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228話 魔界の計略

 魔都アスラン。魔界の南部、元クロイツ王国の都として栄えた都市だ。そしてそこは今、魔界の首都としての役割を担っている。そこにあるSSDのメイン研究室、そこの一室にシキネはいた。


「……で、ニーナの核は回収できず、そればかりかテュリくんも敵に奪われたと」


「申し訳ないです、教授」


 シキネがしゅんと落ち込む。任務は失敗し、親友を敵の捕虜にしてしまったのだ。心配で気が気じゃないし失敗に関しては悔しくて眠れていない。教授は「ふーん」とシキネには興味がないと言わんばかりにホルマリン漬けにされた小型魔獣の詰められた瓶をカラカラと振る。向けられる失望の目。シキネにとってはキツいものだった。


「あのっ! アタシ、もう1回リベンジしたいです! ……テュリも心配だし、何よりやられっぱなしはアタシも本意じゃねぇ! どうかお願いします、、、」


「……と言われてもね。シキネくん、怪我してるでしょ?」


 教授がシキネの腹部をチラッと見る。魔界にいる時はよくへそ出しファッションを好んで着ているシキネが今は普通のワンピース。教授の視線に思わず隠すように腹部を抑えるシキネ。服の下は包帯でぐるぐる巻き、血で赤く滲んでいた。


「支障はないです! だから――」


「いや、そもそも万全の状態でエリシアに勝てない君が手負いで彼女に勝てるわけがないだろう? まったく、失望させてくれたもんだよ」


 ハッキリと“失望”と言われて何も言えず、目に見えて落ち込むシキネ。テュリもシキネも教授の研究室に所属し、共に苦労してきた仲だ。その中で教授に関しても最初こそ『怖い人だ』とか『変わり者だ』と思っていたが、今ではそのやり方に心酔している。尊敬している。そんな人物に見限られるのはどんな怪我よりも痛く辛いものだった。


「……でもね、シキネくん。君のリベンジしたいっていう気持ちは大切だよ。それに俺も楽しみなんだ。親友のために死力を尽くし、そして真実を知った時の君たちの絶望を見るのがさぁ......だからね、ここで離れ離れになってもらうと困る、、テュリくんは俺に必要な子だしね」


 キヒヒッと狂った笑みを浮かべる教授にシキネはゾクッとした悪寒を感じる。怖い、でも何故か感じる高揚感。


「だからね、俺は君にもう1回チャンスをあげたい」


「ホントですか!?」


 シキネがパァッと表情を輝かせる。どんな形であろうとテュリを助けに行ける、期待してもらえる。それが嬉しかった。だが教授は「でも、1つ条件がある」とつけ加えた。


「……条件?」


「ついてきたまえ。直接会うほうが早い」


 教授が物で溢れかえった机からよっこらせと立ち上がり、部屋を出る。シキネも慌ててそのあとを追う。カツンカツンと早足でどこかへ向かう教授。シキネの中にあるのは不安と高揚。『条件とはなんだ?』と思う不安と『次こそやってやる!』という高揚。教授はSSDから出ると、走っている馬車を止めそれに乗り込む。


「君も乗りなさい」


 素直に従うシキネ。二人を乗せるとすぐにカポッカポッとアスランの街を走る馬車。その中は沈黙が支配していた。基本、研究室内でも仕事以外の会話はない。教授がシキネとテュリに求めているのは役に立つ手駒としての働き、自らの欲望を満たす人形としての立ち居振る舞い。だから世間話などの相手として見てはくれていない。それをわかっているからシキネも何も言わない。ただギュッとワンピースの裾を掴み、黙って座っている。


 そんな二人を乗せたまま、馬車は魔王城に到着した。アスランの中央にそびえる元クロイツ王国の王城だ。馬車から降りたシキネはその大きさに圧倒される。SSDの研究施設よりも大きく、見上げると首が痛くなるほど高い。一般人であるシキネにとって魔王城に来る機会なんて一生に一度あるかないかだ。呆然とその感動に浸っているシキネに先を歩いていた教授が声をかける。


「何をしているんだ? 早く行くよ」


「あっ、すんません! 今行きます――!」


 慌てて教授のあとを追って走るシキネ。教授はもう何度も来たことがあるのか慣れた足取りで王城内をサクサクと進んでいく。その早足に遅れないようについて行くシキネの額に汗が浮かぶ。


(こんなとこでくたばる訳にはいかないだろ! しっかりしろ、テュリを助けるんじゃないのか!!)


 自分を鼓舞するシキネ。立っているだけでも何度か気を失いかける程の激痛なのに、人界から自力で魔界へ戻ったのだ。当然傷はまだ回復しておらず、こうやって1歩踏み出す度に包帯が血に滲む。なのにシキネが根を上げずに黙ってついて行くのはテュリのため。テュリを助けに人界へ行くためにも、大丈夫だとアピールしなければならないからだ。もし教授に『やはりシキネは怪我で動けない』と判断されたらせっかくのチャンスを棒に振りかねないから。意地でも回復したふりをしなければならなかった。


「……ここだ。さあ、着いたよ」


 シキネに容赦なく階段を何段も上がり、廊下をかなりの距離歩き、教授が立ち止まる。そこは他の部屋と比べて見るからに豪勢な装飾のドアを持つ部屋だった。教授がギーッと取っ手を引く。その中にあったのは長机。そこに4人の男女が座っていた。どうやら教授とシキネが最後のようだ。


「いや失礼。遅れてしまった」


「ふん。たかだか科学者の分際で俺様を待たせるなど万死に値するぞ、人間」


 教授の謝罪に少年のような見た目をした銀髪の男がフンッと鼻で笑う。その様子に向かいに座っていたティアミルがなだめるように、


「まあまあいいじゃないか、フィアロ。イライラしていると早死にするよ?」


「うるさいぞ、ババア。それに俺様たちに寿命はないだろうが」


 フィアロの頭をポンポンと撫でるティアミルにフィアロが怪訝そうに眉をひそめ、その手を振り払う。その態度と発言にウッと痛そうに胸を抑えるティアミル。


「なっ!? ティアに向かってババアって......泣くぞ! ……ってあれ? ティアの力は“相手の好きな人の姿に見せること”なのは知ってるよね、フィアロ。ということは君の好きなタイプって――」


「――そぉーのよく動く口を今すぐ切り裂いてやってもいいのだぞ?」


 フィアロが立ち上がって向かいに座るティアミルの首根っこを掴む。そんな騒々しい面々に「んっ、んん」と咳払いをする教授。二人が教授の方へ同時に目を向け、そしてチッと舌打ちし不満そうに着席する。


「……よろしい。ではこれで全員......おや? ところでリコリスくんはどこに?」


「お嬢様は『パスするわ』とおっしゃっていました。呼んでまいりましょうか?」


「……う〜ん、あの子にも困りものだね。うん、でもいいよゼント。あの子に今回の話をふる気はないし、それに今機嫌を損ねられても困る」


 教授が立ち上がろうとしたゼントを制止する。教授の隣りに座っているシキネは戦々恐々としていた。この長机を囲む面々、魔王会議の参加者はフィアロ《傲慢》、ティアミル《色欲》、ゼント《憤怒》、エナ《暴食》というリコリス《強欲》を除いた七罪の使徒の全員、そしてSSDの筆頭とも言える教授。明らかにシキネだけが浮いていた。


(アタシはテュリを助けに行きたいだけなのに......どうしてこんな場違いなとこに呼ばれてんだ?)


 緊張するシキネをよそに教授が早速と話を切り出す。七罪の使徒たちにすれば人間である教授は明らかに格下なのだが、作られた存在である自分たちのメンテナンスを行っている、つまり命を握られているということもあり素直に話を聞く。


「……まずは次の人界への侵攻について、だ。それについて朗報がある」


「ほう、ということはついに“アレ”が完成したのですかな?」


「そうだよ。ということで次の大規模侵攻で人界に再度宣戦布告、そして最後の戦争を仕掛ける」


「ハハハ、やっとなんだな。これで憎きアズヘルン王国が俺様の手に落ちるというわけだ――!」


「俺様“達”でしょ? まったく、ティアたちのことも忘れないでほしいねぇ」


 使徒たちが教授の話に沸き立つ。クロイツによる統一から2000年あまり。ずっと人界と魔界に分裂していたテラアース大陸をようやく魔界がひとつに再統一できる。それは悲願だった。過去の因縁に決着を着け、望む世界を作るためにも。


「まあ焦らないでくれ。アズヘルン王国はあと。まずはイシュタル帝和国からだ。メインディッシュは最後に残しておきたいだろう?」


「ちぇっ、まあいいだろう。で、いつ仕掛けるんだ?」


「……予定では次の夏だね。多少猶予が必要だし、それにまだこっちの準備も整っていない」


「準備? まだなにか必要なものがあるの?」


「必要なものが“あった”が正解かな。実はそれを人界に盗られてしまってね。まずはそれを取り返さないといけないんだ」


 深刻な表情の教授に一同落胆の空気が流れる。統一を目の前にしてまだ足りないピース。それも“盗られた”となれば穏やかではいられない。フィアロがドンッと机を叩く。


「――分かった。俺様が行ってやろう。貴様の尻拭いなど俺様は本意ではないんだが、悲願のためならば我慢しよう。詳細を話せ」


「……うーん、すまないがフィアロくん。君は今回の任務ではなくイシュタル帝和国の殲滅戦を担当してもらいたい。そちらのほうが君の有り余る力を存分に奮えるだろう? それにイシュタルなら君が一番、地の利があるんだし」


 教授がフィアロをなだめる。フィアロは「そうか?」と首を傾げ、納得はいっていなさそうなもののおとなしく席に座る。教授は従順なフィアロの態度に満足そうに頷き、代わりにうつらうつらと頭をコクコクさせているひときわ小さな少女に目を向ける。


「――今回はエナくん、君に行ってもらいたい」


「……むにゃむにゃ、、、ハッ! ……ウチ、寝とらんよ......?」


「それは流石に無理あるよ、エナちゃん」


 むっと口をすぼめながら、ブカブカのマントでまだボーッとしている目を擦る。そんなエナに苦笑しながらも教授が容赦なく仕事内容の書かれた書類を差し出す。幼女に甘いのはどこの世界でも共通だ。眠っていたバツの悪さもあるのか、エナは素直に書類に目を通す。中身が200歳を超えているということを知らなければ「えっ、理解できるの!?」と驚愕しそうな光景だ。一通り目を通し、エナが教授に「しつも〜んやよ」と手を挙げる。


「なんでウチなの? ウチじゃなくても、ティアミルでもゼントでもいいと思うやよ〜」


「それは今回の作戦に君の力が最適だと思ったからだよ。君の固有魔術は守るより攻める方に役立つ。特にこういう交戦覚悟の潜入作戦なら特に、ね」


「……んー、、、まあ分かったやよ。いっこ聞くけど、もし人界を潰せたら潰してもいいんよね?」


「まあ、出来るならね。でも第一は対象を回収することだ、分かったね?」


 教授が釘を刺す。エナは「うん」と頷き、立ち上がって部屋をあとにしようとスタスタ歩き出す。


「あっ、忘れていたよエナくん。この子も一緒に連れて行ってくれないか?」


 今まさにドアを押そうとしていたエナに教授がシキネを紹介する。エナは初めて見るシキネに不思議そうに首を傾げ、当然のように疑問を口にする。「なんで?」と。


「エナくん、書類に書かれてあった任務の概要は読んだろ? 最優先回収目標であるテュリくんはこの子、シキネくんの親友なんだ。何かと役に立つと思うし、それにこの子は一度人界に入っている。地の利もあるからね」


「ああ、それなら方向音痴のチビでも安心だな」


「……フィアロだってウチがいなきゃ最低身長、人のこといえないやよ。……まあ、分かった。でも、手負いの子はイヤ」


 ジッとシキネの腹部を見つめるエナにハッと表情を変える。マズい、バレたか!? と。でもここで引き下がるわけにはいかない。何としても人界へもう一度行きたいシキネはエナに頭を下げる。


「お願いします――! 迷惑はかけないっす、、だから――」


「今のままじゃ無理やよ。邪魔やし。……だから〜、“いただきます”!」


 えっ? とシキネが顔を上げると同時にエナが小さな口を開け、シキネにかぶりつく。小さい体にぴったりな小さな口。イタズラな甘噛程度になるのが普通のはずなのにあっという間にゴクリと飲み込まれるシキネ。エナはしばらくもぐもぐと咀嚼した後、ペッと吐き出す。ベトベトになったシキネが床を転がる。


「ケホッ、ケホッ、、ってあれ? 痛くない......」


 シキネが自分の腹部をツンっと押してみる。痛みはなかった。包帯もない、もちろん血なんて出ていない。「どうして......」と困惑するシキネに「これでおっけーやよ」とエナは満足そうに、というか満腹そうに腹を擦り、今度こそドアを開けて外へ出る。食べられた......まだ理解が追いつかず、呆然と座り込むシキネ。


「……行かないのかい?」


「――行きます!!」


 だが教授の声にハッと我に返り、シキネはエナの後を追って駆け出す。


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