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SS8話 氷花の約束《前編》 

 聖剣―――それについて知っているかな。……神々がかつて使っていた武器、そう。その通りだよ♪ 

 

 うーん、でも“かつて”、と言ってもエデンの支配よりもずーっと昔......そうだな、、、僕が生きていた時代よりも前、数万年よりもっと昔にこの世界を支配していた“神様”という存在が使っていた武器だったり、その死後に聖遺物が剣に姿を変えたもの―――それが聖剣さ。


 でも、中には例外だってある。例えば僕のようにね。これはそんな僕の物語―――


* * * * * 


……生まれたときから僕の世界は真っ白だった。色が見えない......じゃなくてこの降り止まない雪のせい。そのせいで僕の見える景色はずーっと白一色。生まれたときから、それも一年中ずっと。

 僕はマフラーをくいっとあげて口元を覆う。この冷たい空気を吸い込もうものなら喉が焼けてしまいそうなほどに痛いから。それでも僕たちはここを離れることは出来ない。


「ヒナ、帰るぞ!」


「うん、待ってよお父さん!!」


 僕は慌てて仕留めた魔獣の手足を縛り、それを肩に抱えて父親の背中を追いかける。僕たち、氷の民と呼ばれる僕たちはずっとこの世界に生きる狩猟民族だった。僕もその一人。真っ白な視界の中、村のオレンジ色の灯りを目指して雪道を歩く。


 氷の民とは僕らの総称、らしい。まあ、僕たちが自分から名乗ってるわけじゃないんだ。ここを訪れる人達が僕らをそう呼んでいるってだけ。銀色の髪に子供のような見た目。お父さんでもお母さんでも、大人になっても皆見た目は子供のままだ。僕ら氷の民はある一定の年齢で成長が止まるらしい。僕もあと数年で成長しなくなるとか。でも、その中には例外が一人だけいる。


「……ババ様、これが今日の供物です......」


 僕は獲ってきた魔獣の肉をババ様に収める。ババ様とは氷の民の長で、この村唯一大人の姿をしている人だ。つまり、成長することを許されている、ゆえに村の指導者なのだ。なぜかと言うと成長するということは神様に認められているから、らしい。ババ様は僕らと神様をつなぐ神官様だったりする。そんなババ様は僕の手から魔獣の肉を受け取ると、満足そうに笑った。でも、その笑顔は決して僕をねぎらうものではない。


「うん、ヒナはよくやってくれたものじゃ。さぁ、豊穣の神様(エクスニメル様)に感謝していただきますじゃ」


 ババ様の言葉に皆目をつむり、お祈りのように手を合わせる。こうやって神様から与えられた供物を僕たちはいただき、そうすることで生きていける。だから神様への感謝の心を忘れるなということらしい。


「……くだらない」


 それが僕は心底嫌いだった。生きるために命を喰らう。だがそれは僕たちが獲って、僕たちが食っていることだ。決して神様から与えられたものじゃない。もし、神様が僕らに慈悲や恵みとして魔獣の肉を与えているのなら、兄さんが死ぬはずがないんだから。


「……おいヒナっ! まだ祈りが―――」


「僕はいいよ。お腹......空いてないし」


 お父さんはペコペコと頭を下げていた。そんな中、神聖な祈りの場に背を向けて僕は立ち去ったのだ。神殿から外に出るとそこは相変わらずの猛吹雪。僕はその雪に10年前のことを思い出していた。


 10年前、僕より3つ上の僕の兄は狩猟者として初仕事に出た。狩猟者、とはその名の通り魔獣の命を狩る仕事だ。村の皆が食べる分の魔獣を狩ってきて肉を供える、僕らの一族は代々それを生業にしている。僕も成人したらその仕事に就く、だから僕より前に成人した兄さんは僕より前に狩りに出かける。その日の朝、ワクワクした兄さんの笑顔と大きな手を今でも覚えている。


『いってきます、ヒナ!』


 だがその笑顔は僕が最後に見た兄さんの顔になった。兄さんはそれから戻ってこなかったのだ。戻ってきたのはその手袋のみ。魔獣に食い殺された、そうお父さんが泣いているところを見た。なんともおかしな話だ。


 皆が言うには魔獣の肉も僕らの生活も、全部全部豊穣の神であるエクスニメル様とやらから与えられている。でも、それならどうして兄さんは死んだのだ―――? それは兄さんが自分の命を懸けたからだ。僕や兄さん、それにお父さんが命を懸けて魔獣を狩ってくるからみんなが生きていられる。それなら皆が感謝すべきなのは誰とも知れない“神様”じゃなくて“僕たちに”じゃないのか?


「……神様なんて、、、いないっ!! もしそんな存在が僕の目の前に現れようものなら―――」


 チッと不機嫌な僕はザクザク一歩一歩雪を踏みしめながら歩く。グーッと低い音を鳴らすお腹を抑えて、早足で。そんなわけで前方不注意になっていた僕は曲がり角で出会い頭、少女にぶつかってしまう。


「イテテ、、」


 冷たい雪に尻餅をつく僕に彼女は『大丈夫?』と手を差し伸べてきた。僕は黙ってその手を握り立ち上がると、突然その横っ面を全力で殴り飛ばした。


「ふにゃっ!?」


 おかしな声を出してくるくる回った少女が雪の上にドサッと倒れる。慌てた様子で少女に駆け寄る護衛の兵士と、怒りの目で僕を睨みつけ力任せにグイッと取り押さえる兵士。


「大丈夫ですかっ!! エクスニメル様!!」


『そんな存在が僕の目の前に現れようものなら......ぶん殴ってやる―――』


* * * * * * * *


「大変申し訳ございませんでしたっ!! この度はわたくしめの愚息がっ......」


 お父さんが僕の頭をガシッと掴み、床にこするつけるようにして謝らせる。その顔面は蒼白だった。当然かな。だって村の皆が感謝し、“生きていけるのはこの神様のおかげ”なんて崇拝している神様とやらを僕は殴ったわけだから。

 もしこれがきっかけで魔獣が穫れなくなったら......そう考えるとここまで必死に謝るのも分かる。でも、僕は知っていた。


「……何が神様だよ。お前がいなくても魔獣は生きている!! 僕たちは生きていけるんだよっ、、この寄生虫が!」


 そう言って睨みつける僕を慌てた様子で兵士が押し倒す。そして僕の首筋に剣をあて、肩を怒りに震わせながら、


「取り消せェェ!! 人間のガキ風情がッッ!!」


 なんて、強制してくる。だが僕は一歩も引くつもりはなかった。死んでもこの神様とやらに頭を下げるつもりも、許しを乞うつもりも無かったから。ババ様もお父さんももうてんやわんや。村の命運がどうのこうの泣きわめいていた。だが当事者であるエクスニメルはなぜかクスッと微笑んで僕の側に座り込み、面白そうに僕を見つめていた。


「……ねぇ、どうしてミィが寄生虫なの?」


「お前は、、、豊穣の神でも何でも無いっ! ただそこにいる魔獣を恵みだとか言っている嘘つきだ。それで僕たちがこうやってヘコヘコしているのを見て満足しているんだろ―――! だから寄生虫だ。……お前こそ、僕らの供物がなければ生きていけないくせにっ!!」


 もう殺されても良い。だから思いの丈を全てぶつけよう―――そう決めていた。僕の言葉に兵士の握る剣がプルプルと震える。ちょいっと指先を動かせば、すぐにでも僕の首は飛ぶ。

 だがエクスニメルは僕を“殺せ”とは命令しなかった。吐き捨てた僕の言葉にもっと面白そうにニヤリと笑い、さっきみたいに僕の手を握って体を起こす。


「君......とってもいいっ☆ ねえねえ、ミィとふたりっきりで話そっ!」


 そう言って僕の手を引くと彼女は走った。兵士の静止も聞かず、楽しそうに。僕は呆然とそれについていくしか無かった。別に抵抗する気もなかったし、話そうと言うなら僕にとってもいい機会だ、そう思ったから。


 やって来たのは村のはずれの丘の上だった。そこからは真っ白な雪の中、村の灯りがぼんやりと橙に輝いているのが見えた。エクスニメルはそこに座り、自分の横をポンポンと叩いた。僕に「そこに座れ」そう言っているように思え、僕も素直にそこへ座り込む。


「……あの―――」


「君の名前は?」


「……ヒナ。狩猟者だ。君はエクスニメルだね?」


「……ミィは、、うん。半分正解、かなっ☆ ミィの名前はミィメル・エクスタンシア。神様だよ」


 そう言って頬を赤らめるミィメルに僕は困惑した。神様、と名乗る彼女は神殿にある絵画や彫像とそっくり。でも、よく見てみるととてもそうは思えなかった。僕と変わらない見た目、村の女の子と背格好は変わらず、角とか羽とかが生えているわけでもなかった。だからこそ、やはり強く思う。


「……神様なんていない」


「いるよ〜。ミィがそうだしっ☆ ……でも、ミィは君の言う通り豊穣の神様ではないの」


「やっぱり、、騙していたんだね......」


 僕は「はぁ」と溜息をこぼした。やはり皆は騙されていたんだ。神様なんていない。生きていくための魔獣の肉を用意したのはこの神様と名乗るミィメルではなく僕ら狩猟者なんだ。でも、ミィメルはその後に「でもね......」と付け加え、話を続ける。 


「でもね、ミィは神様だよ。この村に恵みを与えていたのもミィなんだ」


「……嘘だッ!! ならどうして兄さんは死んだっ、、お前が命を与えている、そういうのなら僕らが傷つくのはおかしい―――」


 怒りをぶつけるように雪をドンっと殴りつけた僕はハッとその涙に気がついた。ミィメルの目には涙が溜まっていた。悲しそうに、自分を責めるようにミィメルは泣いていた。


「……ミィはね、人々の願いに応えて恵みを与える......想いを奏でて牆壁を打ち崩す神様なんだdよ? ……だからホントは魔獣なんて生きていけない過酷なこの氷の大地に魔獣を生み出して、ヒナたちに狩る機会を与えた。でもそれがミィの限界......なんだ、、」


「……つまり、君は豊穣の神様じゃなくて、ただの願いを叶える神様ってこと? 僕らが......僕らのご先祖様が魔獣を狩ることを願ったから今があるってこと、、?」


 ミィメルはゴシゴシと涙を拭い、優しく頷いた。ミィメルが僕らに与えていたのは肉でも命でもなく、あくまで“機会”―――魔獣もいない、植物も育たない過酷な氷の大地という牆壁を打ち崩して、僕ら氷の民の“生きたい”という想いを叶えてくれていたのだ。


「……ごめん、殴って。僕は君を誤解してた......みたいだ」


 僕はギュッと下唇を噛み締めて俯く。ミィメルはアハハと笑い、「いいよ、きにしてない☆」と許してくれた。でも、僕が謝ったのは誤解と殴ったことについてだ。ミィメルが本当の神様であっても関係ない。


「でも、これではっきりしたね。魔獣を与えていたのは君でも、村の皆のために命を懸けているのは僕たちだ。だから僕は君が本当に神様だと分かったところで態度を変えたり、崇拝したりは決してしない! じゃっ、帰る―――」


 僕はミィメルを真っ直ぐに見つめ、そう高らかに宣言した。ミィメルは驚いた顔で僕を見ていたが、徐々にその表情がほころびフフッと吹き出す。


「アッハッハ! やっぱヒナって面白いよっ☆ ミィを神様扱いしない人間なんて初めてだっ!」


「……別に、神様って言っても僕らと対して変わらないじゃないか。姿とか、雰囲気とか、、、」


 まさかこんな反応を返してくるとは思わなかった僕はミィメルから目を逸らして頭をかく。それでもミィメルはその瞳をキラキラと輝かせて、そして突然僕をギューッと抱きしめてきた。


「なっ!? 何をするん―――」


「……ヒナならミィの想いも......叶えてくれるかも知れないね♡ ……探していたんだよ、、、ずっと、、、」


 ミィメルの体は柔らかくて......ほんのりと温かかった。


(……なんだ。やっぱり......変わらないじゃないか)



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