266話 シトラの奇策
ゴーンと時計塔の鐘が鳴り、王都祭の終わりを告げる。いつもよりも縮小された王都祭だったが終わってみればそれは大成功。アザミの立てたテーマ通り参加した客は久々に味わう日常に満足して帰っていく。
そんな大盛況の王都祭も残すは後夜祭のみになった。後夜祭では魔術を用いて夜空に絵を描いたり、曲に合わせてドンチャン踊ったりと王都祭の盛り上がりそのままに最後を締める、いわゆる最終幕というものだった。そして一部生徒や参加者の間では『後夜祭こそ本番』と言う者もいるほどの盛況具合を見せる。
「……フフフ、私の思惑通りシトラちゃんは実行員に入らなかった。これでイチャイチャできる時間も減らせたわね。そして私は元生徒会長、そして騎士団特権でアザミくんを連れ出すのよ!」
サラは皆が盛り上がる中、すっかり人の居なくなった実行委員本部へ向かう。王都祭の夜を一緒に過ごした人とは永遠の関係に成れるとか、まあそういう噂が飛び交っている。サラはその噂を信じているわけではないが、たまにはアザミと、初恋の少年とこういうロマンチックな光景を見てみたいという純情な心があった。
「やあやあアザミくん。王都祭実行委員長としてのお仕事お疲れ様ね」
「サラ先輩......ありがとうございます。先輩は前回の王都祭に関わっていたんですよね? それと比べるのはおこがましいですけど......結構よく出来ていませんか?」
王都祭は3年に一度開催される。サラは第一学年の時に王都祭に生徒会として関わっていた。アザミの言葉にふと当時を思い出して哀愁を覚える。
「……そうね......規模はこれより大きかったけど、それでもお客さんの笑顔はあの時と変わらないわ。ほんと、皆楽しそう―――」
「それは良かったです。実行委員長なんてガラじゃないと思ってましたけど......やってよかったって思いますね」
アザミが嬉しそうにニッと笑うのを見てつられて笑顔になるサラ。だがサラはアザミとこんな世間話をしに来たのではない。アザミを後夜祭に誘い、シトラを差し置いて楽しんでやる―――というゲスな目的があるのだ。
「……そうそうアザミくん。疲れたでしょ? ちょっとくらい羽、伸ばしたくないかしら?」
「えっ、、でもすみません。俺は実行委員長なんでここから動けないんですよね......」
アハハと申し訳無さそうに苦笑するアザミ。二人がいるのは実行委員本部。学園の校庭に設置された何でもセンターだ。なお、他の実行委員のメンバーは後夜祭に出かけている。全員が後夜祭に休みを設定したため、必然的にアザミは後夜祭に参加出来ずここに残されている、というわけだ。なので、離れるわけにはいかない。
「どうしても、ダメ?」
「そうですね。実行委員長なんで」
「シトラさんと約束してるとか、そういうことはないわよね?」
「なんでそこでアイツの名前が出るんですか、サラ先輩。……確かになんか言ってましたけど、俺は兄妹より仕事優先ですから」
そう言ってさっきまで目を通していた資料を再びパラパラとめくる。それを見てサラが「はぁ」と深くため息をつく。アザミはそれを横目に作業に没入しようとする。が、集中する前にその制服のネクタイをサラにガシッと掴まれ、グイッとその顔が近づけられる。
「な、なんですかサラ先輩......」
「……まったく、あなたの勝ちよシトラちゃん。やってくれたわね―――」
眉間にシワを寄せながらアザミに怒りをぶつけるようにグワングワンと揺するサラ。「ちょっ、やめてくださいサラ先輩!」とアザミは抵抗するがサラの指は固く、解けない。
「……非力なのね、アザミくん」
「うるさいですよ、サラ先輩。……力はシトラのほうが強いんです、、」
恥ずかしそうに目を逸らすアザミにサラはニコリと笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「……違うわよ。アザミくんはもっと力強いわ。ねぇ、君は一体......誰―――?」
その言葉にピシッと固まるアザミの表情。それでも「いやだなぁ〜」とごまかし笑いを浮かべる。だが、もう遅かった。サラの指先に魔法陣が小さく展開される。それを見てごくりと息を呑むアザミの耳元でサラがそっと囁く。
「……アザミくんは私のこと、“サラさん”って呼ぶのよ?」
「―――ッ!?」
サラの細い指先がそっとアザミの唇に触れる。その瞬間、その術式がパッと解けてその素顔が露わになった。
「……やっぱり、ね。その術を一度見ていて良かったわ。そうじゃなきゃ対抗術式が作れなかったもの。……シトラちゃんに頼まれたのね、リゼ―――」
悔しそうに唇を噛むポニーテールの少女、リゼがそこにいた。アザミの姿はどこにもない。吸血鬼であるリゼは血を吸った相手の姿に化けることができる、それをシトラは利用したのだ。
『協力してくれたら魔王シスルの裏話、聞かせてあげます』
『―――よろこんでっ!』
それも、格安で。そんな恋する乙女の気持ちを利用した策士シトラの姿は星見塔にあった。そこはかつて、夏のニーナとの戦いで利用され、そして戦闘によって半壊した建物。だが時は経ち、もう大方の修復を終えてほぼ以前と変わらない姿へと再建された学園の時計塔を除けば最も高い建物。
「……ねっ? 私の言ったとおりじゃないですか」
「ああ、そうだな。リゼを利用して俺の替え玉を作るなんてシトラにしては良い作戦だな」
「……私にしては、ですか。むぅ......なんでしょう。褒められている気がしません、、」
「ハハッ、褒めてるよ」
アザミが隣に立つシトラの金色の髪をそっと撫でる。暗闇の中、その頬がほんのり赤く染まっていく。シトラは一歩アザミの方に肩を寄せ、そして呟く。
「……綺麗ですね、この街は、、」
「綺麗だな、、」
眼下に広がるきれいな王都の町並みが魔術が描く夜空の絵を引き立たせる。この絶景を守るために何人もの人が命を懸け、そして今の今まで繋げてきたのだろう。アザミは軽く息を吸い、そして吐く。今のこの時間を味わうように。
「……なあ、シトラ。ちょっとこっち向いてくれるか?」
「なんですか......?」
シトラはその言葉にドキッとしながら、それでもそれを悟られないように言われた通りアザミの方を向く。だが向いた途端、パチンと軽い痛みが額を襲う。と同時にふわっと暖かな何かを感じる。
「なっ、何をするんですか―――!」
「えっ? ちょっと魔法をかけた......」
魔法という名のデコピンをシトラに食らわせたアザミがいたずらっ子のように笑っていた。シトラは額を擦りながら「何の魔法なんですかぁ、、」と頬をふくらませる。
「……これから起きる何かへの保険、かな。もしものときのための魔法、、」
「魔法をかけたって......フフッ、あなたは王子様か何かですか?」
「ハッ、馬鹿言え。俺は魔王様だ―――!」
バッと大きく手を広げるアザミの前髪を風が揺らし、その背後でパァーッと魔術の花が咲く。シトラはハッと息を呑む。そんな光に照らされたアザミに不意にときめきを感じてしまい、心がキュッと痛んだ。シトラは胸を握り締め、ストンとアザミにその体を預ける。
「……ご褒美か? 王都祭を頑張った俺への」
「そんなものです。しばらく......こうしていてもいいですよ」
アザミは拒絶すること無くその背中に手を回し、ポンポンと撫でるように優しく触れる。シトラは目をつむった。そうすることでアザミの匂い、そのどくどく脈打つ心音をより堪能できたから。
だが、その綺麗な王都、綺麗な空の下で楽しそうに笑う者たちの中でもほんの一握りの者たちは気がついていた。この楽しい思い出は嵐の前の静けさ―――その“静けさ”に他ならないのだと。
「メラグロードくん、君も鍛錬を怠らないようにね」
「愚問ですよ、エリシア様。俺はあなたの剣ですから」
騎士団本部でその瞳をキラッと輝かせるエリシアだったり。
「……オルテウス様、あなたも感じますか? 破滅の足音の香りを―――」
「うん、まあね。でも君からも香るよ、エレノア団長? 気をつけなね」
学園長室でその空を見上げるエレノアとオルテウスだったり。
「リゼちゃん。魔界から、イドレイから聞かされてることはない?」
「ないですよ。知ってることは以前話したことで全部です。私、下っ端なんで。……で、そろそろ恥ずかしいのですが、、」
王都祭後夜祭を楽しむ観客の中、同じく空を見上げるサラ。そしてシトラに協力したという腹いせにサラからミニスカメイド服なる格好をさせられて赤面するリゼだったり。
「……そろそろ来るね。あーあ、災厄の前にシトラさんといい関係になりたかったんだけどな」
「大丈夫ヨ! 兄貴にはシャアがいるんだヨ!!」
後夜祭を一緒に回りたかった女性にフラレて妹と出店を回るトーチだったり。
「どうかしたのです? 神父様......」
「……ちょっと焦っているんだ、シスターニーナ。でも大丈夫。待っててよ、姉さん」
教会の長椅子に座る神父の男だったり。
そして、星見塔の上に立つアザミとシトラだったり。
「……楽しい思い出はここまでかも知れないな。それでもついてきてくれるか? シトラ......」
「愚問です。だってこんな綺麗な星の下でかつて誓ったじゃないですか。私はあなたの横で戦うと―――」
アザミとシトラは互いに顔を見合わせ、そしてニッと笑い合う。
そんな予感通り魔界が人界に宣戦布告をしたのはそれから僅か数日後のことだった。
〜9章「双星と聖剣魔術学園 〜王都祭編〜」完〜 to be continued……
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