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263話 その気持ちの行方

 トーチはシャーロットの背中が完全に見えなくなったことを確認してそっとシトラの隣に立つ。


「……このあとって用事あったかな?」


「用事、ですか......特には。シャーロットとお昼ごはんを食べるつもりでしたがそれも無くなってしまったので、、」


「それならさ、僕と王都祭フェスタを回ってくれないかな? 僕もお昼まだなんだ。ご飯を食べて、そして後夜祭も......どうかな?」


 トーチの差し出した手をシトラがじっと見つめる。だが、その手を取ることはなくシトラは静かに首を横に振った。


「……お昼ごはんはぜひ、ご一緒したいです。私は魔術が苦手なので、基礎的なところを聞いてみたいですし。アザミのやつ、基礎を教えるのは苦手みたいで」


「もちろん、教えるよ。それで後夜祭は―――」


「ごめんなさい、トーチくん。後夜祭はすでに一緒に回る相手を決めてしまっているものですから」


 苦笑し、丁寧に頭を下げるシトラの姿にトーチはギリッと歯ぎしりをして言葉を絞り出す。一緒に行く相手、なんて一人しか思い浮かばなかったから。


「……アザミ、かい?」


「ええ。約束をしていますから」


「―――無理だよ。彼は実行委員長だ。決してフリーにはなれない! なのに、、、どうして......」


 それなら僕でいいじゃないか、トーチは言いかけた言葉を飲み込む。悔しかった。完璧な作戦を敷いてなお、真っ直ぐにアザミの背を追うシトラの姿が。そんな想いは叶わない、叶ってはいけないはずなのに。


「……どうして、シトラさんはアザミを選ぶのかな? 僕は君が好きだ......そう、夏に想いを伝えた時君は言ったね。“まだ、分からない”と。まだ“好きという気持ち”が分からないって」


「ええ、分かりません。アミリー先輩とクトリ先輩の姿を見ても、まだ分からないのです。この胸のざわめきの答えとは一体何なのか、、」


 それはアザミへの憧れなのか、兄としての尊敬なのか、はたまた魔王としてのアザミを認めているのか。……もしくは、本当に純粋な“恋”の気持ちなのか。


 その答えをシトラはまだ分からないままだった。それは兄妹の間で、魔王と勇者の間で成立してはいけないものかもしれない、だから知りたくないと無意識に蓋をしているのだろうか。


「それでも、ごめんなさい。私が優柔不断で何も知らないからトーチくんを待たせてしまった......でも、今やっとわかりました。私はトーチくんが好きです。……良き友人として」


 そう返されると分かっていたはずなのに、薄々感づいていた答えなのにトーチの頭は一瞬真っ白になった。期待して待ち続けて、策を練って......それでも届かないなんて。


「……シトラさんは僕よりもアザミを選ぶんだね、、」


「はい。この気持が何なのかは分かりません。でも、私にとって大切なのは......隣に立ちたいと願ってしまうのはやはりアザミでした―――」


「……たとえそれが許されないものでも? 兄と妹、なんて禁断の恋だとしてもかい?」


 妹が、ネロがいるトーチは理解が出来ない。兄妹の間に恋心が芽生えるなんて。それでも、分からなくても、その時トーチは確かに“分かった”。コクリと頷いたシトラの所作と表情。トーチははっきりとその気持ちを理解した。


(……それはさ、シトラさん......恋だよ、紛れもなく、、)


 トーチはシトラにこれ以上何も言えなかった。相手の気持に気がついてしまったら、もう何も出来なかった。

 ふぅ、と息を吐いて空を見上げる。そうしないと涙を見せてしまいそうだったから。そしてあえて答えは言わない。それはトーチの口から言うものではない、そう思ったから。それに認めたくなかったから。


「……お昼ごはん、どうしますか?」


「……フッた相手にそれを聞くのかい? シトラさんは鬼畜な人だなぁ」


 トーチは無理に笑顔を作り、笑う。そして「ごめんね」と首を横に振る。好きな相手、とは言え流石に振られた直後に一対一で食事をするメンタルの強さはなかった。それを見てシトラが申し訳無さそうに頭を下げ、そして人混みの中に消えていく。それを呆然と見守るトーチ。


(……本当にひどい人だ。僕を待たせて、期待させて......そして結局僕は選ばれなかった。キツイな......アハッ、選ばれないっていうのも、結構キツイものだね)


 ズルズルと座り込み、空に浮かぶ雲に目をやる。漂う雲のようにいつか消えると分かっていても決して浮かぶことをやめられない―――そんな約一年半をトーチは送ってきた。そして今、その恋に結末が訪れた。  長かった戦いの終わりはやけにあっさりと。

 それでも後悔はなかった。やることはやったし、好きという気持ちを味わうという目新しい経験も案外楽しかった。


(完敗だよ、アザミ。これから僕は敗者として君とシトラさんがどうなるか、その結末を見守らせてもらうことにでもしようかな......)


 自分の好きな人が自分を切ってでも飛び込もうとする火中。トーチはそっと目をつむる。


―――結局、僕はアザミに一度も勝てなかったな、、学術発表はあの事件がなければ君の優勝だっただろうし、、


 アザミはトーチの人生で初めて出会った“勝てない相手”。それでももちろん諦めてしまうわけではない。シトラのことは諦めてもアザミに勝つことは諦めない。良きライバルとして、良き友人として。


 その頬を一筋の涙がツーッと伝う。


* * * * * * * *


 自分の運命がすでに決まっている、なんて嫌だった。その人に会ったのは数年前。私が村長である父に連れられて参加したパーティーでのこと。とある大地主の息子の結婚相手を探している、という話に父はダメ元で私を推薦した。村長と言っても小さな村の一人娘の私がまさか選ばれるなんて、そう思ったんだろう。


 でも、その男は、トルシー・チャペラという男は私を選んだ。そしてその日から私はトルシーの婚約者になった。


 祖に事実を聞いた父は狂喜乱舞。大地主の息子と私が結婚すれば村は安泰だ。だって大地主という大きな後ろ盾を得ることになるから。そんな父を私が嫌いになるのに時間はかからなかった。私よりも村を、それだけじゃなくて自分の出世を大切にする父を私は嫌うようになった。早くその元を離れたい、そう思うようになった。トルシーも私のタイプじゃないし、何より一緒に居て息苦しかった。話は自慢ばかりだし、私が未成年だから一線を越えることはないけど、それでもギリギリの過度なスキンシップを求めてくるトルシーが嫌いだった。


 だから私は逃げるように村を出た。寮のある聖剣魔術学園に入学する、そんな大義名分を得て。それからは幸せだった。同じ村から幼馴染のグリムとともに王都にやって来て、シトラちゃんみたいな変わってるけどいい子とも友達になれた。村じゃ決して味わえない素晴らしい経験も出来て、“婚約”なんて辛く避けたい現実はどんどん心の底に沈んでいった。なのに、あの男から連絡が来たのは数日前。忘れたかった現実はいとも簡単にほじくり返された。


「……エイドちゃん、俺は王都祭フェスタに行くんだよね〜。一緒に楽しもうよぉ?」


「……分かりました、、楽しみ、です」


 まさか断るなんて出来なかった。断れば激怒したトルシーとその父親によって私と私の父と故郷の村はぐちゃぐちゃにされるだろうから。私にできることはトルシーの機嫌をとって父と村を無事に守る、なんてまるで生贄のような仕事だけ。……嫌だった、ものすごく。


 そして王都祭フェスタ本番、当然トルシーは王都にやって来た。ご丁寧に女子寮の前に張り込んでニタニタ笑っていたから逃げることも出来なかった。


「今日は楽しもうねぇ、エイドちゃん。朝から......夜まで、いや明日の朝までかなぁ?」


 この国では18になると成人した大人として扱われる。成人すれば子供も産めるし作れる。私は人生でこれほど春に生まれたことを呪ったことはない。まさか王都祭フェスタ本番が私の誕生日でちょうど18になるなんて、最悪だ。きっとトルシーはそれも知った上で今日、声をかけてきたのだろう。トルシーのゲスな笑みの裏に淫らな思いが見え見えで、私は吐きそうになる。


 それでも私は決してこの運命から逃れられない。出来ることなんてこの太陽がどうか沈みませんように、なんて無茶な願いをするくらいだった。トルシーは相変わらず自分の自慢ばかり。すでに成人済みのこの男は仕事で成功した話や、学生時代にどれだけ凄かったかといった話を何度も私にする。そのたびに私は「すごいですね」と笑うのだ。そんなこと、思ってもみないのに。


「ねぇねぇエイドちゃん、この服似合うんじゃない? グヘヘ、、」


 そう言ってトルシーが手にとったのは出店で売られていた踊り子の衣装。ミニスカートに胸を強調させた露出の多い服装。トルシーの目的が手にとるように分かる。でも、私はそれを拒否できない。震えながら買い与えられたその服を着る。


「はぁ、はぁ、、、やっぱり可愛いねぇ、エイドちゃんは」


 その舐め回すような視線が気持ち悪かった。私は必死の抵抗としてスカートの裾をギュッとつまんで伸ばす。でも、そんなので恥ずかしい格好も気持ちも変わるわけでもない。むしろ恥ずかしがる私を見てこの男は一層興奮している始末。


……ああ、もう嫌だ。もうダメだ。


「……誰か、助けてよ、、グリム......助けてっ、、」


 ついボソッとこぼした言葉にピクリとトルシーが動きを止め、イライラした様子で私の首をガシッと掴んで持ち上げる。


「あぁん!? 俺の前で他の男の名前を出すなんて、ふざけちゃってんの? 俺が一言パパに言えばエイドちゃんもエイドちゃんの大切な村も、全部めちゃくちゃになるんだからねぇ?」


「……ッ、、ごめんなさい。それだけは勘弁してください、、」


 私の言葉にトルシーがパッとその手を離し、私は重力に引かれるように地面にドサッと尻餅をつく。ケホケホッと苦しがるをする私をトルシーが見下ろし、ニヤリと気味悪い笑みを浮かべる。


「でもさ、エイドちゃんの言葉に俺は傷ついちゃったわけ。それをなんの慰めもなしに許してもらおう、なんてダメだよねぇ、エイドちゃん。……決めた。滅茶苦茶にするのはエイドちゃんだけにしてあげるよ。あぁ、俺って優しいよねぇ?」


 グイッと近づくその顔面に私は笑顔で頷くしか出来ない。全身を襲う震えを押し殺し、自分すら殺して。このあと何が待っているか―――考えただけで気持ちが悪い。


「……はい、トルシー様はお優しい方です」



 それでも、私は笑うしか無い。受け入れるしか無いのだ。この男のすべてを笑って。だってそれが、父が期待する私の役割で、この男が私に求めるものなのだから。私に拒否権なんて無い。

 

 もう......消えてしまいたい。辱めを受けてしまったらもう、私の大切な人の前に立てなくなる。グリムとももう......そんなの、嫌だ! 私はシトラちゃんともっと仲良くしたいし、アザミくんの役にも立ちたい。そのためにもっと強くなって......それで私はグリムをサポートしたい! アイツは私が居ないと、、ダメだからね......だから、願ってしまう。


―――助けて、グリムッッ!!


「んなこたぁ、二回も言わなくったって聞こえてるぜ、エイド―――!」


「あぁん?」


 バキッと骨の折れる音が王都祭フェスタで盛り上がる路地に確かに響いた。その音とともに吹き飛ぶトルシー。ハッと顔を上げた私の目の前には......


「グリム、、グリム―――!」


 ホッとし、安堵した私は泣いていただろう。バサッと私に羽織っていた自分の上着をかけてくれる優しい幼馴染がそこにいた。

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