28話 シトラス《前編》
「久しぶり、ねえ。ってことはあなたがシトラスさんなのね?」
シャーロットは後ろに手を組んでフフッと微笑む。
「疑問形……まさか、覚えてないと言うのですか?」
その反応に不思議そうな顔をするシトラ。驚き、悲しみも混じった瞳が揺れる。シャーロットは長い髪をいじりながら頷いた。
「ええ、だって私はミーシャ・ロッツォのことなんてよく知らないもの」
「知らない? それはおかしな話ですね。では、どうしてその名を知っているのです? それにその子……聖剣フィルヒナートを扱う資格があるのは、私とミーシャの二人だけのはずです。あなたは―――」
否定をしたい。そんな気持ちがグッと前に出過ぎているのか、矢継ぎ早に言葉を発するシトラ。しかしそんなシトラを気にすることなくシャーロットは口を開く。
「私にとって、ミーシャ・ロッツォはただの意識よ。私の中にずっといる、ね」
「意識、ですか?」
「ええ。その意識が、その声が心のなかでずっと響いているの。『シトラス、……シトラス』って。とても悲しげな声、でね」
そう言って前髪をかきあげ、シャーロットはどこか遠くを見つめる。今も、その声は耳元で鳴り続けていた。
「あなたを初めて見たとき……入学式の日、ジョージと戦っていたあなたの剣を見たとき、私には分かった。ああ、あなたこそがずっと探していた人だって」
「ミーシャ……」
シトラは手をのばす。だがシャーロットは首を振って、
「私はシャーロット。シャーロット・ローズウェルハートよ。ミーシャじゃない。私は、自分の中にいる、この意識と決着をつけたいのよ。この子が何者なのか、あなたと何があったのかなんて興味ないわ。
ただ……ただ“私が何者なのか”、知りたいのはそれだけよ! そしてそれはきっと、あなたと剣を交えたら分かるの。だから―――」
彼女はスッと聖剣フィルヒナートを構える。歴史も知らない、シャーロットにとってそれはただの有用な剣。その剣に込められたシトラの思いも、ミーシャの思いも知らない。知ったこっちゃない。だってその意識は呪いのようなもので、シャーロットにとっては決着をつけたい、むしろ忌むべきものなのだから。
「勝負をつけましょう。勇者シトラス」
そう告げるとシャーロットは地面を強く蹴った。その体が弾丸のように迫ってくる。
それをシトラはただ、見ていた。剣を構えることもなく、防御の姿勢を見せることも無く、自分に向かってくる敵の姿を、ただじっと。
(私は……あなたが知りたい。ねえ、ミーシャ。私のことを恨んでいますか? 怒っていますか? 300年前のあの日、私があなたからすべてを奪ったときのことを……)
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「……3718番―――」
男の声が聞こえる。女の子が一人で住むには少し広い部屋で、私は一人、目を覚ます。眠りを覚ますにしては小さな声、投げやりな声だが、けれど私にとっては十分だった。別に真剣に眠ってなどいないし。
「……訓練生3718番、出なさい」
寮の部屋の小窓から教官が覗いている。チラリとだけ見て私は動き始めた。その顔をよく見ることなんてない。だって、興味がないから。
寝癖を見るとか、最低限の身だしなみだけ整えて私は戸を開けた。化粧とかオシャレな服を見繕うとか、この年頃の女の子でも少しは時間をかけてするのだろう。けれどその時の私にはそんな世界、知らない、縁遠くて理解できないものだったから。
「おはようございます。それで、えっと……この方は?」
戸を開け、形式的な感情の無い挨拶を済ます。そこで私は気がついた。教官の横には銀髪の女の子が立っていた。凛とした雰囲気、瞳はまるで宝石のようにきらめく緑色。年は私と同じくらい、なので8歳くらいだろうか。私は分からなかった。何の用だろう、私なんかに。
困惑し、ボーッと立っていた私。けれどそんな私に彼女は自ら近づき、スッと手を差し出してきた。
「私はミーシャ・ロッツォですわ。これからあなたのルームメイトになりますの」
「ルームメイト……? って、えっと」
私は反射的にその手を握り返す。理解する前に体が動いたのだ。この行為の意味は分からなかったが、きっと、こうするのが正解なのだろう。叩くでも無く、多分握り返すのが正解。
「訓練は10:00からだ」
そう短く言い残すと、教官は長い廊下を戻っていく。どうやら用事とはそれだけらしい。世間話などをするつもりも無かったし、別にそれを冷たいとは思わない。日常だし、何なら私にとっても好都合だ。
「どうぞ、入ってください」
淡々とそう告げ、私も部屋へと戻る。後ろから少女、ミーシャがついてくる足音が聞こえた。
「……あなた、名前は?」
部屋の主である私を当たり前みたく追い抜かし、私のベッドにトンっと腰掛けたミーシャが聞いてくる。丁寧に、探るように、鋭い視線で私を射抜く。
きっとそれは‟普通”なのだろう。最初は自分を紹介し、そして相手に教えを乞う。けれど私は返答に困った。だって……私は普通じゃない。
「名前、ですか……。訓練生3718番、としか答えられません……」
私は両親の顔を知らない。それだけではない。自分の名前も、出身も、何もかも。
物心ついたときからずっと、私はこの施設にいた。預けられたのか、ここで生まれたのか、拾われたのか……。それすらも私は知らない。
この施設は王国が管理している、勇者を育成するための機関だ。国中から有望な少年少女を連れてきて訓練を行い、一流の勇者に育て上げる。それは将来を期待し我が子を預ける親もいれば、捨てられてここにしか生きる場所を見つけられなかった者もいる。無論、無理やり攫ってきた者だって。
そうまでして勇者を育てる理由。それはもちろん、魔界に立ち向かう兵力が欲しいからだ。魔王の首を取れる勇者になれ、そう何度も教えられてきた。私はそのために生きて来た。
それ以外、私には生きる意味がない。唯一あるもの、それが使命。この施設にいる以上、魔王を倒す勇者になるという使命。そのためだけに日々を生きている。それ以外は何もいらないし、興味がない。他の子達が影で私のことを「人形」と呼んでいるのは知っている。
ボサボサと無造作に伸びた金色の髪に、ガラス玉みたく輝く青い瞳。まるで物語の中のお人形さんみたいだと。でもそれは表向きの、本人を前にして褒めるそぶりを見せるときの理由だ。本当は使い手の言うことに逆らわない、従順な人形として私は見られている。私は誰とも協調しない。だって非効率だ。だから誰も組みたがらない。ゆえに、私は一人部屋なのだが。
それなのに今日、私の部屋にルームメイトがやってきた。私の噂を知らないのか、それとも知って近づいてきた物好きか。
(こういう時は、どうすれば良いのでしょうか。教官以外の人間と、しばらく会話をしていなかったのでやり方が……)
うーん、と目を瞑り、腕を組んでなにか考え事をしているミーシャ。それを私はただじぃっと見つめる。観察すれば何かが分かるかもと期待した。
(やはり私から話しかけるべきなのでしょうか。話題は……天気? でも、それだと一分ですら持たないでしょうし―――)
けれど何も分からなくて、私にはどうすればいいのか、何をすればいいのかてんで分からなかった。そんな何とも言えない沈黙が私たちの間を支配する。これは私が何か言うべきか、続かないと分かっていながら天気を褒めるべきか。と私が覚悟した時、
「シトラス!!」
「ひゃい!!」
ミーシャは突然、大声でそう叫んだ。あまりにも驚いたのでつい素っ頓狂な声を上げてしまう。ミーシャは先程までの凛とした雰囲気から一変して、人懐っこい、まるで小動物のような雰囲気になっていた。話し方も格式のあったさっきまでと違い、なんだか年相応のくだけた喋り方を感じる。
それにしても……“シトラス”? 一体何のことだろう。なにかの魔術なのだろうか。
「それは……何のことでしょうか」
「何って、あなたの名前よ! だって、番号で呼ぶのって変じゃない?」
尋ねた私に彼女は迷い無くそう答えた。答えて、ミーシャは私の元に近づくとおもむろに私の頬をつまみ、グイッと無理やりに口角をあげる。
「むっ、、にゃにをしゅるんでしゅか??」
「うん! やっぱりシトっちは笑顔のほうがカワイイ! ずっと無表情なんて、ダメだよ? 女の子が腐っちゃう。勿体ないもん!」
「そ、そう言われましても……」
ミーシャは笑った。屈託なく、彼女は上手く笑う。私はミーシャの手を振りほどき、ススっと距離を取った。ギュッと両手を握りしめる。ああ、この人は出来る人だ。眩しい人だ。普通な人だ。
―――笑顔なんて、私には作れない。
人間、には感情というものがあるらしい。それは人間である私にも、当然あるはずで……。
ただ、私はそれを感じたことがない。感情が無いわけじゃないとは思う。けれど周りの子たちが笑ったり、泣いたり、怒ったり……しているのを見ても私は何も思わないのだ。ここは悲しむべき場面というのが分からない。笑う方がいい、というのも理解が出来ない。だから無表情で居る。私にはそれしかできないから。そんな私は、きっと普通じゃない。
ただ淡々と剣を振り、同じ食事を取り、眠る。そんな変わり映えのない日々に私は何も感じなかった。
だから私には表情も感情も、必要がない。そう言い聞かせて私は私を納得する。していた、のに。
でも、ミーシャは言った。「笑顔がカワイイ」と。
それは私にとって初めて、強さ以外のことで評価された言葉だった。
「ねえ、シトラスって何のことか知ってる?」
「あなたがつけてくれた、私の、名前……」
「あーうん、そうなんだけどさ。その由来のことよ。シトラスっていうのは果物だよ。それはとっても鮮やかな金色をしているの。そう、まるでシトっちの髪みたいな!」
そう言ってミーシャが私の髪にサラッと触れた。その距離に私は思わずドキッとして、なぜか眼を背けてしまう。
「でね、それはとっても酸っぱいの。例えるなら『私はあなたに興味がありませんよ〜』って感じかな?」
その言葉に、私は少し体がポッと熱くなるのを感じた。彼女の悪戯な目が私を射抜く。
(―――私に似ている……ということでしょうか)
目を逸らしたまま、私はスカートの裾をギュッと握りしめた。ああ、また私は嫌われてしまうのだ。興味が無いわけじゃない。ただ……どうすればいいカ分からないだけなのに。
けれど目を伏せた私を気にせず、彼女はその続きを並べた。
「でもね、それでいて少し甘いの。寂しがり屋で、ずっとこっちを見てるの。……ね? まるでシトっちみたいでしょ?」
そう言ってミーシャがパァッと笑いかける。私は思わず顔を上げ、ミーシャの方を見た。
きっとその時の私の顔は、少し頬を紅潮させ、目を少し見開いた、“驚き”の表情だったと思う。
それは、ポカポカする温かいもの……。また欲しい、そう思ってしまう甘いもの。
(これが、‟嬉しい”という気持ちなのでしょうか……)
きっと私の驚きは名前をつけて貰ったことに対するものでもあって、ルームメイトが出来たことに対するものでもあって。それでも一番の驚きは初めて自覚する『感情』に対するものだった。
私の表情を見て、ミーシャがクスッと笑う。私もそれにつられて顔が緩む。この瞬間……多分私は生まれて初めて自然に‟笑った”。
「アハハ、笑った!! やっぱり可愛いじゃんシトっち~~!」
「あ、ちょっと! 抱きつかないでください!!」
温かくて、暑くて。これが私とミーシャの‟出会い”だった。
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