24話 新人戦(8) 〜最高の相棒〜
夢を......見ていた。
多分これは幼い頃の夢。ちっちゃな女の子が泣いている……そんな、どこにでもありそうな夢。
でも、私には分かる。これがただの夢じゃなくて、特別な何かだってこと。そう、あれは......私だ。たしか、妹に持っていた人形を取られたんだっだかしら。
あっは、それを見てお父さんが怒っている……。お父さん、あんなに若かったっけ? あぁ、そうか。これは過去の記憶の夢だからなのね。もう長いこと会っていないけど、元気してるかな?
「ガリバー、男の子なのに泣くんじゃない!!」
……だってさ。変だよね。私、“女の子”なのに……
“ガリバー・フレイア”。それが私の本名だったりする。分かる通り、ガリバーなんて娘に付ける名前じゃないんだからって怒りたくなるわ。男の子の名前なのが嫌で、普段は“リヴァ”って通称を名乗ってるけど。
私はうずくまって泣いているちっちゃな私に近寄ってみた。幼い頃はいつも短髪で半ズボン。知らない人が見たらきっと、男の子だって思うんだろうな、、、私はそんな子どもだった。
「辛かったよね、、泣かないで」
そっと手を伸ばし、髪に触れようとする。しかし、その手は何にも触れられなかった。それはただすり抜けるだけ。きっとこれは夢......だから感触までは感じられないし、声もかけられない、のだわ。
「だ、大丈夫? リイちゃん、、、、」
父がいなくなったタイミングを見計らって、小柄で水色の髪をしたワンピース姿の少女が駆け寄ってきたのが見えた。あれは、
「うん、、ありがとね。クレアちゃん」
幼い私はゴシゴシと目をこすり、ニコッと頷いた。それを見ていると無性に胸がキュッとする。悲しくて悔しくて、そして寂しくて怒りも湧いてくる。何だかわからないけど、ホント複雑な感情に襲われるのよね。
……だって、小さな胸で、それでも必至に自分を殺していたんだから。
「……ううん、泣かないで......リイちゃん、、」
クレアはチョコンとしゃがみ、幼い私の背中をポンポンと優しく叩いた。ちょうど家が隣同士だったのもあって、クレアとはちっちゃい頃からずっと一緒にいたっけ。ちっちゃい私の頭を撫でているクレア。これって......今とは真逆じゃないっ! 覚えているのかしら、あの子......
* * * * *
私には兄がいた......らしい。
……“らしい”、というのは私は兄に会ったことがないからだ。私が生まれる前に10歳で死んだ兄、それが“ガリバー”。言い方あってるのか不安だけど、本家のガリバー。
剣術の天才って呼ばれてて、その日も稽古に向かう途中だったらしいわ。いつもの道をいつもの感じで歩き......そして、兄は道場に向かう途中で崖から転落して行方不明になった。
そのことを知った父も母も、まさかの事実を受け入れられなくて必死になって探したらしいわ。これも、後で聞いた話。だって私はまだ生まれていないもの。年の差は10歳以上離れているわね。
若干逸れたし、話を戻すわね。結論を言うと、懸命の捜索も虚しく兄は見つからなかった。そして兄は死んだのだというラストを迎えた。行方不明で、捜索をして見つからなかったのだから死んだのだろうってことね。その崖は結構事故も多かったらしくて、兄の死もその一例だってことになった。
それを聞かされたときの両親の反応は、見てないし知らないけど多分“絶望”って言葉が一番似合うんじゃないかしら。だからなのかしらね。そんな時、疲れ果てていた父の頭にとある考えが浮かんだの。絶望に沈んで、それでも必死で手を伸ばしたがゆえに掴んだ最悪の答え。それが、
「もう一度子供を産めば、きっとその子にガリバーが宿るに違いないっ、、!」
狂ってるとしか思えないわ。でも、絶望の闇の中ではそれにすがるしか無かったのかしらね。新しく子どもを産めば、大切に育てて相思相愛だった最愛の息子、“ガリバー”は転生して戻ってくるって。
でも神様って残酷で皮肉好きね。産んだ子供の性別は女だった。それが私。兄が宿るはずだったのに、女の子だったのよ。普通、これで気がつくはず。自分たちは妄言に支配されてたんだって。
それなのに、“この娘は兄の生まれ変わりだ”ってそう強く信じていた両親は私に兄の名前をつけた。『ガリバー』って。それが始まり。
そう、私は兄の代わりとして育てられた。
剣術の天才だった兄。だから私は朝から晩まで剣の稽古をつけられた。
兄は黒髪だった。だから私は地毛だった金髪を黒に染められた。まぁ、正直両親にいい感情は持ってなかったし、引き継ぎたいとは思ってなかったけど。強いて言うなら、クレアが金色の方が可愛いって言ってくれたからちょっと残念かなって感じ。
普段、家の中では自分のことを“俺”って呼んで、無理して明るく活発に振る舞ったわ。女の子らしい遊びも、仕草も禁止。おままごととかじゃなくて、体を動かす遊びをよくやらされたっけ。そんな中でもクレアがこっそりくれたお人形や洋服は、土に埋めて隠していた。大切に隠しておいて、それでたまーに両親が出かけた隙に二人でこっそり遊ぶの。
そんな毎日が何ヶ月も、何年も、ずっと続いた。
* * *
そして私は12歳になった。このときの私には、もう抵抗する感情も何もなかったと記憶しているわ。たまに、『私は本当に兄なんじゃないか』って思うことですらあった。
―――もういっそこのまま、男の子として......
自分を殺して兄を受け入れれば、楽になれるかな。褒めてくれるかな。皆みたいに、私のことも愛してくれるかな......そんな絶望を思ってすべてを諦めかけていた私を、救ってくれたのはクレアだった。
クレアは知ったのだ。父が知り合いに手を回して、私を剣士を目指す男子専用の中等学校に入学させようとしていることを。男の子ばかりの環境に、女の私が入ったらどうなるか……。想像しただけで身の毛がよだつ。両親は私が兄の生まれ変わり、体は女の子でも中身は男だって信じ切ってるから大丈夫なんだろうけど、他の人は違う。きっとバレるし、そんな訳あり色物の私はいい欲求不満の解消相手にしかならないわね。
だから初等学校卒業の日の夜、そんなおぞましい真実を知ったクレアは私の部屋に来てくれた。そしてこう言ったの。
「一緒に、逃げようっ、、、!」
それは私以外の人の前では引っ込み思案で、そして変わることを恐れて外の世界を怖がっていたクレアのものとは思えない言葉。だからこそ、嬉しかった。
クレアがいうには、王都セントニアというこの国の中心に、様々な事情を抱えた子供を無償で保護してくれる教会があるらしい。それを知った私達は王都を目指した。寝静まった深夜、家を抜け出して徒歩で。だから、たどり着くまでは7日くらいかかったっけ。ホント、子供の足のくせに今ののんびりあるきと大して変わらない速さなんて、これが火事場のなんとやらかしらね。
私の手を引くクレアは力強くて、絶望の底にいた私には輝いて見えた。
件の教会は私たちの事情を聞くと、「かわいそうに……」と涙ぐみ、それ以上は何も言うこと無く部屋に案内してくれた。そして男子専用のところじゃなくて、教会が経営している共学の中等学校にも入れたわ。制服はスカート。クレアの物をこっそり着せてもらってた時以来久しぶりに履いたときはなんか恥ずかしかった。自分のことを私って言うのも慣れなくて、たまに俺って言っちゃったりして。
でもそんな私を、クレアや他の子供達は優しく受け入れてくれた。
それがほんとに嬉しかったわ。私を兄の生まれ変わり、“ガリバー・フレイア”としてではなく、一人の女の子として、“リヴァ・フレイア”という女の子として受け入れてくれる場所があったんだって。
リヴァ、というのは通称よ。多分古くの名残なんだろうけど、神から授けられたとされる真名は勝手に変えちゃいけないの。だから私は普段通称で名乗っている。でもまぁ、聖剣魔術学園に登録されている名前は、きっとガリバーのままなのよね……。
あれ? 私、なんでこんな夢見てるんだっけ。私は何をしていたんだっけ。
……多分、大事なことをしていた気がする。
思い出せないけど、きっとそれはクレアに関することだわ。私がなにかに必死になるなんて、あの子絡みのことしかないから。
私は誓った。生きる希望を与えてくれたクレアを、自分が絶対に守るんだって。
そんなふうに考えちゃうのは、男の子として育てられた影響なのかもね。
じゃあ、私はココにいちゃいけない。私のいるべき場所はクレアの隣。
なら戻らなきゃ。今の世界に。夢を醒まして、帰る場所へ。
「―――だって、私の居場所はっ、、、、今、この世界にあるんだから!!」
力を振りぼってフレイアは立ち上がった。その目に再び宿った光。
「にゃっ!?」
その目の鮮やかな光が放つ鋭い悪寒に、アネモネは王様であるクレアを囲んで守護する大盾めがけて打ち込もうとしていた大剣をピタッと止めてフレイアの方を振り向き、そして驚いた。
(あの子、まだ生きてたにゃんてっ―――!)
「クレアーッッ!!」
そんなアネモネの慌てた脳内など知らず、フレイアは必死に叫んだ。 クレアに、盾の中にこもる王様に。感謝してもしきれない、多分一番の親友で最高の相棒に。私はここにいるよって、帰ってきたよって、そして傍に居たいって。
(―――お願い、届いてっっ!!)
(――聞こえているよ。リイちゃんっ......)
その時『パカッ』と大盾の正面が開いて、中にいるクレアの姿があらわになった。巨大な球の一部が四角形に切り取られたように開き、その中に居たクレアは笑顔で微笑んでその手をスッと伸ばした。
「任せて、、リイちゃんっ!」
阿吽の呼吸というやつか。クレアは、フレイアがやりたいことがすぐに分かった。言葉なんて全く交わしていないし、予め決めていたわけでもない。テレパシーなんてもちろん使っていない。でも、分かった。
「あ、れ?」
クレアの声に気づき、アネモネがギギギと首を背後に向けた時にはもう遅い。ぐるりと球体に形作られた大盾に囲まれていたはずのクレアと目が合った、その時だった。
「防壁変化ッ!! バインドッッ、、!!」
クレアの正面を守護していた大盾の一部がガタンと外れ、それが光となってアネモネに襲いかかったのだ。そしてそれは二枚の盾、いや壁となって蒼樹の神剣を挟み込む。
「にゃっ、、! こ、このっ!!」
予想外の攻撃に面食らいながらも、アネモネは慌てて挟まった剣を引き抜こうとした。
だが、その一瞬が命取りとなる。アネモネの意識がクレアでもフレイアでもなく自身の剣に向いたその一瞬を、決して見逃さない。
「……火ノ小太刀、、開眼せよ」
フレイアの両手からブワッと炎が吹き出て、それは短剣を形作った。
―――足が、体が重いっ! ……でも、クレアがせっかく作ってくれたチャンスを、絶対に無駄にはしないんだからっっ!!
フレイアは感覚の薄れた足で、それでも地面をグッと蹴ってアネモネの背後めがけてブンッと双剣を振り下ろした。
「……私の、いや私達の......勝ちねッッ!!」
(にゃっ、、!! 防御が、、間に合わないにゃっッッ!!)
振り終え押された火ノ小太刀がアネモネの背中にズシュッと十字の傷を刻んだ。そして、傷口から鮮血が吹き出す。その傷の深さと痛みにアネモネは大剣を握っていた手を放し、二三歩よろめいた。
「……はぁはぁ、、、、ご、めん、、ムーちゃん。ネモは、、ここまで、、だにゃ―――」
フッと笑ってドサッと地面に倒れ込む。そして、その体はフワッと柔らかな光となってパッと霧散した。新人戦が行われているのは異空間。そのため、ここで一定以上のダメージを受けて死のうと現実世界で命を落とすことはない。だが、この異空間に限って言えばこれは間違いなく......
それを見届けたフレイアがゆっくりと、重い体を引きずりながらクレアの方へ近づいてニコリと笑った。
「クレア、、、勝ったよ」
「……うん。リイちゃん、、やったんだね......!」
エヘヘとピースサインを見せるフレイアに、クレアは色々と昔のことを思い出し、涙の溜まった表情でクシャッと笑った。そう、そのピースと笑みの示す通り、これは紛れもない二人の勝利だった。二人は満面の笑みでガツンと拳をぶつける。
「……ヘヘ、じゃあ、、あとは任せたわよ。クレア、トーチ……――」
そんな満ちた笑顔のまま、フレイアの体が後ろへグラっと傾き、仰向けに倒れ込んだ。そして、フレイアの体も光となって消える。
「……また、無理したでしょ、リイちゃん。私のために。……うん、私は本当に幸せだよ。こんなに最高の、相棒がいるんだからね、、、、」
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