間という線しかない。


「……ということはフェリアさんって天帝派、ということですか?」


「俺の予想だとそうなるな。もしそうなら今このタイミングで気づけてラッキーだ。相当有利に働くだろう......だが俺も一つミスをした。それに気づかれていれば、、、」


 アザミは少し考え込み、ガシッと指を噛む。互いに敵同士、しかしその素性を両者とも知らないという状況において最初にそのからくりに気がついたほうが圧倒的に有利に立つのは自明。アザミはフェリアが天帝派、それもイシュタル国防軍という組織のものだと8割方確信していた。


(残り2割はフェリアが本当に純粋な市民だった場合だ。俺の予想はあくまで想像でしか無い。……根拠と言うにはただの言葉遊び、揚げ足取りでしかないんだ......形ある証拠がない以上確定は出来ないな、、)


 そう一応その予想が外れていた時の想定もしながら、アザミはフェリアの顔をしっかり脳にインプットする。もしこの首都で再度出会った際に気がつけるように。


「……にしても陽見塔、か、、」


「初耳でしたね。あの建物が3000年前に建てられただなんて。……それにしても陽を見る塔、陽見塔ですか。もしかするとセントニアの星見塔となにか関係があるかも知れませんね? 姉と妹、みたいな......」


 先程のフェリアの話を思い出しながら遠くに見える陽見塔を見つめるシトラ。星見塔はアズヘルン王国の王都セントニアにある、陽見塔と同じような高さを持つ建物だ。名前といい見た目といい、何か関係があるのではないか、なんて思ってしまう。だがそんなシトラの疑問もかき消してしまうほど、太陽が高く登って陽見塔の上に煌々と輝くさまはとても綺麗だった。その絶景を見ながら「ほわぁ〜」と息を呑むシトラの隣でアザミがボソッと呟く。


「……三姉妹だよ」


 だがその言葉はアザミにしか聞こえない。シトラには届いていなかったようだ。うふふと目的を忘れ楽しそうに陽見塔を見つめるシトラと、それを気にせず楽しそうなシトラの横顔を見つめるアザミ。陽見塔に夢中になっているシトラはその兄の視線にすら気が付かない。


(綺麗、美しい、高い......ううん、それ以上にあの塔には何か私を惹きつけるものがあります、、)


 シトラの頬が日に照らされたのかポッと赤く染まる。目は陽見塔に吸い寄せられたかのように離れず、心はトクトクと好奇心を抑えきれずに脈打っていた。


「……アザミ、、あの塔に行きませんか? 上から見れば色々見えてきたりするかも知れませんし、、」


 我慢しきれずシトラはチラッとアザミを見つめて「ダメですか?」と小首をかしげる。だがアザミはゆっくりと首を横に振った。


「無理だ。あんないい立地、天帝派にもう押さえられているさ。見張り台として、な。俺達がニーナとの戦いで星見塔を使ったように、いくら神殿でもあれは相当に戦略的価値がある......」


「そんなぁ、、」


 悲しそうに俯くシトラ。それでもまだ諦めきれないのか、ボーッと名残惜しそうに遠くに見える塔を見つめていた。その恋する乙女のような視線にアザミもチラッと陽見塔に目をやる。


(戦略的価値、か。……まああの神殿の塔を建てた目的はそれだけじゃないだろうがな......)


 遠くに見える陽見塔からは確かに内壁区が一望できそうだ。ともすれば外壁区さえもその視界に収められそうな。アザミがもし天帝派のトップなら陽見塔に兵を置く―――そう考えたからアザミは先程『陽見塔には行けない』と発言した。だが理由はそれだけではない。


(フェリアが言いかけた言葉、『陽見塔は今イシュ―――』......あとに続く言葉は“イシュタル国防軍”か?)


 関所の衛兵も付けていた組織名―――イシュタル国防軍。それが天帝派の正体ならやはり.フェリアは.....

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