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269話 近くて遠い戦争――邂逅――

「……俺の話は全く聞かずに、ですか?」


 それでも、取り付く島がなくてもアザミは諦めるわけにはいかなかった。なんとか追いすがる。トーチとクロトの思いは叶えてやりたいし、アザミも元魔王としてこれ以上魔界が暴走するのを見ていられなかった。だから、なんとしてもイシュタル帝和国に行きたい。だがサラも『ダメだ』という姿勢を決して崩さない。


「何をしようとしているかなんて聞かなくても何となく分かるわよ、アザミくんってそういう人だから。……ねぇ、戦争に飛び込もうとしているんでしょ?」


 正解だった。口をつむいで否定しないアザミにサラは「やっぱりね」と息を吐く。


「……どうしてもダメですか?」


「いやいや、ダメでしょ。騎士団としてもわざわざ火中に飛び込むメリットがないもの。それよりもこの先あるかもしれない魔界との戦争のことを考えてウチの戦力を整えるほうが大事だわ」


 その意見は至極まっとうなものだった。それに関しては反論の余地もない。確かに、今のアズヘルン王国に必要なのは隣国への支援ではなく、この間に自国の力を高めることだからだ。だが、それでもアザミだって引き下がれない。許可が出なかったとしても勝手に行けばいい、というのはある。だがそれでは幼い頃に誓った“居場所を守る”は果たされなくなる。


(……国境を無理やり越えてイシュタルに行く......なんてやれば確実に国外追放、か)


 そんな事をすれば双子にこの国での居場所がなくなることは目に見えていた。だから許可を得た上でイシュタル帝和国に行って魔界と戦う、それがアザミの中で最善の策なのだ。だが、相手の意見は正しくて切り崩せない。だからアザミに残された手段はもう頭を下げるしか無かった。


「……そんなことしても私は譲らないわよ。私だって騎士団に所属している身なのだし、いくら初恋の子からの頼みでも国にとってデメリットなことに頷けるわけがないでしょ?」


 それが正しい。アザミの意見はただの感情論で無茶なことだ。そんな剣では一本硬いサラの軸を折ることなんて出来やしない。だから、たとえ相手の方が言っていることが正しいとしても頭を下げて向こうから折れてくれるのを待つしか無かった。


「……譲らないって言ってるのに。困った後輩ね、君は」


「負けず嫌いは兄妹共通なんですよね―――」


 その姿勢に「……分かったわよ」と全身の力を抜くサラ。その言葉を聞いてアザミがバッと顔を上げる。


「今、チョロいって思ったでしょ」


「オモッテナイデスヨー」


 サラのジト目にそのままスーッと目を逸らすアザミ。まあ、実際ちょっとそう思ってしまったアザミだった。サラは呆れた顔で、それでもアザミに紙切れをポンッと投げつける。丸まってクシャクシャになったその紙を開いたアザミの表情が変わる。


「これはっ......」


「……言った通り、私はアザミくんの意見に同意できないわ。でも、仲間のために戦う君はカッコいいと思うし、応援だってしてあげたい。だからせめて紹介だけしてあげるわ。……君と目的の合う相手を―――」


 紙に書かれていたのはとある場所の住所だった。そして、その番地はアザミにとっても知った場所だ。アザミはサラにペコリと頭を下げて急いで紙に書かれていた場所目指して駆け出す。ひとり取り残されたサラは「はぁ、、」と椅子にもたれかかり、天井を見上げる。


「……結局手を貸しちゃうのよね......あの一途なトコに惚れちゃった私が悪いのかしら、、」


 それでもサラは口元に笑みを浮かべる。今でもアザミの“戦争に飛び込む”という無茶に賛同はできない。だが、譲歩レベルとはいえ手を貸したことを後悔してはいなかった。


(……ま、まあ......おおっぴらに協力したわけじゃないから怒られないわよね、、)


 後悔はしていなかったが、このあとで自分は怒られるのではという恐怖は感じているサラだった。


 * * * * * * *


「……本当にここ、、なんですか?」


「サラさんが言うにはな。ここに俺たちと目的が同じ人がいるらしいが、、、」


 アザミと、いつの間にか合流したシトラは夕暮れの中不気味な雰囲気を放つ教会の前にいた。そこはかつて王都を襲った憎悪の魔王(ニーナ)が預けられているところ。今は記憶もなくし、純粋なシスターとして毎日神に祈りを捧げているというが、そこに協力者がいるとサラがアザミに渡した紙には書いてあった。


(……とはいえ本当にここであっているんだろうな)


 アザミもニーナの様子を見るために何度か教会には足を運んでいるが、正直この教会にそんな権力者がいると思えなかった。そんな人には出会ったこともなかった。優しいシスターしかいないこの教会に本当にそんな人がいるのか、だんだん不安になってくるアザミ。だがサラに渡された紙に書かれている番地は何度見てもこの教会のものに間違いない。


「……よしっ、もう信じるしか無いな、、」


 覚悟を決め、アザミは教会の扉に手をかける。ギギィ......と軋む音とともに教会の扉が開く。中にいたのはニーナだった。膝を付いて指を組み、目を瞑って静かに祈りを捧げていたが、ふとアザミとシトラの姿に気がつくとパァーッとその表情を輝かせて駆け寄ってくる。


「アザミおにーちゃん!!」


「だーかーらー、、アザミを兄と呼んでいいのは私だけですッッ!!」


 両手を広げてアザミの前に立ちふさがるシトラ()とアザミに抱きつこうとしたのを邪魔されたニーナ(シスター)がバチバチとにらみ合う。そんなよく見る光景にアザミは頭を抱える。


「飽きないなお前ら、、っと、今は違う違う。今回はニーナに聞きたいことがあって来たんだ」


「ニーナにおにーちゃんが聞きたいことぉ? うんっ! 何でも聞いてね」


 黒い修道服のベールの下でニーナの瞳がワクワクと嬉しそうに揺れていた。シトラは“これは必要なこと……”と我慢しながらもイライラした様子で長椅子の背もたれをトントンと叩いている。そんな二人の様子にため息をつきながらも、アザミは早速ニーナに尋ねる。いや、尋ねようとしたその時スッと教会の前の方から人影が立ち上がった。


(ニーナ以外に人がいたのか!? ……それにしても俺たちに気配を気づかせないなんて、アレは只者じゃないな、、)


 アザミと同じように人の気配なんて一切感じていなかったシトラもビクッと肩を震わせ身構える。そんな双子の元へ、その修道服に身を包み十字架と聖書を持ったその男はのそのそと歩いてくる。敵か味方かわからない中教会に漂うピリッとした緊張感にアザミはゴクリとツバを飲む。だが、そんな双子に反してニーナはニコッと笑うとその男の隣に立った。


「この人はこの教会の神父様、ファルザ様だよ!」


「……神父なのか!? いや、それにしても初めて見たな、、」


 ファルザ、と紹介された男がスッとその手を差し出す。アザミはその手を握り返す。


「よろしく、迷える子羊」


「よろしくおねがいします、あと俺は子羊じゃなくてアザミ・ミラヴァードです」


「アザミ......ああ、なるほど、君があのアザミか、、」


 ファルザはアザミの名を聞いて知ったような反応を見せる。


「俺を知っているんですか?」


「まあね、一応君僕らの中じゃ有名人だし。遠く離れていても噂は聞いていたよ」


 最初の怖そうな雰囲気とは裏腹に言葉も態度も優しいファルザにアザミは警戒を緩める。そしてサラに渡された紙のことを思い出す。その“目的が同じ人”とはこの人なのでは、と。


「……あの、あなたは一体、、、」


「ああ、自己紹介が遅れた。僕はファルザ・セイントワーズという。この教会の神父で王都騎士団所属、円卓の騎士の第陸席だ」


 なるほどな、とアザミはその尋常ではないオーラの正体に納得する。王都騎士団、それも円卓の騎士―――たしかニーナ戦の時に“第陸席は不在だ”と聞いていた。その空席がファルザならサラの言う“協力者”の件についても納得だった。


「……あなたがそれほどの力を持つ神父様なら話が早いです」


「あっ、あと敬語はやめてくれ。僕は君のひとつ下だからね」


「……本当で、、本当か?」


 コクリと頷くファルザ。アザミよりもゆうに高い身長、冷静で落ち着いた風貌にまさか年下だとは思えなかった。アザミは驚きしばらくまじまじと全身を観察していたが、シトラにツンツンと小突かれて本来の目的を思い出し、そしてようやく本題へと入る。


「……俺たちはサラさんから情報を得た。この教会に俺たちと同じ目的―――イシュタル帝和国で現在起こっている戦争に首を突っ込もうとしている人がいると。それはもしかして、ファルザのことか?」


 アザミの言葉にピクリと眉を動かすファルザ。少し考え込んで、そして「うん」と頷く。


「いかにも、僕だ。僕は姉さんとイシュタル帝和国へしばらく布教活動に行っていてね。その間に戦争が起きてしまったんだ」


「……姉さん? そうか、ファルザはその取り残された姉を救うために東へ―――」


「いや、違う。姉さんは自らの意思で残った。一応姉さんも僕と同じ、第陸席だからな。僕が居なくても帰ってくることぐらいは出来る。……姉さんはあの国の人達を救うために向こうに残った。でも、所詮僕ら姉弟に出来ることなんて限られている。だから僕が援軍を求めてアズヘルンへ帰ってきたのさ」


「それなのに、ファルザさんは援軍を断られたと......」


 シトラの言葉に残念そうに頷くファルザ。その話に全貌が見えてきた。アザミは脳内で状況を整理する。


(ファルザとその姉は戦争開始時にイシュタルにいた。その後姉は戦争に助力するために残り、弟のファルザは援軍を求めて帰国した。だが、俺たちと同じく騎士団からは援軍を拒否された、そういうことか、、)


 騎士団の姿勢が『窮地の国に支援する暇があったら自国の兵力を増強させるべき』『余計なことに首を突っ込むな』である以上、ファルザの求める援軍がアザミ達と同じように断られるのは道理が通っている。


 だが、そのおかげか今アザミたちとファルザの利害は一致していた。


「アザミたちはイシュタルの戦争に首を突っ込もうとしているんだろう?」


「ああ、俺たちの目的はクランメンバーの家族を守るため。そのためにも何とか戦争を止めたい」


「……戦争を止める、か......僕と姉さんと同じだ」


「そう、俺たちもファルザも戦争を止めたい。でも、ファルザは援軍を得られず、俺らは東へ行く手段がない―――」


 アザミの言葉にハッとした表情を見せるファルザ。アザミの両肩をガシッと掴んで、その目を真っ直ぐに見つめる。


「―――僕には東への布教に戻る、というイシュタルへ行く理由がある。もしも君たちが僕の援軍になってくれるなら、、、」


「一緒に戦おうじゃないか、ファルザ。俺たちは東への足を得られる。ファルザは俺たちの助力を得られる。……どうだ? 俺たちを東につれてゆけ―――!」


 アザミがニヤリと笑う。サラがアザミに渡した紙は間違っていなかった。確かに、これなら騎士団に迷惑をかけることも国外追放になることもない。ファルザとアザミ達が手を組むことには互いの利があった。

ファルザもそれを理解し、ニヤッと笑い返してアザミの手を再び強く握る。


「―――乗せてあげるよ、君たちを僕の船に。共にイシュタル帝和国に行こうじゃないか」


 船を動かすのはファルザ、乗るのはアザミ達―――。アザミもその手を強く握り返し、そしてホッと胸を撫で下ろす。これで東に行くことが出来る。サラのおかげだった。心の中で感謝する。シトラも「ふぅー」と肩の力を抜いていた。


「これで魔界を止められますね、アザミ」


 そんな至極普通のシトラの言葉にファルザはなぜか首をかしげる。その仕草に引っかかりを覚えるアザミ。「なにかあるのか?」とファルザに尋ねる。だが、その答えとしてファルザの口から出た言葉はアザミが想像もしていなかった言葉だった。


「魔界? いや、僕の言っている戦争っていうのは......“内乱”だよ―――」

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