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25話 新人戦(9) 〜敗北から得る物〜

「……僕たちの勝ちだよ。レイン」


 返事はない。少女はハァハァ……と荒い息を立てながら、トーチをにらみつけていた。


「おお、怖い怖い。けど、睨んだって結果は変わらないよ」


 そう言ってトーチが指さす先……レインの胸を剣が貫いていた。力が抜けたのか、レイピアから手を離し、ストンッと尻餅をつく。


 ジョージは呆然とした目でレインを見下ろしていた。勝って気が緩んでいるのか? 違う。


「……あ、、ガフッ!!」


 ジョージは吐血し、後退りした。その首の真ん中にレイピアが深く突き刺さっている。


「て、、てめえ―-―!」


 怒りに目を血走らせるジョージの体がグラっと傾いた。トーチがサッと駆け寄りその体を支える。そのおかげで地面に伏せることは免れたが、ジョージが傷を負ったという事実は変わらない。けれど、たとえどれだけ傷つこうとも、


「……君の勝ちだよ。ジョージ、よくやったね」


 トーチの腕の中で、ジョージは悔しそうに口を開き何かを言いかけた。だが、言葉になることはなくジョージの体も光となって散っていった。


「さて、レイン。放って置いても君は出血多量で死ぬ。この試合は、僕らS1の勝ちだよ」


「……なぜ、とどめを刺さない」


「うーん。近づきたくないからかな。君のことだ。どうせ負けるなら、死ぬなら僕を巻き込んで一矢報いようなんて考えているんじゃないかい?」


 レインはチッと舌打ちをして左手に握っていた十字架を投げ捨てる。レインの策略なんてトーチにはお見通しだった。


「最後に教えて……。なんで......あなたの眼を......奪えた、の......?」


「おや? おしゃべりは嫌いだったのでは?」


 トーチはいたずらっぽくニヤリと笑う。まったく、人のいい顔をしながら良い性格をしている。


「まぁ、いいかな。決着もついたことだし。君が僕の目を奪えた理由は簡単だよ。‟あえて防がなかった”のさ」


「あえて……つまり、私の攻撃をわざと受けたのか」


「ふふっ、そういうことだね。魔術の発動には必ずトリガーとなる動きが存在する。君の魔眼の発動にもあるはずだ。そう、それが‟まばたき”、だよね?」


 まばたき。無意識に行う目の開閉運動のことだ。レインの略奪の魔眼はこれを意識的に行うことが使用の条件だった。つまり、レインはまばたきをするたびに視点を変更できるのだ。


 トーチはこれを利用した。連続まばたきには限界があるから。まさか、ずっとまばたきをしながら戦うわけにはいかないだろう。そんなの、目を瞑って戦っているようなものだ。

 戦いの最中、それもジョージの光速の剣に反応するためにはせいぜい1秒に2回程度が限界だろう。だからこその一撃離脱だった。略奪の魔眼を使えないタイミングや、混乱を生じさせる。そしてまったく違う視点へと誘導する。


 あのとき、レインがトーチを見つけたとき、無意識に行ったまばたき。それが無意識にトーチの視点を奪おうとした。これまでダメ元でやっていたように。今回も失敗するはずだったし、そう思ってのダメ元。


 だったのに、それは成功してしまった。映ったのは思いがけない視点からの俯瞰の景色。

 レインは様々な視点から俯瞰的に自分を見ているにも関わらず、迷いなくスムーズに自身の体を動かすことができるという特技があった。だが、想定していなかった視点に、あのとき一瞬の迷いが生じた。


(あれ……私、どう動くんだっけ)


 と。

 その一瞬をハミルトンの光速剣技(ルミナス・ハミルニア)が貫いたのだ。


(まあ、にもかかわらずカウンターでジョージの首にレイピアをぶっ刺すの事ができたのは流石だとしか言いようがないけどね……)


 ハハハ、と苦笑するトーチ。対照的に、悔しそうに顔を歪ませるレイン。この状況において、レインに勝ち目なんて一切なかった。ただ死を待つだけ。ならば、


「……私の負け。いいから早くとどめを刺して―――!」


「いいよ」


 即答で返事が返ってくる。だが、その声はトーチのものではなかった。

           

「トーチ、あなた甘いわよ。ひょっとして‟まだ人は殺せない”、のかしら?」


 突然の声と共に、木々の中からスッと少女が姿を現した。同じ制服を着ているが、その流れるような銀髪に、緑の瞳。流麗な立ち居振る舞いは明らかに他の人とは違った雰囲気を作り出していた。一目でわかる。この少女は、自分たちとは格が違う―――と。


「あなたは……?」


 もう限界が近い。でも、レインは霞む視界を必死に凝らして目の前の敵を睨みつけていた。殺せと言いながらも必死の抵抗をしてしまうのは、どうしてだろう。トーチを前に、不思議と血が騒ぐのは。


 そんなレインの視線に気がついた少女はニコリと笑った。そして、膝をついたレインを見下ろし、


「私? アズヘルン王国第二王女、シャーロット・ローズウェルハート。……といえば分かるかしら?」


 そう言って少女、シャーロットがサッと前髪をかきあげる。その仕草の美しさと、そして彼女が語った名前にレインは言葉を失っていた。


(王女……そんな、嘘でしょ!?)


 絶句するレイン。まさか、そんなことがあるなんて。王族と平民が同じ学校で学ぶなんて聞いたことが無い。

 呆然とするレインを置いて、トーチはシャーロットの登場に不服そうな表情を見せていた。


「どうして出てきたんですか? 姫は決勝まで温存のつもりだったんですけどね……」


 それなのに、こうして大衆の面前に顔を晒すなんて。この試合の模様は会場に届けられているのだし、情報がバレてしまうではないか。それはトーチの望まぬことだった。だが、シャーロットはそんなトーチのトゲトゲした言葉にもケロッとした顔のまま。


「私も何もする気は無かったわよ。でもね、トーチ。あなたが上流騎士キールシュタット家の後継ぎ、つまり将来的に私の剣となる男なのに、こんな騎士道に反することをしているから我慢ならなくなったの」


「それは……」


 それは、今度はトーチをぐさりと刺す言葉だった。唇を噛み締め、俯く。そんな何か事情がありそうなトーチを一瞥し、シャーロットは「はぁー」とため息をついた。


「まだ‟あの事件”のことを引きずっているのかしら。ならいいわ。今回は私がやってあげる。でもね、トーチ。騎士たるもの、倒したものに関しては責任を持ちなさい」


 霞んでいた視界は、もうほとんど何も映していなかった。目を細め、荒い息遣いをするレイン。その目の前にシャーロットが立つ。それも、黒い影にしか見えない。


「さよなら、レイン・クローバー。よく頑張ったわね」


 シャーロットは淡々と告げながら腰の剣をスッと抜き、構えた。


「煌めけ閃光、穿て世界。この世の支配者たるローズウェルハート家の名のもとに開眼しなさい!!」


 シャーロットの右手に握られた剣が溢れんばかりの銀色の光を放つ。

 呼応するように周囲の空気が凍てつく。空気までもが凍って白い霧となる。


「頑張ったけど、ここまでね」


 シャーロットは剣を振った。レインの首がぱっと飛び、光となって消える。熱戦だろうと激戦だろうと、一方的であろうと。戦いの終わりが必ずしも劇的だとは限らない。大概はあっさりと終わるものだ。


**


「試合時間は28分!! 決勝戦第1試合はS1の勝利です!!」


 ギャラリーの中をマイクの声が響き渡る。

 息をつく暇もない、壮絶な戦いを見届けた観客たちは「ふう」と息をつき、各々立ち上がった。今日の試合は終わった。決勝戦第2試合、S1対Aは明日の朝だからだ。


 そんな中、双子は立ち上がらない。いや、立ち上がれなかった。

 腕を組み、真剣な面持ちのアザミ。ブルブルと震え、真っ青な顔で下を向くシトラ。


「……見間違いじゃない、よな?」


 心配そうにアザミがシトラの顔を覗き込む。アザミにも見覚えがあった。アレは……


「――-え、ええ。私が……かつての相棒を見間違えるはずが無いじゃないですか。どうしてあの女が持っているんですか……」


 ギリッと歯ぎしりをし、バッと顔を上げ、アザミの方を見つめる。その目はシトラにしては珍しく焦っていて、ぐらぐらと揺れていた。だって、シャーロットが見せた‟アレ”は……。


「なんで、、私の‟聖剣フィルヒナート”を持っているんですか!!」


    * *


 S2の控えテント。校庭に設置されたテントの隅でレインは膝を抱え、一人うずくまっていた。


「……こんなとこにいたのにゃ? ムーちゃん」


「ネモ、か。お願いだから一人にして。私は、皆に合わせる顔がない……」


 レインは顔を上げ、アネモネの手をパッと払いのけた。そしてまた下を向く。


「そんなことないにゃ―――」


「―――私は!! ……私は負けたのよ? 皆に指示を出して、散々利用しておきながら……! それに私は最後……諦めたっ! 自ら死を望んだ、、!! そんなのって、、リーダーも、剣士としても、、失格じゃない……!」


 慰めようと再び手を伸ばしたアネモネを遮って、レインが悔しさをあらわにする。涙を流し、行き場のない自分への怒りを大声でぶつける。


 アネモネはそれを黙って聞いていた。呆れることも落ち着かせることもせず、ただレインに全てを吐き出させた。そして、子供みたいに泣きじゃくるレインを優しく抱きしめた。

       

「ムーちゃんは、よく頑張ったにゃ」


 その言葉を聞いたレインはグッと唇を噛み、アネモネの体をドンッと壁に押し付ける。ああ、最低だ。私は人に当たっている。分かっていながら、止まらなかった。アネモネも止めない。優しい表情で、レインの怒りも悔しさも全てを受け入れる。


「なんで王女様がいるのよ!! 聖剣序列第3位のフィルヒナートなんて、強すぎるじゃない!! ……あんなの、反則よ……!」


 アネモネの肩に手を当て、壁に押し付けながら愚痴をこぼす。

 アネモネは一瞬驚いた顔をしたが、また笑顔を作り、レインを抱きしめ背中をポンポンと叩く。


「そうだにゃ。S1は強かったにゃ」


「負けたの!! ジョージ・ハミルトンに……剣で負けた。剣の腕では、男の子にも負けたくは無かった!! なのに何も、、何も出来なかったっ……」


「負けたのはネモちゃんも一緒だにゃ。大丈夫、また二人で強くなればいいんだにゃ」


 「うあーー!!」と嗚咽をもらすレイン。悔しい、悔しいと涙する。その顔はアネモネの前でしか見せないものだ。強者の揃うこの学校で、ただ一人心を許すアネモネの前でしか。


(ムーちゃんは強いにゃ。だけど、ネモちゃんの前では弱い自分を見せてもいいんだよ……。あの時みたいに、ネモちゃんは絶対にムーちゃんの傍に居るから。笑顔にさせてあげる、から……)


 どれだけ時間が経っただろうか。辺りはすっかり闇に包まれていた。

 レインは泣き疲れてアネモネの膝の上で眠っている。


「……大丈夫だよ。あの日からネモの一番は、ムーちゃんなんだから」


 まるで赤子のように穏やかに眠るレインの髪を、アネモネはサラッと撫でた。どこか遠い遠い、昔の話を思い出しながら。


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