246話 あなたの隣に立つために
シトラは校舎の中を飛ぶように走る。目的はある人に会うために。と、いうかその人の持つ剣に用があったから。
「……本当に、、これで良いのですね、フィルヒナート......本当にその剣があれば私は―――」
『んもうっ、疑り深いなぁ〜、僕のマイエンジェル......あっは、これじゃ意味が二重になっちゃうね♪』
いつものように明るい調子で返事が戻ってくる。そんな脳天気なフィルヒナートの様子に「はぁ」とため息をこぼすシトラ。
『……大丈夫だよ。僕が一度でも間違ったこと、あったかい?』
「それもそうですね。……っと、着きましたよ―――」
シトラは第一学年の教室の前でキキーッと立ち止まる。そして間髪入れずにそのドアを蹴り飛ばし、中へと飛び込む。突然の轟音、バタンッと倒れる扉に部屋中の視線が集中する。
(マイエンジェル......ドアは蹴破るものじゃ、、いや確かにそれが一番早いかもだけどさ、、、)
アハハ、と呆れるフィルヒナートをよそにシトラはズイズイと先を進み、そしてお目当ての少年の元へと歩み寄る。
現在聖剣魔術学園には3つの勢力があった。一つはアザミ達のように学園を守る防衛戦となっているグループ。二つは我関せずとただ教室内で助けを待っているグループ。そして、三つが少年のように学園内でもしものときのために待機しているグループだ。
「あのっ、、シトラ先輩? 何かあったんすか......?」
少年、アーシュが怖い顔で、それもドアを蹴破って現れたシトラに後ずさりながらおそるおそる尋ねる。だが急いでいるシトラは説明もせずに、グイッとその顔をアーシュに近づける。アーシュは「ひぃ!」とのけぞりながらも、どこか嬉しそうだ。恐怖もありながら尊敬する先輩に、しかも異性とここまで近い距離になると照れるものらしい。
「……アーシュ〜?」
「ご、ごめんイリス! あの、それで先輩はどうしてここに......」
イリスのジトーッとした目に慌てて首を振り雑念を追い払うアーシュ。そして当然の質問をシトラにぶつける。何のために、と。だがそれを説明している時間はシトラにはなかった。
「――とりあえず、あなたの剣を貸してください!」
「えっと、、ですから何の―――」
「はやくっ!」
状況の飲み込めていないアーシュにシトラは怒鳴る。事態は一刻を争うのだ。30秒は刻一刻と過ぎていく。シトラに怒鳴られた理由もよく分からず、頭が真っ白のアーシュはとりあえず言われたままにその剣を差し出す。
「……これ、ですけど、、、」
「ありがとうございます、アーシュ。これが聖剣エクスニメルなのですね、、、」
シトラが渡された鞘をまじまじと見つめる。桃色の線の入った鞘と銀色の刀身はさながら聖剣フィルヒナーとの色違い、と言った感じだった。
「これでいいのですよね、フィル―――」
左手に聖剣エクスニメルを握り、シトラが右手のフィルヒナートにちらっと目をやる。そして、その目が見開かれる。
『……ようやく会えたね......約束、守ったよ?』
シトラの手の中でフィルヒナートがキラキラと淡い蒼色に輝いていた。それに呼応するかのように聖剣エクスにメルも輝き出す。その神秘的な光景にただ呆然と息を呑む教室内の生徒たち。シトラも、アーシュもイリスも。
「……この力は......」
『ねぇ、マイエンジェル。もう......諦めないかな?』
それは今から1分近く前にかけられたフィルヒナートの言葉だった。その言葉にシトラの中から焦りが消えていく。“諦める”――そう、それは勝負を諦めるという意味では決して無い。シトラと聖剣フィルヒナート、時を超えなお相棒であり続けるお互いだからこそ、その意図がわかる。
「……そうですね、諦めましょう。今の私じゃ無理だっ!」
シトラが「ふぅ」と軽く息を吐き、その剣を仕舞う。気がつくとシトラの周りは学園ではなくなにもない真っ白な空間になっていた。そこはシトラの心の中の世界、想像の世界。シトラの目の前には防寒具を着込んだいたずらっ子、フィルヒナートがいた。ニヒヒ、とシトラに笑いかけている。
「……今のままじゃ勝てない。それなら私だって状況に合わせて動こうと思います。どうですか?」
そう、アザミが魔術で及ばない相手と戦うために魔法を取り戻したり、実力のかけ離れた相手に勝つために策を練ったりするるように、シトラもワイバーンと言う強敵、空中戦という“初めて”を糧に進化しようとしていた。新しい試み、挑戦を経て強くなる――その覚悟をフィルヒナートはしっかり汲み取る。
『うんっ、良いんじゃないかな? それでね、僕が思うに今のマイエンジェルに足りないものは校舎内にあると思うんだなー』
「なんですか、それ。でもさすが、分かってますね」
『フッフッフ、相棒だからにゃ! んでね、ちょっとお願いがあるんだぁ......マイエンジェルにぜひ会ってほしい子がいてね、、、』
フィルヒナートが言いにくそうに俯き、モジモジとシトラを見上げる。シトラは腰に手を当ててその目線にぐいっと顔を近づける。
「いいですよ、相棒ですから。で、誰に会えば?」
『アーシュって子。あの子の持つ聖剣エクスニメルならきっと、マイエンジェルを強くしてくれるからさ―――』
フィルヒナートの星型の瞳が真っ直ぐにシトラを見つめている。その純粋無垢な願いに答えないわけにはいかない。シトラはニコッと微笑む。
「……分かりました。その剣が私に合うということなら、断る理由はないですね」
シトラはパッとその目を開く。その瞬間、真っ白な心の世界は星空の下の戦場へと戻り、フィルヒナートの姿も最後にパァーッとその顔を輝かせたのが見えただけでフッと幻のように消える。
「……では、やりましょう!」
シトラが急降下し、アザミの背にスタッと降り立つ。バランスを崩してしまうがアザミがそれを支えてくれる。やはり、敵わないな......そう心の中で苦笑するシトラ。やはり今の自分ではアザミには釣り合わないと。隣に立つ資格はないと。だがそれも“今は”の話―――。
(……私はそれを今から取りに行くのですから)
「……アザミ、30秒時間を稼いでください」
そう一言、ボソッと呟きシトラは一目散に校舎の方へ駆けていく。アザミは何も言わなかった。聞き返すことも、理由を聞くこともない。ただ黙って魔法陣を貼ってワイバーンを食い止める。シトラの代わりに。
(……流石ですね、ホントに......いい兄ですよ、貴方は)
そして今、シトラはふたたび立ち上がり、その場所へと戻る。かつて誓った場所を取り戻すため。強くなり、アザミとともに戦うため。
「……5秒の遅刻だ。延滞料は後できちんと払えよ?」
「ええっ、、ワイバーンを倒すのでチャラにしてください」
シトラは二刀流、聖剣フィルヒナートと聖剣エクスニメルの二本を握り、バッと空中へ飛ぶ。ハイルの飛翔術式にはまだ慣れない。が、先程よりも随分と動きやすいように感じた。
(なるほど、二刀流とはよく考えたものだな)
アザミは感心する。元々、シトラの得意な戦闘スタイルは片手剣だ。300年前は右手で聖剣フィルヒナートを振るい、左手で魔法を使うというスタイルを得意とする聖騎士だったっけ、とアザミは回想する。
だが魔法の使えず、かつてのような筋力もなくなってしまった現代では片手剣という戦い方は左手を余らせるだけの無駄なスタイルになった。だから今のシトラは両手剣で戦っていたのだ。衰えた筋力は剣を両手で握ることで補う形で。
だが、両手剣は空中戦には不向きだった。斬撃を飛ばすにはしっかりと踏み込む必要があるし、ワイバーンの爪と鍔迫り合いを行うにはやはりこちらも足場が不安定でうまく踏み込めないのでどうしても押し込まれてしまう。だからそれを、“諦めた”。
(……片手剣、いや二刀流なら問題ありません! 相手の攻撃を受け止めるのではなく、受け流すこと――)
両手剣だとどうしても力に頼ってしまうが、力で劣る二刀流はその分剣を速く正確に動かすことが出来る。それに、剣が両手にあると一本のときよりも重心が取りやすい。ゆえにバランスが取りやすく、飛びやすいのだ。飛翔術式でアクロバティックに飛び回りながら二刀流で素早い攻撃をワイバーンに打ち込む。ようやくまともにダメージが通り、ワイバーンの鱗がバキバキと剥がれ、鮮血が飛ぶ。
「グルルガァァ!!」
怒りに染まったワイバーンの唸り声。ブワッと弧を描くように縦に旋回し、ワイバーンがシトラ目掛けて鉄砲玉のように突っ込んでくる。シトラは息を吐き、両腕に力を込める。
「……準備はいいですね、二人共」
『もちろんさ、マイエンジェル♪ ……感謝しているよ。僕とミィメルをこうやって引き合わせてくれて......約束を叶えてくれて、ねっ?』
シトラにはフィルヒナートの言う“約束”はよくわからない。だが、フィルヒナートが喜んでいるのは十分に伝わっていた。いつもより張り切っている、それは風を切る剣の音で分かる。そしてそれは左手に握られた聖剣エクスニメルもだった。
『ミィも感謝してるよん☆ ミィの心残りってかね、ずーっと感じていた想いを君が叶えてくれたんだよっ! ……それでね、君に一つ聞いておきたいんだ☆』
「なんでしょうか......」
『君は何のために、力を望むのかにゃ―――?』
聖剣エクスニメルは想いを奏で、牆壁を打ち崩す剣―――ゆえに、シトラの思いを尋ねる。その質問にシトラは一瞬たりとも迷う素振りを見せず、即答する。
「――強くなるため、あの男のそばに立って恥じない私になるためです」
その言葉に、思いに応えるように両手の聖剣がパァーッと各々の光を放つ。シトラは二本の聖剣をクイッと引き、飛翔術式を用いて加速する。そして正面から突っ込んでくるワイバーンのその顎に剣を這わせるよう、綿密に計算されたタイミングでその剣を振り上げる。
「……氷花流桜剣!!」
振り上げる一瞬タイミングに全力、全加速、それに回転の遠心力を全て加えて一気に押し上げたその斬撃がワイバーンの進路を大きく上方向に逸らす。まるで剣を用いた背負投のように。
投げられた、というか無理やりベクトルを変換されたワイバーンがそのままの勢いでグゥーンと空高く飛び、天高く離れていく。
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