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230話 不穏な空気

 アズヘルン王国の南部、そこは大山脈を越えた砂漠地帯だった。だがその先に遮蔽物は特に無く、ゆえに砂漠を一直線に歩くと王都セントニアについてしまう。と、いうわけで国境上にはいくつかの基地が設置され魔界との国境を守っている。さらに血盟の壁(ブラッディウォール)まで敷くという徹底ぶりだ。それほどに南部国境は攻めてくる可能性が高い地点ということ。だがここ数十年砂漠地帯を走る南部国境に目立った交戦はない。それも魔界が固い守りの南部を避け、遠回りにはなるが東や南西ルートを取っているからだ。そのため現在の南部国境には緊張感がない。


「……あー、今日も暇だぜ、、」


 タバコをプカプカと吹かしながらおっさん兵士がため息をつく。ここに配属されてから39年。夢を描いていた10代から毎日何の代わり映えもない砂漠を見つめるだけ。今の若手にとってはここに配属されることは一種の『島流し』と呼ばれているとか。その間違いないネーミングセンスに思わず笑ってしまう。


「いや、ホントになんも無いッスねぇ。なんでちょっと休憩しません? アッサム隊長」


「いいな、それ。俺もちょっと疲れてきたとこだったっぜ、ジーク」


 おっさん改めアッサムが若い兵士、ジークのあとに続いて外に出る。眩しい太陽が容赦なく照りつける昼下がり。だが久しぶりに吸うむさ苦しくない空気に肺が喜んでいるのを感じる。当然こんな暇な、それも暑い砂漠に女性なんていない。来てもすぐに辞めてしまうからだ。そのためここにいるのはもう昇格の見込みもない、ダラけたいい年したおっさんだらけ。そりゃむさ苦しくも汗臭くもなる。まあ、年齢的には人のことを言えないアッサムだったが。二人は外でうーん、と凝った体をほぐすべくノビをする。


「……いやぁ〜、ここにいると最大の敵は魔界じゃなくって暇ッスね〜......ってアレ? 隊長、あそこに人影見えません?」


 冗談めかして笑うジークの何気ない一言にアッサムは身構える。「非常事態か!?」とさっきまで回っていた酔いが一気に覚めていく。だがよく見ると、


「……なんだ、ビビらせやがって。ちっちゃい女の子じゃねぇかよ」


 気を張って損したぜ、とアッサムが剣を仕舞い肩を落とす。この近くの村の子だろうか。たまーに遊びに来てくれるのだ。女と、それも子供と話す機会なんてめったに無い兵士たちの中にはそれを一番の楽しみにしているやつも多い。ジークも例外でなく、「俺、行ってきまっッス!」と敬礼し、ウキウキと女の子の元へ駆けていく。小さな女の子は笑顔でジークに何やらお菓子の箱のようなものを渡していた。


「……ケッ、若いっつっても30近いジークが幼子とティータイムねぇ、、、」


 その絵面を想像すると笑いがこみ上げてくる。だがその時、アッサムはふと一つの違和感に気がついた。血盟の壁(ブラッディウォール)は侵入者の血を判別し、登録されていないものは受け付けない透明の壁だ。魔界の侵略を防ぐべく300年近く前に完成したはず......だが、


「……あれっ? そういやぁ、あの壁ってどこに走っていたっけ?」


 アッサムが何も起こらなさすぎて曖昧になっていたその壁の行方に目を凝らす。うろ覚えではあるが、あの女の子の立っている位置は確か壁の向こう側ではなかったか......と。


「……やぁ、君! そのお菓子、俺にくれるんッスか?」


「うん、お兄ちゃんにあげるやよ!」


 女の子が満面の笑みでお菓子の箱を差し出す。ジークは嬉しそうにその中から一つつまみ、口に運ぶ。クッキーだった。サクッと美味しそうな音を立てて口の中に食べたことがない甘さが充満する。もぐもぐと咀嚼するジークに女の子はドキドキと心配そうな顔でジークを見上げる。


「……お兄ちゃん、美味しい、、、?」


 その女の子の様子にジークはフフッと微笑むと目線の合う高さにかがみ、そっと女の子の頭を撫でようと手をのばす。


「うん、美味しいッスよ」


 ジークの手が女の子に触れるかどうか、その瞬間アッサムは強烈に嫌な予感がした。ジークの言葉にパァーッと表情を輝かせる女の子。アッサムはジークに向かって叫んだ。「よせっ!」と。だが遅かった。「えっ?」と不思議そうに振り向いたジークの手が女の子に触れる。


――血盟の壁(ブラッディウォール)の向こう側にいた女の子に


「……よかったやよ。お兄ちゃん――“が”――美味しくて」


 ジークはその言葉にゾクッとして再度女の子の顔を見ようと首を正面に向ける。だがそれは叶わなかった。なぜなら正面を向いた瞬間ジークの視界は360°真っ暗になったからだ。それが女の子の口の中だと、想像することなんてできない。呆気にとられたままバクッと女の子、いやエナが口を閉じ、ジークを飲み込む。


「……なっ、、、何なんだこれは......」


 アッサムは目の前で行われたことをただ呆然と見ていることしか出来なかった。もしや夢か、と思って頬をつねってみるが確かに痛みを感じる。現実だ、と恐怖にブルブル震えるアッサムにエナはぺろりと口周りをなめながら国境を、血盟の壁(ブラッディウォール)を越える。人界の人間であるジークの血をまるまる手に入れたことで侵入出来るようになったのだ。ゆっくり近づいてくるエナの姿にハッと我に返ったアッサムが叫ぶ。


「総員、戦闘準備ィィ!!」


 数十年ぶりに発されたその号令に慌てふためきぎこちない動きで基地から飛び出す騎士団員たち。その数は200。対して敵は幼い少女一人。謎の力でジークを丸呑みにしたとは言え、数の差は歴然。いくら戦闘に慣れていない、平和ボケしているような国境とは言え楽に押しつぶせる算段だった。


「なんだ、ただのガキじゃねぇか......脅かしやがって」


「相手は一人だ。さっさと片付けて酒盛りの続きでもやろうぜ」


 緊張感がだんだん緩んでくる。結果、嫌な予感しかしない発言がポロポロと飛び出す。そんな仲間たちに耳を疑うアッサム。ジークが為す術もなく食べられたのを見ていない他の団員たちはエナが小さな女の子、それも一人とあって完全に油断していた。兵士たちの舐め腐った態度にさすがのエナも不満げだ。


「……不愉快やよ。ウチ、一言も“一人で来た”なんて言っていないのに――」


 そう言ってエナがガバッと口を開ける。するとその中から洪水のように魔族の大群が流れ出してきた。小さな女の子の体内になんて決して入らないような大隊規模、いや一個師団レベルだ。体内のものを大方吐き出したエナがグイッと口周りを拭う。だがその時、すでにアッサムも南部国境を守っていた兵士も、そこには誰も残っていなかった。数の差は歴然......だがそれは魔界側のことだった。


「……これがエナの固有魔術、、、大食らい(グラトニー)かよ......ハッ、ヤバいね」


 シキネがエナの圧倒的な力に慄く。ツーッと冷たい汗がブルッとシキネの体温を奪う。味方で良かった、この時強くそう思った。そんなシキネを特に気にすること無くエナは『グーッ』と力無く鳴るお腹を抑え、再び魔界の兵士たちを一人残らず平らげる。結果、砂漠地帯に残ったのはエナとシキネの二人。エナは気にもとめずサクサクと歩いていく。王都セントニアを目指して、まっすぐ。


(……また来たぜ、人界! 待ってるよテュリ......今助けてやるからな――!)


 シキネもグッと拳を握り、覚悟を決める。きっとこれがラストチャンス、絶対に大切なものを取り戻すと。

 人界に、騎士団に南部国境突破の知らせが入ったのはそれから数日後のことだった。そしてそのときにはすでにエナとシキネは王都にいた。



「騒がしいのですね......」


 約束の週末、待ち合わせ場所に向かって歩いていたアミリーは街が殺気立っているのを感じる。慌てた様子で駆け回る騎士団。その数もいつもより多い。何かが起こったのだろう、そんなことはsひと目で分かる。だが、それは今のアミリーには関係のない話だった。アミリーが騎士団に在籍していたのは6年前。ライナス大峡谷での事件、そしてその後に起こったさらなる悲劇によってサラもアミリーもボロボロに打ち砕かれ、そして戦線から離れたのだから。それに今はクトリとの約束がある。待ち合わせ場所は商店街の噴水......アミリーがそこへ着く。時間ピッタリに。そこで見たものは、


「ねぇ、お姉ちゃん俺らと遊ばね?」


「いいじゃんいいじゃん、楽しいことしようよ〜」


 ヤンキー風の学生に絡まれているクトリだった。相手にせず、呆れ顔でだんまりを決め込んでいるようだ。だがその学生たちは諦めず、しつこくクトリに言い寄る。そんなことは気にせずクトリの前に姿を表すアミリー。


「……おまたせしました」


「アハハ、相変わらず時間ぴったりなのはさすがだね。じゃあ、行こうか」


 クトリがアミリーを見ると嬉しそうに目を輝かせその手を握る。もちろん、さっきまでしつこく絡んできていた男たちなんて最初からいなかったかのように無視して。だが男たちはそれでもまだ諦めないのか「意地でも逃さないぞ」とクトリの肩を掴む。


「――おっ、ピッタリじゃね? ラッキー! 俺らも二人、姉ちゃんたちも二人。ちょうど余らず楽しめんじゃん」


 ヘラヘラと笑いを浮かべる男を「はぁー」とため息をつき、流石にイライラのたまったクトリが冷たく睨みつける。その気迫に一瞬たじろぐ男。


「な、なんだよ、、、」


「お兄さんさ、鬱陶しいんだけど――。それにボク......男だよ? あっ、もしかしてさ、お兄さんはそういう趣味〜?」


 バカにするような笑みで爆弾発言をするクトリに男たちが目を丸くする。それも当然か、フリフリのついたスカートにタイツ、ベージュのコートに赤いマフラーを巻いたクトリはどこからどう見ても女の子だったから。


「……嘘、、だろ、、、っておい、よく見たらあっちの子――」


 クトリに押されジリジリと後退する男がふとアミリーに気がつくとハッと表情を変える。震える指が指しているのはアミリーの服装。


「あれ、聖剣魔術学園の制服じゃね!? ……ッ、、失礼しましたァァ!!」


 それを見て一目散に逃げ帰る男たち。王都には聖剣魔術学園以外にも学校はある。だがそのどれよりも圧倒的な力を持つのが聖剣魔術学園。その制服は強者の証。ゆえに手を出すと一体どんな目に合うか分かったもんじゃない。男たちの判断は正しかった。結果、ようやく二人っきりになれたクトリとアミリー。


「……じゃあ、今度こそ行こうか」


 クトリがアミリーの手を引いてニコッと笑う。アミリーは一瞬ぽかんと口を開けていたが、「はい」とその手を引かれるままに歩き始める。

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