274話 移動都市オリハラ――組合――
冒険者ギルドは盆地であるオリハラのちょうど中心にあった。そのため宿からそこまで随分と遠い距離を歩かされることになったアザミ達。だが、王都とは違ってここでは魔術を自由に使うことが出来る。つまり高速移動魔術を用いて楽に移動できるのだ。普段は学園の規則で禁止されていても、流石に異国にはその効力も及ばない。
「……とはいえ、もう昼過ぎなんだな......」
オリハラは盆地だ。加えて、亀の背中にあるため標高が高い。ゆえに日が昇る時間は遅く、沈む時間は早いという特徴があった。アザミが窓から差し込む光に目を覚ました時点で時刻はすでに昼前だったのだ。それから魔術を駆使して歩き続け、今は昼を優に回っている。
それでもさすがにオリハラは王都よりかは狭い。歩き続ければ冒険者ギルドにだっていつかは着ける。
その通り、高速移動魔術を解いてアザミたちはスッと立ち止まる。すでに目的地に到着していた。その目的地、冒険者ギルドは石造りの大きな洋館だった。この都市の中心で、なおかつ統治組織ということもあってかそこには冒険者らしき人がたくさん見受けられた。アザミたちはその賑わいの中、冒険者ギルド内に足を踏み入れる。
「ここが冒険者ギルドか......初めて来たね。クロトは来たことあるかな?」
「私も初めてです、トーチパイセン......」
建物の外観もそうだが、中も流石の豪華さだった。高級そうな武具を身に着けた冒険者がゴロゴロいる。それに対応するギルドの職員もきっちりした服装で丁寧な物腰だった。その中でアザミたちは呆然とその絢爛さに目を奪われていた。
そもそも冒険者ギルド、とはイシュタル帝和国のあちこちに設けられた冒険者のための組織だ。冒険者という職業自体はアズヘルン王国にもある。例えばアザミ達が第一学年の時に攻略したクリムパニス大墳墓のように王国内に存在しているダンジョンや迷宮を攻略して宝を見つけたり、未開拓の地を切り開くようなこと―――そのようなことを生業にしているのがアズヘルン王国の冒険者だ。
だが、イシュタル帝和国の冒険者は少し違う。ダンジョンも迷宮も大方攻略され、そこに研究物としての価値しか無くなったために廃れた王国の冒険者と違って帝和国内では冒険者はまだまだ発展した職業だ。イシュタル帝和国内に未開のダンジョンが多く転がっているのがその理由。そのため各地に冒険者ギルドという組織を設置して冒険者の統率、商人との仲介、仕事の斡旋を行っている。役割的には王国の騎士団と似たところがあるかもしれない。
そしてそんな冒険者ギルドが統治するオリハラでは、上の業務に加えて入国者の管理まで行っている。オリハラは移動都市で、さらに非常に硬い硬度を持つため要塞化すればかなりの戦力になる。なので天帝派・反乱軍のどちらもに対して中立を宣言していた。そうすることで戦争に巻き込まれないようにしているのだ。天帝派、反乱軍の面が割れているメンバーは入国させないようにしたり、と。そんな中、アザミ達は二ヶ月間の滞在中に不自由なく動くためにも冒険者ギルドで滞在の申請を行う必要があった。
「登録はしても冒険者になる必要はない、だよな?」
「なってもいいと思うが僕は反対だね。面倒くさいし、みすみす危険に足を突っ込みたくない」
冒険者ギルドに登録しようが依頼を受けなければ、ニートしていれば何の問題もない。戦い大好きなシトラは残念そうに肩を落としていたが、アザミは余計な危険も体力も払いたくなかったので別に冒険者になる意志はなかった。それはファルザも同じ。だがとりあえずコウニにも言われた通り、登録だけはしなければならないので近くの受付に赴いてギルドへの登録を申請することにした。
「何名様でしょうか?」
「えっと......9人です」
セラやテュリを加えるべきか一瞬迷ったが、仲間はずれも可哀想だなとのことでアザミはとりあえず全員の人数を申告する。ギルドの職員もアザミ達が旅人だと理解し、特に依頼をこなそうというつもりもないことを見抜いたのか、大分適当に資料を制作し始める。説明もこころなしか作業的だった。
「……えー、冒険者経験がないとのことなので始めはEランクとなります。受けられる依頼は自分のランクのひとつ下からひとつ上までとなっています。手に入れた宝物の鑑定、監禁がお望みでしたら当ギルド他国内各地の冒険者ギルドに持ち込みいただければ可能です。なお、以来の仲介料として報酬の一割を当方がいただきくこととなります、よろしいですね?」
よろしいも何も、特に冒険者稼業に興味がないアザミたちは適当に相槌を打ち、発行された冒険者カードを受け取る。これがあればオリハラから自由に出入りすることが叶い、都市内でも制限なく行動できるわけだ。例えば、冒険者以外立ち入り禁止のところへも行ける。更に冒険者という職はイシュタル帝和国内でも一定のステータスを持っているため、首都に着いてからの行動も楽になるだろう、そう予想された。なのでとりあえず持っておいて損はない。
「……冒険者カードなんてはじめて持ったにゃー。存外、良いもので気に入ってるにゃ」
「ネモはそういう珍しいもの好きだよな」
「さっすがぁ〜分かってるにゃ、ムーちゃん。でもネモちゃんの珍しい物好きは昔から、だにゃー」
キラキラした目で自分の冒険者カードを見つめるアネモネの言葉にレインは少し悲しそうな表情を浮かべる。昔から、なんて言われてもレインの記憶には無かったから。悔しさと同時に申し訳無さが襲ってくる。だが、そんなレインに気がついたアネモネが「気にしないでいいにゃ」とレインの頭をポンポンと撫でる。
「……ムーちゃんが笑顔にすること、それがネモちゃんの役目だにゃ。だからそんな顔はしないでほしいにゃ」
「う、うん......ありがとう」
そんな微笑ましい二人。アザミたちは冒険者カードも受け取り、ギルドへ登録するというイシュタル帝和国内で動くのに都合がいい作業も終わらせ、ギルド本部から立ち去ろうとする。だがその時、アザミたちの隣で受付をしていた冒険者らしき3人組の方から大きな声がした。
「なんやて!? なんでウチラが冒険者として登録できないっちゅうねん!」
「おっ、落ち着いてよヨーキちゃ......大声出してオデ達目立っちゃってるからさ、、」
「なんでウチが起こられなあかんねんタローッ!! こうなったら徹底抗議や! おかしいやろ、冒険者ギルドの登録は4人以上やないとアカンって!」
「あっ、あの......他の冒険者様の迷惑になりますので、、」
バンバンと机を叩いてご立腹の女性、ヨーキを太った男、タローが止めていた。その喧騒にギルド内からヒソヒソ、ジロジロと指さされていたが特に気にしていない様子だった。その大声にアザミたちも足を止め、最初は「なんだ?」と見ていたが特に収拾がつかなさそうなので気にせずギルドをあとにすることを決める。だが、そんなアザミたちを呼び止める声があった。
「―――待ってください」
その声はギルドの職員に文句を言っている3人組の一人、落ち着いた様子で椅子に座っている少女だった。腰には剣を携え、王都では見ないタイプの珍しい武具に身を包んでいる。その珍しい武具に目を奪われていたシトラだったが首をブンブンと振ってその雑念を追い払い、アザミにそっと質問する。
「あの武具は何......じゃなくて、どうして冒険者は4人以上でないといけないのでしょうか?」
「……俺は冒険者というものに詳しくないから理由は定かじゃないが、おそらく危険だからじゃないか? ランクが低いということは弱いということ、そうなれば当然死ぬ危険も高くなるだろう。だからできるだけその可能性を軽減させるために“4人以上”という制限を設けているのだと思う」
アザミの想像は当たっていた。低ランクのうちからデュオだったりソロだったりするとせっかくの冒険者がどんどん死ぬことになりかねない。だから低ランクのうちは4人以上で行動する、という制限がついていたのだ。だが、アザミたちを呼び止めた少女は余裕そうに笑みを浮かべていた。その笑みになんだか嫌な予感がするアザミ。だが残念なことに、想像だけでなくその勘までも当たっていた。少女はアザミたちを指差すと、受付にこう言った。
「私達3人、この人達とでパーティーを組むことにするわ。そうすれば問題はないのでしょう? ちょうどこの人達も今ギルドに加入したばかりのようだし......」
その想像の斜め上を行く発言に「え?」とさすがのアザミ達も皆困惑していた。どうしたら見ず知らずのアザミたちとパーティーを組む、なんて突拍子もない案が飛び出すのだろうか。アザミは当然そんな提案は突っぱねるつもりだった。だが、少女の瞳は『まさか断られるわけがない』と言わんばかりの自信に満ち溢れ、アザミをまっすぐに見据えていた。そんな目に逆に押されるアザミ。ふと「もしやただの冒険者ではない―――?」という一筋の疑念が脳裏をよぎる。だが、困惑していたのはアザミ達だけではなかった。
「ちょっとメグミ! 何言うとるんや! 確かにウチラ3人で“トリニティー”として冒険者やって来たから3人揃って新しくギルドに登録して活動の幅広げたいんは確かや。でも、ギルドの奴らがウチラを認めへんっちゅーならもうそれでいいやないか! ギルドに登録せーへんくても今まで通り野良でやってけばいいやないか!」
「それはダメよ、ヨーキ。野良じゃ限界があったからこうしてギルドに来ているのでしょう?」
「……オデもメグミちゃに賛成だお。別にあの人達と組んでも良いと思う」
メグミの言葉だけでなくタローからも説得され、興奮するヨーキも渋々納得したようだ。おそらくギルドに登録しないことにより被る不利益と、アザミたちとともにパーティーを組む事になってもギルドに登録することで得る利益を勘定したのだろう。納得した様子の二人に満足そうにうなずき、メグミがアザミの方を振り向く。
「……ということで、よろしくお願いするわ」
「なんで俺達がすでに了承したってことで話を進めているんだ?」
マイペースというか傲慢というか、自分勝手とも言えるメグミの態度と言動に珍しく若干イライラした表情を見せるアザミ。だがそれでもメグミは怯む様子を微塵も見せない。それどころか椅子から立ち上がり、笑顔でアザミの方へ歩み寄ってくる。
「了承してくれますよ、あなたは。……だってメリットがあるんだもの、、」
「……俺達にメリットがある、だと?」
「ええ......」
メグミはアザミの前に立つとニコリと微笑んでスカートの裾を持ち上げ、軽く膝を曲げて礼をする。
「私は冒険者パーティー“トリニティー”のリーダーをしているメグミ・オーグル。……あなた達と同じくあの“内乱”に赴こうとしている者よ―――?」
その悪戯な目にアザミはゴクリと息を呑む。
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