287話 戦いの後、始まりの朝――正体――
それはメグミが一番恐れていた言葉だった。メグミはなんとか誤魔化せないものかと必死でうまい言い訳や理由を考える。だが、残念なことに何も思いつかなかった。こういう焦った時に限って言葉はスラスラとは出てこないものだ。
「な、何者って......どういうことなの?」
せめてもの抵抗は、“分かっていないふりをすること”ぐらい。だが、それでもただの時間稼ぎにすぎないので隠した秘密の幕が上がるまではもうわずか。アザミはそんな抵抗を見せるメグミにも容赦せず、その言葉にいたった経緯を説明する。
「まずはじめに違和感を持ったのはその剣、聖剣をメグミが持っていたことだ。その時、ただの冒険者じゃないって見抜けた」
それはシトラもダンジョンで見抜いていたこと。シトラは聖剣使いなので慣れているというアドバンテージをもってメグミの剣の正体に気がついたが、アザミはその最大の武器とも言える魔眼をもってメグミの剣が聖剣だと見抜いていた。メグミですらその事実には気がついていなかったようで、「えっ、そうなの!?」と目を丸くしていた。
「……それは知らなかったわ。この剣は母から頂いたものだったけど、私は普通の剣だと思っていたから。……知らなかっただけで、決してアザミに嘘をついていたわけじゃないわ! だからこれを“隠し事”としてパーティーを継続することを認めないっていうならそれはおかしい―――」
「―――それだけなら、な。まあ、百歩譲ってメグミの母親もその剣の価値を知らずにメグミに譲渡したとしよう。……そこで質問なんだが、3人の、トリニティーの関係はどういうものだ?」
急に話を変えてきたアザミの質問に勘ぐりながら、メグミは聞き返す。
「……それは私達とアルカマクに行けない理由と何か関係あるの?」
「それは答え次第だ。で、メグミとヨーキとタローの関係は何だ?」
メグミはグッと考え込む。だが答えるのが遅くなれば遅くなるほど怪しさが増すことは理解していた。そして同時にアザミのこの質問にもなにか意図があるということも。でもそれを見抜けない。なのでおとなしく、無難に答えることにしたメグミ。
「……幼馴染、が近いかな。昔からパーティーを組んでいた友人同士よ」
「そうか......じゃあ、やっぱりおかしいな―――」
アザミの目がキュッと細くなり、メグミにかかるプレッシャーが強くなる。そんな二人のやり取りにヨーキもタローも、シトラやトーチらも入り込むことは出来ない。ただ黙ってその結論を見守る。
(おかしい......? 確かに、長い付き合いの友人というのは嘘よ。でも、どうしてそれを―――)
「……思い出してみろよ。ギガンティスが俺たちに拳を振るってきたときのことを、、、」
追い詰められ、必死で打開を探すもその手がかりすら掴めないメグミにアザミがとどめを刺す。アザミの言葉にメグミは「……ギガンティス?」と少し前の出来事を思い起こす。
ギガンティスの拳が殴り続けていた壁の窪みではなく、アザミたちの立つ外壁に伸びてきたあの時、とっさに皆各々の回避行動を取った。アザミはシトラを庇い、フィルヒナートの手助けも利用して互いの身を守った。そんな中メグミはどうしたか。……そして、メグミは思い出した。
「……ま、さか......ヨーキとタローが私を守ったから?」
「そのまさかだ、メグミ。あの一瞬、俺はそこに強い違和感を抱いた。……当然だよな。だって、二人が身を投げ売ってメグミを助ける理由が見当たらないんだから―――」
人の本性は窮地に追い込まれて初めて分かる―――アザミはそう考えていた。例えば『絶対二人一緒に助かろうね』と約束していた二人組がボロボロの橋を前にして醜く争ったり。『何よりも我が子が大事です』という親は果たして魔物を前にしても身を挺して子供を守るのか、などと。
そしてギガンティスの拳が不意にアザミたちを襲ったあの瞬間はそれこそまさに窮地だった。その瞬間、皆の本性がわかる。思考するよりも、何かを隠して取り繕うよりも先に体が動くのだから。アザミはシトラを守り、セラはアザミの命令通りテュリを庇い、トーチは後輩であるクロトを守った。アネモネも昔の約束通りレインを守った。……そこには確かな理由があった。双子だから、兄だから。先輩だから、命令だから、約束だから―――。一方、身を投げ売ってでもメグミを守る理由は、あるのか。
「……じゃあ、ヨーキとタローはどうして一目散にメグミを守った?」
まるで示し合わせたかのように、元よりメグミがもっとも大事だったかのように、あの時二人は迷いなくメグミを守る為ギガンティスの拳を前に立ちふさがった。自分の命を守るよりも優先して。
「……ッッ、、それは―――」
ヨーキもタローもその理由を答えられるはずがない。なんせそれが真実なのだから。その行動の裏に秘密が隠れているのだから。この場を今、完全に掌握しているのはアザミだった。
だただ実のところ、アザミがメグミの“隠し事”を疑った根拠は弱い。あの瞬間のことなど覚えているほうが異常だし、そうであれば理由だってどうとでも作れるのだから。それでもアザミがメグミを追い詰められている理由はアザミ自身が『メグミはなにか隠している』、そう確信して追い詰めているから。
ゆえにその言葉には力が込められ、先端は鋭利に尖る。その切っ先を前にメグミは逃げられなかった。結果自らボロを出し、状況はアザミの弱い根拠ですら飲み込んでしまうように整えられてしまった。
つまり、メグミが何を言おうと言い逃れにしか聞こえない状況をアザミはその言葉の操作で作り出したのだった。何も言い返すことが出来ず、為すすべが無くなったメグミはアザミの方を振り返る。その瞳には涙がたまり、ギュッと握ったスカートの裾はしわくちゃになっていた。それでもアザミは圧を弱めない。
「……話せ、全部」
「話したら―――! ……話して、さ......それで私が『助けてっ』ってアザミに言ったらさ......そしてら―――」
「……俺が仲間を見捨てるやつに見えるか?」
その言葉にメグミの頬を一筋の涙が流れ落ちる。アザミとメグミ、両者は互いの目から決して視線を切らない。メグミはそんなアザミを前にもう覚悟を決める。もしかしてこの人なら―――あの時ダンジョンで感じた予感を信じ、自分の全てをさらけ出すことを覚悟して。グイッと袖で涙を拭い、震える声で叫ぶ。
「……助けて、、私を、妾を助けてよっ! アザミ・ミラヴァード!!」
拭ったはずの目からは再びとめどなく涙が流れ、それでもメグミはまっすぐにアザミを見つめ続ける。その救いを求める声に......アザミが手を差し伸べないはずがない。立ち上がると震えるメグミをそっと優しく抱きしめ、その耳元で囁く。
「……承った、姫様。……だから全部話せ、知ってることをな」
「―――ッ、、まったく。アザミの眼は一体どこまで見抜いているのよ、、、」
メグミは声を震わせながらも、その口元に微かに笑みを浮かべた。そして何度も袖で涙を拭い、気持ちを落ち着けるとアザミを、そして二人のやり取りを見守っていた他の皆をぐるりと見渡す。そんな中、メグミとアザミの様子を複雑な気持ちで見守る者もいる。
「……いいのかい? シトラさん。アザミのアレ」
「不満ですよ、もちろん。……でも、もう慣れました。それにもし、私が本気でアレを許せないのならアザミは少なくとも4回は殺されていますよ」
フッフと不気味な笑みを浮かべるシトラ。アザミが他の女の子に優しくするのに自分は嫉妬している、そう最近になって気がついた。それでもシトラだってアザミの事はわかっているつもりだ。そういう性格、困っている人を結局は放っておけないかつての自分のような優しい人だということを。だから怒れない。
「……それに、今はメグミさんの話を聞かないと。きっとこの先重要になるものでしょうから―――」
そうボソッと呟いたシトラとメグミの目が一瞬合う。その一瞬で僅かだか互いに口角が上がる。さすがだね、あなたのお兄さん―――とメグミ。そうでしょ? アザミは凄いんです―――とシトラ。
(……本当に、西に行ったら出会えたよばあや。力になってくれる人に)
メグミは深くニ、三度深呼吸をし、そして改めてすべてを話す覚悟を決めた。震えながらもその口がゆっくりと開き、そして、
「……私は、いや妾はメグミ・オーグル・ヨシノ。イシュタル帝和国の指導者である天帝サクロ・ヨシノの妹を母親に、そして鬼族の戦士を父親に持つ者よ―――」
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