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257話 シトラ、目標が出来る。

 アザミが王都祭フェスタの実行委員長になることを承諾した数日後、シトラの姿はとあるカフェにあった。おしゃれなカフェ、そこは魔物の襲撃を逃れており建物は綺麗なまま。ゆえに現在も営業しており、絶賛ぶっ壊れ中の王都に暮らす住人にとっては数少ない憩いの場となっていた。その一角にこじんまりと座り、ジュースをちまちま飲むシトラ。当然、ひとりで。


「……なんですか、これ。新手の拷問なのでしょうか、、」


 シトラは恥ずかしそうに顔を赤らめ、一人で席に座っている。その姿はもちろん浮いていた。周りはカップルや友達同士で遊びに来ている中、こうして一人でずっと座っていれば当然のように目立つ。それも悪く、悲しい意味で。流石に人のいる方には背を向けているシトラだったが、背中越しでも分かる好気の視線。


 もちろん、シトラがたった一人で寂しくジュースを飲みにきた、なんて訳はない。人と待ち合わせをしているのだ。シトラは呼び出された方。なのに、


(なのにどうしていないのでしょうか......? もうっ、私はちゃんと時間ぴったりに着いたのにぃ〜!!)


 ズゴゴッと怒りの一気飲み。チラッと目に入る時計の針は待ち合わせの時間からすでに1時間が経過したことを示していた。


(もう待てません! 飲み物も無くなったことですし、良い頃合いです―――)


 これ以上針のむしろの上で待つことを諦め、シトラが荷物をまとめて立ち上がろうとしたその時、その目の前にスッと人影が現れた。


「いやぁ、悪いわね。遅れちゃって〜。出かけようとした時に客人が来ちゃってね。それに運悪く兄さんもいなくてね〜」


「それをあなたが対応していたので遅れた、そういうことなんですかサラさん―――」


 ストローを咥え、サラをジーッと見つめるシトラ。「ごめんっ!」とサラは手を合わせ、そのままの流れで飲み物を注文する。相変わらずだな、とシトラはため息をつく。


「騎士団がこのご時世忙しいということは理解しています。ですがちょっと意外でした。サラさんは結構時間に厳しい、そんなイメージでしたので」


「アッハ、そうかもね。私、思えば遅刻したのって初めてかも。おお、これはラッキーだね、シトラちゃん」


「アンラッキーですよっ!! まったく、この中でひとり悲しく待たされた私の気持ちにもなってくださいよ、、」


 かなり落ち込んだ様子のシトラに流石にサラも「ごめんごめん!」と重ね重ね謝る。シトラは「もういいですよ」と軽く息を吐き、真面目な表情でサラをまっすぐに見つめる。


「ではさっそく本題に入りましょう。私に話したいことってなんでしょうか」


 話したいことがある―――そうサラに言われてシトラはこの店にいるのだ。ようやくその本題に入れてシトラはゴクリとつばを飲み、話に供える。そんなシトラの真剣な瞳をサラは飲み物を飲みながら見つめ、そしてチュパっとストローから口を離すとゆっくりその口を開く。


「……最近どう?」


「……と、いうと、、なんかの暗号でしょうか?」


「いや、ただの世間話なのだけれど」


「……世間話、、」


 サラの言葉にシトラの眉はだんだんと怪訝そうにひそめられ、キュッと結ばれていた口元は呆れたように半開きになっていく。“話したいことがある”―――まさか言葉通りの意味だったとは。自分はただの世間話のために1時間も恥ずかしい思いをしたのか、そう思うとこのあとシトラがとる行動なんて自ずとひとつしか無かった。そう、


「―――帰ります」


「待って待って! 本気で世間話だからっ!」


 ガタッと立ち上がったシトラにサラは慌ててその服の裾を掴む。チラッとサラの方へ視線をやると、すがるようにシトラを見上げてコクコクと頷くサラ。シトラは「はぁ」と深くため息をつく。


「……本気で世間話、なのですね?」


「ええ、本気で世間話よ」


 しばらく二人の間に沈黙が流れた。そして、


「―――やっぱり帰ります」


「ごめんってシトラちゃん!!」


 『冗談だよ』、ならまだしも本気で世間話なのならシトラの“帰る”という選択が覆るはずがない。だがサラも帰さないようにシトラの腰をがっしりと掴む。しばらく帰る、帰らせないのぶつかり合いが続き、結局折れたのはシトラだった。


「……まあいいですよ。ここで帰ったら何のための1時間だったか分からなくなりますからね」


 こういう優しいところ含め、結局付き合ってしまうのはシトラの良いところだ。再び席に腰を下ろし、飲みきってしまったため追加の飲み物を注文したシトラ。再びサラが話を切り出す。


「で、最近どう?」


「やはり世間話なのですね」


 どんでん返しもなく、やはり普通に世間話だった。仕方なくシトラは真剣に考えてみる。だが『最近どう』、と言われると案外なにもないものだ。


「なんでしょうか、、生徒会の用事はアザミに代わってもらいましたし、私は特に、、」


「ありゃ、そうだったんだ。なるほどね〜、どうりでアザミくんが“あんなこと”、してるわけなのね」


 サラの言葉にシトラのやる気ない瞳がキラリと輝く。聞き捨てならなかった。グイッと人目も気にせずシトラはその顔をサラに近づける。


「アザミが何をしているのですか? まさか、また何か危ないことを......それも一人でッ、、!!」


「近い近いっ、、それにシトラちゃんの中でアザミくんがやることは危ないことで確定なのねっ!!」


 ヒュオーッと冷たい風にブルっと体を震わせながらサラは慌ててシトラを押し戻す。シトラの脳内では『アザミがあんなことしてる』、つまり『アザミは一人で危険なことをしている。そんなこと、許せない――!』という思い込みによる思考回路がすでに完成していた。

 まあまあ、とそんなシトラ落ち着けるようにシトラの小さな口にストローを差し込むサラ。ズゴゴとまたまた怒りに任せた一気飲みが披露される。


「お兄さんのことなんだし、信じてあげることね。それに別に危険でも何でも無い。むしろシトラちゃんのせいと言っても過言じゃないわよ?」


「私の、、せい?」


「……王都祭フェスタって知ってるかしら?」


 気持ちを落ち着けたと思ったら次は困惑に悩むシトラが「ん?」と首をかしげる。実は第一学園の夏、シトラはその単語をミレディ島での合宿の際に一度聞いていたのだが、流石に覚えていなかった。


「知らない......です?」


「なんで疑問形なのかは触れないでおくわね。王都祭フェスタっていうのは国内最大の祭よ。そしてそれの実行委員長をアザミくんがやっているの」


 初耳だった。シトラは青い瞳を「ん?」と丸くする。予想の斜め上の答えに完全にフリーズするシトラ。


「……ん......んん? でもそれがどうして私のせい......なのですか?」


「あーっとね、王都祭フェスタって聖剣魔術学園が主催して運営するから、その実行委員長は生徒の中から選ばれるの。でも、そこで実績のない人に任せるわけにはいかないでしょ? だから基本は副会長が務めるのよ、実行委員長」


 シトラは理解した。自分がアザミに面倒事を押し付けたその日、アザミはトーチに実行委員長までもを押し付けられたのだと。副会長のシトラの代わりに。


「……なるほど、それはたしかに私のせいですね。何か手伝って穴埋めをすることにします、、」


「それはいい心がけね。でも、一つ先輩わたしから助言をあげるわ」


「なんですか......?」


「実行委員に入ればアザミくんの手伝いができる......」


「な、なるほど。じゃあ私は実行委員に、、」


 仕方ないですね、とシトラは腕を組んで微笑する。そして火照った顔を冷ますように新しい飲み物に口をつける。だがそこでサラの助言は終わらなかった。そっとシトラの耳元に口を近づけると、ボソッと囁く。


「―――でも、実行委員に入ったら当日アザミくんと祭を回れなくなるわよ? シトラちゃん、好きな男の子とお祭り楽しみたいでしょ?」


「ブフゥ――ッ――!?」


 あ驚きのあまり口に含んだ飲み物を吹き出すシトラ。むせ返りながら「な、なななんで!?」と焦点の合わないキョロキョロした視線をサラに向ける。


「なんでって、だってシトラちゃん、アミちゃんの葬儀の時にためらいなくスッとアザミくんの手を握ってたでしょ? だからもう隠すつもり無いのかなって思ったのだけれど......ありゃ、もしかしてまだ秘密だったかしら?」


「ちっ、、あれは違いますからっ!! 今の私はアザミの妹ですすす好きとか無いですからっ!!」


 人間、これほどハッキリした動揺など無いのではないかという勢いで突き進むシトラ。どれだけ混乱しているのか、もう中身のないジュースをチューチューとずっと吸い続けていた。サラは暖かな笑みを浮かべ、肩をすくめる。


「まぁ、私の勘違いなら良いのよ。でももし、シトラちゃんがアザミくんと当日一緒に過ごしたいのなら実行委員はやめたほうが良いわね」


「……お気遣い、ありがとうございます。……やっぱり実行委員会に入るのは無しで、、」


「あら、ってことはやっぱり好きなんじゃない」


「―――ッ!? 違いますからぁぁ!!」


 細く長い指で恥ずかしそうに顔を隠すシトラ。その初々しい反応にサラはクスッと笑みをこぼす。それだけでなんだか救われた気がしていた。


「……あー、スッキリしたわ。久しぶりにシトラちゃんのこんな姿見られたし、そろそろ出ましょうか」


 カランカランとドアのベルが鳴る。サラとシトラは店の外に出て、春の日差しに眩しそうに目を覆う。無事なカフェの周りで今もなお作業を続ける大人たち。まだ戦いの爪痕が色濃く残っていた。


 そう、こんなすぐに消えるはずなど無いのだ。たった2ヶ月そこらであの出来事を無かったことになんて出来ない。


「……サラさん......あのっ、、、」


 だからシトラはサラを呼び止めていた。その笑顔の裏を知ってしまったから。サラは「なにかな?」と振り返る。やはりどこか悲しげな笑み。シトラはギュッと拳を握りしめ、


「あのっ、私で良ければいつでも......話、しますから、、世間話でも何でも、付き合いますから―――」


 その言葉にサラは一瞬目を丸くし、そして「あちゃー」と苦笑しながら髪を掻く。


「……後輩に気づかれて、それに気まで使われちゃうなんて......ね。うん、ありがとうシトラちゃん」


 スッと手を挙げるサラ。そのまま踵を返し、その背中が小さくなっていく。


(私はアミリー先輩の代わりでも......良いですからね。……それでサラさんが少しでも救われるのなら、、)


 そうすぐに慣れるはずも、受け入れられるはずもなかった。街の傷さえ癒えていないのに、大切な人を失った傷が癒えているはずもない。


 それでも、立ち止まっているわけにはいかないとシトラはギュッと服の胸を握り締め空に思いを馳せる。


(……きっともうすぐ大きな戦いが起こる。その時はもっと人が死ぬでしょうから、、)


 その中にもしかしたらシトラの大切な人も含まれているかも知れない。そう思うと立ち止まっているわけにはいかなかった。大きな戦争が起こる、というのはシトラの本能的な勘、それはアミリーと同じく戦うために命を燃やし続け、戦争の中にその居場所を置いていた300年前からの経験だった。


「だから今は楽しいことを、なんてアザミも考えているのかも知れませんね」


 クスッと微笑み、青空を見上げる。その下で兄はきっと誰かの笑顔のため、頑張っているのだと。

 そう青空に思いを馳せながらシトラはポケットから取り出した小さな紙にメモをとる。


 『やりたいこと:アザミと王都祭フェスタを回る』と。

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